第8話
そんなことがあってから数日後の昼休みのこと。
「ユキ君、一緒にお昼ご飯食べましょう?」
「月野先輩!?」
ホタルが委員会の仕事でいないため、一人寂しく昼食をとっていた僕のもとへ月野先輩が押し掛けてきた。
ホタルの席に我がもの顔で座った先輩は、僕が驚いている間に弁当の包みを広げていく。
「一体、どうしたんですか……?」
「あら、つれないわね。私たちお友達なんでしょ?一緒にお昼ご飯を食べるくらいおかしなことじゃないじゃない」
「うっ……」
いたずらっぽい表情で、僕が風間先輩を嵌めた時の設定を持ち出してくる月野先輩。
僕の身勝手な事情で月野先輩には多大な迷惑をかけたので、そういう言い方をされるとこちらとしては何も言えない。
「そんなに凹まないでよ。私はユキ君のこと、友達だと思ってるわよ?」
「それはありがたいですけど、僕のせいで月野先輩に嫌な思いをさせたことに違いはないですから……」
ホタルから風間先輩に振られたことを聞いたあの日。
僕が「風間先輩、浮気してるみたいなんですよ。その証拠、欲しくないですか?」なんて話を持ち掛けたことで月野先輩が傷ついたのは間違いないだろう。
「どうせ遅かれ早かれこうなってたわよ。私って浮気を許容できるタイプじゃないし。それに、結果的に私はよかったと思ってるのよ?あなたのおかげで陽を私だけのものにできたんだから」
「ああ……」
僕が風間先輩を罠にかけた日の顛末だが、結論から言うと、月野先輩と風間先輩はいまだに付き合っている……月野先輩が圧倒的な主導権を握った状態で。
月野先輩は彼氏である風間先輩が自分以外の異性に手を出そうとするところを目撃した。
普通のカップルならそこで破局となりそうなものだが、月野先輩はそれを許したのだ。……一回ぼこぼこにしてたけど。
僕は遠い目をして、あの日のことを思い返す。
僕が自分のことを男だと明かした後、風間先輩は僕に殴りかかってきた。
正直、ぶん殴られても仕方がないだけのことをしたと思っていた僕は、なんだかんだ女子と認識している相手に手を上げない程度の分別はあるんだなあと謎の感心をしつつ、痛みに耐えるためにぎゅっと目を閉じた。
しかし、いつまでたっても殴られた衝撃や痛みはやってこず、恐る恐る目を開けた僕の視界に飛び込んできたのは、風間先輩の拳を受け止めて華麗なカウンターをぶち込む月野先輩の姿だった。
いやー、最初は目を疑ったよね。
たっぱがあり、それなりに鍛えているであろう男子を華奢で綺麗な女子がぼこぼこにする様はなかなかにインパクトがあった。
「ねえ陽。私、あなたが浮気をしたところを見てしまってもあなたのことがまだ好きよ。あなたが他の女になびくさまを見せつけられてなお、あなたと別れたくないと思う程度にはあなたのことが好きなの。でもね、私あなたのことが好きで好きでしかたないから、あなたが他の女に色目を使ったり、言い寄られたりしているとこうして気持ちが抑えきれなくなってしまうかもしれないわ。だからね、約束してほしいの、これからはもう二度とこんなことしないって。私だけを見つめ続けるって。ね?」
抵抗空しくボコられた風間先輩に、虚ろな瞳で淡々とそんなことを言う月野先輩。
その様子は傍から見ているだけでもかなり恐ろしいものがあったのだけど、当事者である風間先輩はそれ以上の恐怖を感じていたらしく震えながら何度も首を縦に振っていた。
最終的に、もしまた浮気をするようなことがあれば浮気をしていた証拠をばらまく&月野先輩の制裁(物理)という誓約の元、風間先輩と月野先輩はお付き合いを継続していくことに。
当初の予定では風間先輩が浮気をしている証拠を確保して追い詰めてやろうと思っていたんだけど、結果として先輩へのダメージは、浮気の証拠をとられたこと1、月野先輩の物理的制裁9くらいだったんじゃないかな……。
「ねえ、ユキ君。私が今日こうしてお昼ご飯を食べに来たのはユキ君に尋ねたいことがあったからなんだけど、聞いてもいいかしら?」
「何ですか?」
あの日のことを思い出してうっすらと寒気を感じていた僕を不思議そうに眺めながら、月見先輩がそんな前置きをしてきた。
月野先輩には大きな借りがある。大抵のことには答えるつもりだ。
「どうしてユキ君はあんなことをしたの?」
「あー……そういえば説明してなかったですね」
あんなこと、というのは風間先輩を嵌めたことだろう。
何をするかつもりかは事前に話をしていたけれど、なんでそんなことをするのかは説明してなかった。
何も聞かれなかったので気にしていないのかと思っていたけれど、そういうわけでもなかったらしい。
その疑問は至極当然のものだろうし、僕の都合で巻き込んでしまった月野先輩には聞く権利がある。
「ユキ君は、浮気をする人を絶対に許せないってタイプなのかしら?」
月野先輩は僕の行動理由をそう推測したみたいだ。
「いや、そりゃいいイメージはないですし自分がやられたら嫌ですけど、自分に関係ない人がやる分には正直どうでもいいっていうのが本音です」
「まあ普通はそうよね。でもそれならますますわからないわ」
首をかしげる月野先輩。
ホタル同様美人は何をしても絵になるなあなんて思いつつ、僕は先輩の疑問の答え合わせをした。
「簡単に言うと、八つ当たりですよ」
"八つ当たり"
僕が風間先輩にしたことは、この表現が一番しっくりくると思う。
「八つ当たり……?」
「風間先輩の彼女が、僕の好きな女の子だったんです」
僕は観念したように言った。
「え……ユキ君、あなた私のこと好きだったの……?ごめんなさい、気持ちは嬉しいんだけど私もう陽っていう心に決めた人がいるの……」
「待ってください、待ってください!?勘違いで振らないで!」
なにやら思いもよらない方向に話が進みだしたので慌てて訂正する。
月野先輩はきょとんとしていた。
「勘違い……?今の話って、ユキ君は私のことが好きで、私と付き合っていながら浮気をしていた陽を許せなかったって話じゃないの?」
「違いますから、僕が好きなのは月野先輩じゃなくて、月野先輩が風間先輩と付き合う前の彼女だった女の子です」
「あら、そういうこと。残念ね」
全く残念じゃなさそうな月野先輩。
自分で言ってから前の彼女の話題は地雷だっただろうかと焦ったけど、先輩は気にしていないようだった。
「あ、今『やばい!前の彼女の話題とか地雷踏んだ!?』って思ったでしょ」
「ソンナコトハナイデスヨ」
「ふふ、ユキ君は嘘が下手ね。全く気にしてない……わけではないけれど、すごく気にしてるわけでもないわよ。少なくとも、陽は今は私だけを見つめてくれているし」
「よ、よかったです」
私だけを見つめさせているの間違いじゃないですかとは流石に言えなかった。
「話が逸れたわね。じゃあユキ君は、自分が好きな女の子と付き合っていた陽があっさりその子を振って、あまつさえ浮気をしていたことが許せなかったってことでいいのかしら?」
「許せないというよりは気に入らないって感じですけど、概ねそんな感じですかね」
風間先輩を許すか許さないかなんて選択肢はそもそも僕は持ってすらいない。
風間先輩がホタルを振った件に関しては、正直運と相性が悪かったんだと思っているし、ホタルと風間先輩が別れることになった原因が風間先輩の側にしかないとも考えていない。
でもそれはあくまで理屈であって、感情としてはそう納得することはできなかった。
好きで好きでたまらなくて、それでも自分じゃ振り向いてもらえなかった女の子。
ホタルと付き合うことができたのに、それをあっさりと切り捨てて挙句唾を吐きかけるような真似をした風間先輩を気に入らないと思うのは、僕の中ではごく自然なことだった。
だから、我儘に身勝手に、正当性なんて一切ない八つ当たりを僕は決行したのだ。
そんなことを説明すると、月野先輩は面白そうに笑った。
「なるほど、よくわかったわ。ちなみに、そのユキ君が好きな女の子の名前は?」
「え、その情報いります?」
先輩の知りたかったことには答えたと思うんですけど……。
「私だって女の子だもの。恋バナは好きよ?」
「いや、まあいいんですけどね……。相墨ホタルって子ですよ」
好きな子がいるということは自白したんだ。今更名前くらいどうってことはないだろう。
「可愛い?」
「そりゃあもうめちゃくちゃに」
あんなに可愛い女の子を僕は他に知らない。
「ふふ、べた惚れみたいね。その子のどんなところが好きなの?」
「あの先輩、そろそろ勘弁してほしいんですけど……」
これ以上は僕も流石に恥ずかしい。
「あら、別に良いじゃない」
「じゃあ先輩は風間先輩のどんなところが好きか僕に語れますか?」
グイグイくる月野先輩にカウンターを入れてみる。
しかし、僕の知る限りの最強人類である月野先輩には僕の
「語れるわよ?とりあえずは顔と体の相性がいいところかしら」
「ちょっ!?」
思わず吹き出しそうになった。
さすがというべきか月野先輩、ためらいがない。ついでに身も蓋もなかった。
「さあ私は言ったわよ?ユキ君は?」
うぅ、こうなったら仕方がないか……。
「いろいろありますけど、一番は素直なところですかね。あんまり擦れていないというか、感情を表に出すことにためらいがないんですよ。だから、嬉しい時とか楽しい時はいつもニコニコしてるんですけど、その笑顔がまた可愛いくて」
「うわ、口の中が甘くなってきたわね」
「先輩が言わせたんですけど……」
恥ずかしいのを必死に我慢した僕に対するそのあんまりなコメントに、思わずジトりとした視線を向けてしまう。
月野先輩は「あはは、ごめんなさいね」なんて軽い調子で謝った後、
「それじゃあ質問はこれで最後にしようと思うんだけど……あなたの後ろで真っ赤になってる女の子は、だぁれ?」
月野先輩の言葉に弾かれるようにして振り向いてみると、そこには先輩が言う通り顔を真っ赤にした女の子が。
先輩の質問に答えるなら、その女の子は相墨ホタルという名前の笑顔が可愛い僕の好きな子で――
「わ、わたっ、私っ!わ、忘れ物を取りに来たんだけど……」
「……えーと、もしかして、今の話……」
「な、何も聞いてない、聞いてないからっ!」
「え、ちょ、待ってホタル!?」
それ聞いてる人のやつ!なんてツッコむ間もなく。
脱兎のごとく逃げ出したホタルはあっという間に教室を出て行ってしまった。
「あらあら、これから大変そうね」
他人事のように笑う月野先輩を、僕はホタル同様真っ赤になった顔でにらみつけた。
この日以来、ホタルは僕にあまり抱き着いてこなくなったし、僕が可愛いというと恥ずかしそうに頬を染めるようになった。
男の娘でも恋がしたいし、いけ好かないイケメンに八つ当たりだってする だんご @1o8
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