第3話

 ざっくりとホタルの話をまとめるとだ。

 ホタルと風間先輩は委員会が一緒で、その活動の中でたくさんホタルは先輩に助けてもらったらしい。

 なんでも、他の人よりたくさん気にかけてもらっている気がするのだとか。

 

 自分の好きな女の子が熱っぽく他の男について語るのを延々聞かされるという拷問に耐えきった末に僕が思ったこと。それは――


(それなら別に僕のことを好きになってくれたっていいじゃん!)


 ホタルをほかの人よりも気にかけて優しくするって僕もやってることなんだけど!?

 風間先輩より僕の方が一緒に居る時間は長いし、たくさん優しくしてるつもりなんだけど!?

 ……自分で優しくしてるとか思っちゃうから僕じゃダメなんだろうか。

 コツコツと好感度を上げていこうと思っていた矢先に、接点が委員会だけというぽっと出の先輩にかっさらわれていくのはなかなか納得しがたいものがある。

 やっぱり男は顔か?顔なのか!?いや身長という可能性も……。

 はあ、風間先輩、もげないかなあ……。


「ユキ、なんか落ち込んでるようにみえるけど、どうしたの?」

「いや、なんでもないよ。気にしないで」


 この世の理不尽さを嘆く僕の顔を心配そうにのぞき込んでくるホタル。

 彼女を心配させるのは本意じゃないので、僕は普段通りの表情を意識して話を本筋に戻した。


「とりあえずさ、委員会で助けてもらったって明確な縁があるんなら、それを理由に距離を縮めていけばいいと思うんだよね」

「ふんふん」


 目を輝かせながらコクコクと頷いて見せるホタル。可愛い。


「委員会でいっぱいお世話になったお礼をしたいです、って話しかけてみたら?」

「い、いきなりそんなこと言われても困らないかな?」

「別にそんなことはないんじゃない?ホタルのことを特に気にかけてくれてたんでしょ?だったら向こうもそういう認識はあるだろうし」


 というか、ホタルだけ露骨に贔屓していたのなら先輩もホタルに気があるんじゃなかろうか。

 もしそうだったら……嫌だなあ……。


「そうかなあ……」

「そうだって。だからとりあえずさ、明日、風間先輩の教室に行ってみようよ」


 不安そうにするホタルを励ます。

 こういう時、奥手になるのはホタルらしい。 


「そ、そんな急な……心の準備ってものがあるんだけど……」

「こういうのは勢いが大事なんだよ!どうせ行動を起こさないと付き合うなんて無理なんだからどんどんアプローチしなきゃ!」

「うう……」


 なおもためらいを見せるホタル。

 こういうときは急がば回れよりも巧遅は拙速に如かずなのだと僕は言いたい。

 どっかの間抜けみたいに、躊躇っているうちにいつの間にか好きな人に想い人ができてる可能性もあるのだから。というか……


「そもそも、風間先輩って彼女いないの?」

「ぇ……?……あっ」

 

 一瞬ポカンとしたのちハッとなるホタル。

 どうやらその可能性を考えていなかったみたいだ。


「もし風間先輩に彼女がいたらホタルの恋路は少し難易度が上がるよね……」


 あれだけイケメンなんだし彼女の1人や2人や3人くらいいてもおかしくないのではなかろうか。

 正直、僕としてはよほどそっちの方が都合がいいんだけど……あ。


「難易度が上がるっていうか、む、無理……」


 先輩に彼女がいることを想像したのか、ホタルの瞳が潤む。

 ちょ、それは反則!


「いやいやいや彼女がいるかはまだわからないでしょ!」

「で、でも、先輩あんなにかっこいいんだし、冷静に考えたら彼女がいないなんてありえないんじゃ……」


 どんどん弱気になっていくホタル。

 恋は盲目とよく言うが、よほど風間先輩が魅力的に見えているらしい。

 そのことにむかつきながらも、僕はホタルのマイナス思考に反駁はんばくする。


「そうと決めるのは早計だって!冷静に考えてみて?ホタルだってめちゃくちゃ可愛いけど彼氏いないでしょ?魅力がある=恋人がいるってわけじゃないはずだよ!」

「冷静に自分を可愛いと思うなんて無理だよぉ!」


 こんなにも可愛いのに謙虚な姿勢を忘れないホタル。

 はい可愛い。そういうところがもう可愛い。 


「ホタルは可愛いの!そんな可愛いホタルにも恋人がいないんだから風間先輩に彼女がいない可能性も十分にある!はい、Q.E.D証明終了

「うぅ~~」


 むずがゆそうにするホタルだけど、先ほどまでの弱気な色はだいぶ鳴りを潜めている。

 畳みかけるなら今かもしれない。


「明日、先輩に会いに行こうよ。それでお礼がしたいのでって言ってどこか遊びに誘ってみたらどうかな?」


 彼女さんがいるようなら遠慮しますけど、とか言っておけば恋人の有無も探れるし、もし向こうが乗ってきたなら予定を話し合いたいのでとでも言って連絡先をゲットできる可能性だってある。

 そんなことを言いながら必死に鼓舞した甲斐があったのか、ホタルは覚悟を決めた瞳で僕に言った。


「ユキ。私、明日先輩に会いに行ってみる」



 翌日の昼休み。

 風間先輩のもとへ向かったホタルを僕はハラハラしながら待っていた。

 このハラハラは、ホタルが先輩との距離を縮められなかったらどうしようというのものなのか、距離を縮めてしまったらどうしようというものなのか。

 多分、どっちもだ。

 ホタルには失恋の痛みなんて知ってほしくないなと思う。あんなに辛い思いを好きな子にはしてほしくない。

 でも、同時に失恋してほしいなと思ってしまっている僕もいるんだ。

 ホタルが風間先輩に袖にされて、僕と同じように傷ついたなら。

 そこに付け込めば僕を男として意識してくれるんじゃないか。

 良くないことだとは思いつつも、そんな思考が止められない。

 

 ホタルの恋が実らなかったとしても、こんな卑怯なことを考える僕にホタルを想う資格があるのだろうか。

 そんなことを思って凹んでいると、ホタルが戻ってきた。

 その表情は、輝かんばかりの笑顔。

 それだけで、どんな結果だったかがわかる。

 胸の痛みに蓋をしながら、僕は軽い調子でホタルに尋ねた。


「おかえり、ホタル。どうだった?」

「ユキ、ありがとう!ユキの言う通りにしたらうまくいったよ!あのね、今度の週末先輩と一緒に出掛けることになったの!連絡先も交換できたし、先輩、彼女いないって!」

「おー、よかったね」

 

 つくづく僕を取り巻く現実に意外性なんてものはないらしい。

 予想以上の、百点満点な成果をあげてきたホタル。

 ホタルの可愛さを鑑みれば当然なのかもしれないけど、ホタルの恋路はこれ以上なく順調な滑り出しを切ったと言えるだろう。

 

 彼女の幸せを願う人間として、ここは喜ぶべきだ。祝福するべきだ。

 それなのに辛いって気持ちの方が圧倒的に喜びの気持ちを上回ってしまった僕は、やっぱりホタルを想う資格なんてないのかもしれない。

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