第7話
さて、突然なんだけど僕は今、人生史上一番おめかしをして街に遊びに来ております。
ホタル曰く可愛いユキランキング一位らしい服に身を包み、頭にはウィッグをつけて、顔にはメイクまで施している。
これは別に僕の性癖が突然ねじくれたわけではなくて、ちゃんと目的があるからなんだけど……あ、見ーつけた。
「こんにちは!お兄さん、今誰かと待ち合わせ中ですか?」
ベンチに座って暇そうにスマホを眺めている、芸能人にいてもおかしくないくらいのイケメン――風間先輩に僕は声をかけた。
平常時でさえ高いと言われる僕の声だけど、今日はいつもの五割増しくらい高い声を意識して出している。
「あはは……。待ち合わせ中だったんだけど、実はドタキャンくらっちゃったんだよね」
いかにもな僕の声掛けに対して、風間先輩はスマホに視線を一度落として苦笑するように言った。
ファミレスの時とは違い、ずいぶんと紳士的な口調と仕草だ。
いきなり見ず知らずの人に話しかけられても動揺一つせず返答する当たり、声をかけられ慣れているのだろう。
そんなところも気に入らない――なんて暗い心情を笑顔で隠して、僕はさらに言葉をつづけた。
「えー!そうだったんですか!?だったら
「たちって、君一人じゃないの?」
「あとからもう一人私のお友達が合流する予定なんです。すっごく可愛い子ですよ?でも女だけって言うのもさみしいのでお兄さんみたいにかっこいい人に一緒に遊んでもらえたらなーって思って、ダメですか?」
自分から発せられる媚びるような甘い声に、吐きそうになるのを必死にこらえる。
「うーん、どうしようかなあ……」
悩むそぶりを見せる風間先輩。でも、目が本心を隠せていない。
ホタルが言うように今日の僕は本当に可愛いのかも。
「ね、ね、ダメ?」
上目遣いを意識してすがるように言う。
これがよく効くということを、ホタルに散々されてきた僕はわかっている。
自分の行動があまりにも気持ち悪くて辛いけど、そんな思いをした甲斐はあったらしい。
風間先輩は悩むふりをやめ、微笑みながら言った。
「うん、ちょうど予定がなくなったところだし。一緒に遊ぼっか」
そんなわけで、無事風間先輩をフィッシュすることができた僕はカラオケにやってきていた。
道すがら、お互いの自己紹介も済ませている。
「いきなりカラオケとかちょっとびっくりしたよ」
「えー、陽さんもしかして歌うの下手だったりします?」
「どうだろ、すごい自信があるわけじゃないけど人並には歌えるかな」
「それ絶対うまいやつじゃないですかあ」
「いやいやそんなことないって!あんまハードル上げないで?」
「いやーこれは超期待しちゃいますよー?」
「だからやめてって!」
部屋に入って、表面上好意的な会話を交わす僕と先輩。
といっても所詮初対面同士(という設定)。
ふと会話が途切れてしまった時、風間先輩が間を持たせるように僕に尋ねた。
「そういえば、風花ちゃんのあとで合流するって言ってた
雪菜というのは僕が今名乗っている名前だ。
耳慣れない呼び方になんとか自然に反応して、僕は困ったように言った。
「うーん、もうぼちぼち来るはずなんですけど……」
「てか、いきなり俺がいたら驚かれないかな?」
「さっきラインで伝えておいたから大丈夫ですよ。イケメンがいるってきいて喜んでました」
「イケメンとかあんま言われないから照れるね」
絶対嘘だ。白々しい。
心の中で吐き捨てていると、僕のスマホが着信によって震え始めた。
電話をかけてきたのは……合流予定のお友達だ。
「……あ、その友達から電話がかかってきました。ちょっとでてもいいですか?」
「おっけー」
風間先輩に許可を取ってから、電話に出る。
一言二言会話を交わした後、耳元にあてていたスマホをテーブルに伏せた。
「なんか忘れ物したとかでちょっと遅れるみたいです。もうしばらくかかるってことなので、先に私たちだけで楽しんでおきましょう」
「りょーかい」
デンモクに視線を落とした風間先輩に、僕は何気ない声色で尋ねる。
「というか、今更なんですけど、陽さんって彼女とかいます?」
「え、どしたの急に」
とぼけてみせる先輩。
逆ナンしてきた相手が彼女の有無を尋ねる意図を察せないような人種じゃないですよねアナタ。
「もし彼女がいたらこういうことしてるのはまずいかなあとふと思いまして」
まあ、向こうがとぼけるならこっちもとぼけ返すだけだ。
「それを今言うのは野暮ってもんじゃない?」
そんな言葉でお茶を濁してくる先輩。
普通ならここは誤魔化されておく場面なんだろうけど、もちろんそんなつもりはない。
「その言い方、彼女いますね?」
「ん-、どうだろうね?」
なかなか往生際が悪い……。
いやお前彼女いるだろうが、この期に及んで誤魔化してるんじゃねえと内心で罵倒しつつ、僕は風間先輩との距離を詰めていく。
「じゃあ、こういうことされると困ります?」
体が触れ合ってしまいそうな距離まで近づいた僕は、風間先輩の太ももに手を添えて照れたような様子で言った。
以前ホタルに身体的な距離を縮めてみればとアドバイスしたことを思い出す。
あのアドバイスはどうやら的を射ていたらしい。一気に先輩の目つきが熱っぽくなった。
自分の行動と先輩の視線に鳥肌が立ちそうになるのを必死にこらえる。
「これはそういうつもりってことでいいの?」
そういって僕の肩に触れてくる風間先輩。
そっと椅子に押し倒され、その手が僕の体を
「もう無理限界です助けてください!」
その瞬間、僕と風間先輩二人だけだった部屋のドアが開き、一人の女性が入ってくる。
押し倒されたままで動けない僕と、突然の事態に目を白黒させて固まっている風間先輩をパシャリとスマホで取りながら、彼女は迫力ある笑顔で言った。
「楽しそうなことしてるわね。私も混ぜてくれないかしら」
突然の闖入者の名前は
僕と合流するはずだった友達であり、風間先輩との予定をドタキャンした張本人であり――風間先輩の彼女でもある人だ。
「おまっ、なんでここに!?」
固まっていた状態から一転、取り乱したように叫ぶ風間先輩。
そんな風間先輩とは対照的に月野先輩は実に落ち着き払った態度で言い放った。
「なんでと言いたいのは私の方なんだけどね。どうしてあなたはこんなところで私以外の女を押し倒してるのかしら?」
「いや、これは向こうから誘ってきて……」
否定はしないけど、それを相手の目の前で口にしちゃうのはどうなの?
「へえ……あなたは女の子に誘われたら彼女がいようと手を出していいって考えてるのね」
「え、あ、そういうわけじゃ……」
冷や汗をかきながらしどろもどろになる風間先輩。
そんな様子に仄暗い快感を覚えながら、僕は白々しく言った。
「あれぇ、どうしたんですかぁ陽君。まるで浮気を彼女に見咎められたみたいな反応してぇ?」
「てめえっ、嵌めやがったな!?」
「せいかいでーす!」
煽るようなその言葉でこの状況が仕組まれたものだと確信したのだろう。
端正な顔をゆがめながら怒鳴りつけてくる風間先輩。
僕はつけていたウィッグを外し、髪をもとに戻しながら先輩の言葉を肯定した。
どうやら僕の顔をちゃんと覚えていたらしく、はっとした表情をする風間先輩を僕はせせら笑う。
「何度でも言いますけど、あなたみたいに軽薄な人間、絶対にお断りですから」
「このクソアマァ!」
リアルじゃなかなか聞けないようなセリフを吐き捨てながら僕を睨む先輩を見て、そういえばと思い出す。
結果的に都合がよかったとはいえ、誤解を解かずにここまできてしまった。
あのね風間先輩、あなた僕のことクソ女とかクソアマとか散々言ってくれてますけど――
「僕は男だっ!!」
僕は手に持っていたウィッグを風間先輩の顔にぶん投げた。
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