第5話

 ホタルと風間先輩のデートから少し時間が経って。

 ホタルと先輩は順調に距離を縮めているようで、ホタルが僕を頼る回数も少なくなってきている。

 ホタルと話す時間が少なくなって寂しい一方で、ホタルが嬉しそうに先輩について話しているのを見ずに済んで僕はどこか安心していた……んだけど……


「ユキ、お願い!私に料理を教えて!」


 久しぶりに相談があると言われ、何事かと思った僕にホタルが言ったセリフがこれだ。

 料理、料理ね……。

 正直もうオチがみえているけど、一応聞くだけ聞いてみようかな……。


「また急にどうして?」

「その、風間先輩に、お弁当作ってあげたくて……」


 だよねー。

 わかってたよ……!どうせそんなことだろうなって思ってたよ……!

 恥ずかしそうにするホタルは相変わらず恋する乙女といった様子で、風間先輩のことを好きだという気持ちがよく伝わってくる。

 明日急に風間先輩が海外に引っ越したりしないかなあと思いつつ、僕はホタルに言った。


「僕でよければ」


 

「お、お邪魔しまーす」

「どうぞ、上がって上がって!」


 ホタルに料理を教えてほしいと泣きつかれてから数日たった休日。

 どういうわけか僕はホタルのお家にお邪魔していた。

 いや、どういうわけかもなにも料理を教えに来たんだけど……。


(え?え?好きな女の子の家に上がれちゃったんだけど!?いいの?いいのこれ!?)


 内心てんぱりまくっている僕。

 こんなナリでもちゃんと思春期男子なんだ。

 好きな女の子の家に来たりなんかしたらそれはもうそわそわしてしまう。


「き、きれいなお家だね……」

「そうかな?ありがと!」


 緊張を紛らわすために口を開くものの、出てくるのは中身のない言葉ばかり。

 場所がホタルの家というだけでいつものように会話ができずにいる。

 そんな僕の様子を見て思うところがあったのか、ホタルは安心させるように言った。


「あ、言ってなかったけどさ。今日はお父さんもお母さんも遅くまで帰ってこないから、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ?」

「…………」

「え、ユキ?ちょっと、どうして固まって……おーい?」


 気を利かせたつもりであろうホタルの一言が見事に裏目に出て、僕は無事石化した。


「よし、それじゃあさっそく料理を作っていこうか」

「さっそくっていうか、ユキ、十分くらい固まってたけど」

「さっそく料理の練習をしていこうか」

「まさかのスルー……!」


 思春期男子が女子から言われたいセリフランキング第三位『今日、親の帰り遅いから……』によって意識が飛んでいた僕はなんとか現世に復帰し、相墨家のキッチンにホタルと二人で立っている。

 エプロンをつけて二人で並んでいる様子はまるで新婚さんみたいだなあと妄想したものの、この時間が風間先輩の弁当を作るためのものだと思い出した途端にNTRモノな気分になった。

 ああ、脳が破壊される……。いや、そもそもホタルと僕は付き合っているわけでもなんでもないのでNTRじゃないんだけど。


 とまあそんなふざけた思考はそこそこに、真面目に料理を教えることにする。

 

「今日作りたいのは卵焼きとハンバーグだったっけ?」

「うん!なんかお弁当の定番って感じのを作れるようになりたいなって」

「了解、じゃあその辺を一緒に作っていこうか」 


 ホタルが挙げた料理はすごく高度な技術が必要とされる料理というわけでなく、ちょうどいいレベルのものだと思った。

 卵焼きなんかは綺麗に作ろうと思うと結構難しいのだけど、食べられるものを作るくらいならそんなに手間取ることもないんじゃないかな。

 

 ――と思っていた時期が僕にもありました……。


「ユキ!ユキ!お砂糖入れすぎちゃった……!え、それは塩……?ど、どうしたらいいかな!?」


「ユキ、大匙一杯ってこれくらいで大丈夫……?い、入れすぎ!?」


「ユキぃ……焦げちゃったぁ……」


【悲報】ホタルさん、めちゃくちゃ不器用

 そういえば、家庭科の授業なんかでもその片鱗は見えていたなと思い返しつつ、僕は笑顔で言った。


「ホタル、実は今どきの冷凍食品ってすごく出来がいいんだけどさ」

「見捨てないでユキぃ!?」

 

 大丈夫、冗談だよ。……まだ。


 その後、小学生と一緒に料理をする心構えで悪戦苦闘すること2時間くらい。

 できあがった料理を口に含んだホタルが目を見開いた。


「……!ユキ、ユキ!今回のはちゃんとおいしいよ!」

「おお!?やったね、ホタル!」


 嬉しそうにするホタルを見ているとこっちまで嬉しくなってくる。

 たとえそれが自分の恋敵のためだとしても、今は素直にホタルの成長を喜ぼうと思えた。

 ――なんて、殊勝なことを考えたのを神様が見ていてくれたのだろうか。


「ね、ね!ユキも食べてみてよ!」


 そう言いながら箸で料理を僕の口まで運んでくるホタル。

 反射的に口に含んでしまったものの、よくよく考えてみるとその箸はさっきホタルが口をつけていたもので……


「~~~っ!?!?」


 僕を異性として認識していない故だろうその無防備な振舞に、僕は無事昇天した。



「ユキ、今日はすっごく助かった。ありがとね!」


 ホタルとのお料理教室を終えて、そろそろお暇しようかとなった頃。

 玄関で靴を履いて振り返った僕に、改めてホタルが今日の感謝を告げてきた。


「ホタルが頑張ったからこその成果だよ。お疲れ様」


 今日のホタルはすごく頑張っていたと思う。僕が心からそう言うと、ホタルは照れくさそうに微笑んだ。


「私なんてまだまだだけどね。同じ料理を作ってたはずなのにユキのとは比べ物にならなかったし」

「そこはまあ、年季の差かなあ」


 昔から料理は好きでよくしていたし、高校に入ってからは自分でお弁当も作っている。

 さすがに経験値が違うので僕とホタルを比べたらそうなるのは当然だろう。


「ユキのお弁当とかたまに作ってきてくれるお菓子、いっつも美味しいもんねえ……。さすがは彼女にしたい女子ランキング一位だよ」

「褒めながらこっちの傷を抉ってくるのやめて?」


 ホタルが言っているのはうちのクラスの男子が秘密裏に投票、集計していたアンケート調査の結果である。

 まあ、結局ばれてるから秘密裏でもなんでもないんだけど。

 本人の意思とレギュレーションをガン無視することによってなぜか投票される側に回っていた僕は、どういうわけかこのランキングで一位の座に輝いている。

 なお、この件に関して一番不可解だったのは、すべての票が僕に集まっていたため二位以下が全員同着ということだ。ランキングとは一体……。

 僕が過去に想いを馳せ死んだ目をしていると、ホタルは楽しそうに言った。


「私もいつか、ユキみたいに美味しい料理がつくれるようになるかな?」

「なるよ。僕が保証する」


 料理は愛情、なんて決まり文句があるけれどこれは決して間違いではない。

 食べてくれる相手のことを考えながら作るというのは、料理の腕を上達させるためにとても重要なことだと僕は思っている。

 その点、ホタルは満点だろう。

 風間先輩のことを想って今日一日苦手な料理にもめげずにずっと頑張っていた。

 

「えへへ、ありがとユキ。私、もっともっと頑張るね」

「うん、頑張れ」

 

 こんなにも想われている先輩への嫉妬を無理やり胸に押し込めて、エールを送った僕はホタルの家を後にした。



 その数日後、ホタルから風間先輩と付き合うことになったと嬉しそうに告げられた。

 手作り弁当を作って持っていったところ向こうから告白されたのだとか。

 ホタルの気持ちはちゃんと伝わっていたらしい。

 

 ホタルに好きな人ができたと告げられたあの時から、いつかこんな日が来るんじゃないかと心のどこかで思ってはいた。

 いざその瞬間を迎えた時泣いてしまわないか心配していたのだけど、笑顔でおめでとうと言うことができて驚いた。

 処理しきれないほどの感情にさらされると体が追い付かないものなのだと初めて知った。

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