第4話

 ホタルが風間先輩へのアプローチに成功した週の土曜日。

 僕はホタルと一緒にショッピングモールに来ていた。

 以前の僕だったら好きな女の子とのデートだ!なんて飛び跳ねるくらい喜んでいたのだろうけど、今日僕とホタルがこうして一緒に出掛けている理由は――


「ユキ、今日は一緒に来てくれてありがとっ。明日の風間先輩とのお出かけ、何着ていけばいいかほんとわかんなくなってたから助かるよぉ~」


 ――ということだ。

 抱き着いてくるホタルを適当にいなしつつ内心でため息をつく。

 好きな子との密着も今ばかりは素直に喜べなかった。

 何が悲しくて他の男を喜ばせるための服を一緒に見繕わなくてはいけないというのか。

 そう思いはするものの、「お願い、ユキしか頼れる人がいないの……!」なんて言われたら断れるはずがない。

 涙目と上目遣いのコンボはずるいよホタル……。

 惚れたら負けというのは本当だなと思いつつ、気合の入った様子のホタルの後をついて行った。



「ユキ、この服はどう……?」

「すごく可愛いね」


「じゃあ、この服は?」

「似合ってる、とっても可愛いと思うよ」


「これは……?」

「ホタルの雰囲気にぴったりだね。可愛いよ」


「もうっ!ユキ、私のことからかってる!?」

「そんなことはないんだけどね……」


 服屋を転々としながら行われるホタルのファッションショー。

 今回の趣旨的に当然と言えば当然なのだけど、ホタルが着替えるたびに感想を求められた。

 そのどれもに僕は真面目に返していたつもりだったけど、ホタル的にはそうは感じなかったらしい。

 

「そんなに気を遣わなくてもいいよぉ!似合わなかったら素直にそう言ってくれた方が助かるもん!」


 僕の感想が絶賛一辺倒だったから、お世辞を言っていると思われたみたいだ。


「そんなつもりは本当にないんだよ。ホタルが選ぶ服って全部センスいいし、どれも可愛いし似合うと心から思ってるよ。大体……」


 "好きな女の子なんだから何を着ても可愛いに決まってる" 

 思わず喉から出かけた言葉を飲み込んだ。

 

 それを今更言ったところでホタルを困らせてしまうだけだろう。

 "男として僕のことをホタル好きになってもらう"

 そんな可能性の薄い未来を手繰り寄せるためにも、それは今告げるべき言葉じゃないと思った。

 

 僕が途中で言葉を切ったせいか、続きを促すようにじっとこちらを見つめてくるホタル。

 こういう時、こっちがしゃべり終わるまでじっと待ってくれるところは間違いなくホタルの美点なんだけど、今はその優しさが少し憎らしかった。


「ホタルみたいな可愛い子だったら何を着ても様になるんじゃないかな」


 結局出てきたのはそんな言葉。

 見方によってはこれも十分好意を仄めかせる言葉なんだろうけど、残念ながら僕の可愛いという言葉は非常に軽い。

 僕の可愛いはSNSでいうところの"いいね"と同じようなもので、特別な言葉ではなく常套句として受け取られがちだ。……まあ、日常的に可愛いって言葉を乱用している僕も悪いのかもしれない。

 少なくとも、僕がホタルに対して可愛いという時は下心をちゃんと含んでいるのだけど、幸か不幸かそれを読み取られたことはなかった。  


「えへへ、ユキはいっつも可愛いって言ってくれるよねぇ」

 

 今回も、僕の言葉にホタルは嬉しそうにするだけ。

 そんな様子も十分可愛らしいんだけど、僕としてはもっとドキドキしてほしいところだ。

 はにかみながら次に試着する服を探しにいったホタルを眺めながら、そっとため息をつく。


「もうちょっと僕が男らしければ緊張したり照れたりしてくれたのかな……」


 別に自分の容姿が嫌いなわけではない。高い身長や男らしい体つきに憧れはあるものの、僕は自分自身のことを結構気に入っている。

 ただ、自分が男として見られない原因がこの見た目にあると思うと恨めしく思ってしまう部分もあって……。

 

「あのー、お客様。少しよろしいでしょうか」


 どうしようもないことをモヤモヤと考えていると、店員さんに声をかけられた。


「あ、はい。なんでしょう?」


 先ほどの問答で少し騒がしくしてしまったものだから、お店としては迷惑だったのかもしれない。

 謝罪のために口を開こうとした僕に店員さんが告げたのは、予想だにしない一言だった。



「ユキ―、次はこの服の感想をもらいたいんだけど……って、あれ?」


 ホタルのそんな声が聞こえてくる。

 ちょ、戻ってくるの早いよ!?

 

「お客様、お連れ様は今試着室で着替えてらっしゃいますよ。お客様にぴったりな服がございましたので、おすすめさせていただきました」

「あ、そうだったんですね。あれ……?でもこのお店の服ってレディース……」 


 ホタルの訝しむような声を遮るように試着室のカーテンを開く。

 男は度胸だし、こういうのは勢いが大事だ。


「わあ!思った通り、とてもお似合いですよ!」


 まず目に入ってきたのはショップの店員さんだった。

 手を合わせて嬉しそうな声を上げる彼女の顔は心なしかツヤツヤしている。

 視線を横にずらすと、そこには目を見開いてポカンとしているホタルの顔が。

 目を見開いて一言も発しないその様子は、ドン引きさせたかなと僕を不安にさせるには十分だったんだけど……。


「ユキ、かっっっっわいいいいいいいいい~~~!」


 次の瞬間キラキラと輝くような顔になったホタルを見て、僕はひとまず安堵した


「へぇ~~!はぁ~~!すごいすごい!ユキ、超かわいいよ!」


 僕の周りをぐるぐると回りながらそんなことを言ってくるホタル。

 恥ずかしさ9割、嬉しさ1割といった感じで僕はもう死にそうだ。


 店員さんが声をかけてきたのは、僕にどうしても着てほしい服があったかららしい。

 ブラウスにスカートというゴリゴリなレディースファッションを激押ししてくる店員さんに「いや、僕、男なんで……」と至極真っ当な反論をしたところ、「それが何か?」と真顔で返されてしまった。

 そのあまりに堂々とした振舞から、『あれ?ひょっとして自分がおかしいのかな?』と思ってしまった僕は店員さんの圧に屈するように試着をしてみたのだけど……。


「うぅ……やっぱ恥ずかしい……。あ、あんまり見ないで……」


 はっきりと知覚できるレベルで顔が熱い。

 好きな女の子から女装姿をまじまじ観察されるという羞恥プレイに耐えきれず顔を逸らしてしまう。


「ユキ、それはちょっと可愛すぎ……」

「これが男の子……?え、男ってなんだったかしら……」


 顔を逸らす僕をじっと見つめながら何かをぶつぶつと言っているホタルと店員さん。もうわけがわからない。

 他のお客さんの注目まで集めてしまっていることに気づいた僕は、とうとう羞恥心の限界がきて再び試着室に引っ込んだ。




「今日は酷い目にあった……」

「えー、すごく似合ってたのに。私の可愛いユキランキング一位を更新したよ」

「そんなランキングが存在していたことに驚きを隠せないよね」

「ユキの私服って中性的なのが多いけど、女の子!って感じの服着てるところは見たことなかったからさ。まさかあんなに破壊力があるとは……」

「私服が中性的なのはそういうのしか似合わないからだし、女の子の服を着たのはそもそも今日が初めてだからね……?」


 ショッピングモールからの帰り道。僕とホタルはくだらない話をしながら電車に揺られていた。

 ホタルの手には真新しい服が入った紙袋が握られている。

 結局、何を着ても僕が褒めるものだからどれを選んでいいかわからなくなったらしいホタルは、最終的な判断を僕に丸投げしてきた。

 「ユキのセンスってめちゃくちゃいいし、ユキが一番いいと思ったのが一番可愛いに決まってるもん」というのがホタルの言い分だ。

 

 そういうことなら、と僕がホタルに一番似合うと思った服を選ばせてもらった。

 風間先輩に見せるための服だと思うとすごく複雑な気持ちになったものの、わざとイマイチな服を選ぶのはホタルに不誠実だろう。

 僕は今、先輩より先に勝負服に身を包んだホタルを見ることができたという優越感で嫉妬を必死に誤魔化している。


「ユキ、今日はほんとにありがとね。ここまで付き合ってくれたユキのためにも私、明日は頑張るから!」


 別れ際、ホタルははにかみながらそう言った。

 

「うん、頑張って」


 そう返した僕は笑顔を作ったつもりだったけど、うまく笑えていたかは正直自信がない。



『昨日はありがと!先輩にも可愛いねって褒めてもらえた!』


 翌日、そんなメッセージがホタルから届いた時の僕は、間違いなく笑えていなかったと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る