第2話

「ねえねえユキ、風間先輩ともっと仲良くなるにはどうしたらいいと思う?」


 好きな女の子からの精神攻撃男として見れない発言により、僕が二度目のダウンをとられた朝から少し時間が経って放課後。

 早速相談したいことがある、というホタルの口から出た言葉がそれだった。

 えーと、なんていうか……。


「だいぶざっくりしてるね……?」

「うぅ、そうだよね……自分でもそう思う……」


 そういってしょんぼりするホタル。

 そんなリアクションを取られると、なんだかいじめているような気分になってくる。


「ま、まあ、仲良くなるっていうのは恋愛における基本中の基本だろうし。方針としては間違ってないと思うよ、うん!」

「そ、そうだよね!」


 僕がフォローするようにそう言うと、ホタルも気を持ち直したかのように相槌をうつ。

 でも、その勢いはすぐにしぼんでいき、再び心細そうな表情になった。


「ユキ、男の人と仲良くなるって、どうしたらいいの……?」

「えーと……」


 男子と仲良くなる方法。

 言語化しろと言われると意外と難しいかもしれない。

 というか、僕も女子の友達はそこそこいるけど男子の友達となるとあんまり……。


「やっぱり一番大事なのは、接点をなるべく多く持つことだと思うんだよね。会う機会を増やしたり、メッセージアプリでやり取りしたり。その中で共通の話題なんかを探していけば仲良くなれるんじゃないかな」


 結局、僕の口から出てきたのは何の面白みもないごく一般的なアイデアだった。

 多分ネットで検索したら真っ先にでてくるようなやつ。

 こういうのって間違いではないんだろうけど、言うは易く行うは難しというか、もっと具体的に頼むよ!って言いたくなるんだよね。

 その証拠にほら、ホタルも微妙に困ったような、何とも言えない表情をしている。


「確かにユキの言うことは正しいと思うんだけど、そのために何をすればいいのかがわからなくて……」


 だよねー。どうしたものだろうか。

 もうすこしためになりそうなアドバイスを、と頭をひねる中でふと思った。

 そういえば、僕とホタルが仲良くなったきっかけはなんだったっけ。


 

「ねーねー淡野君、どうしたらそんなに可愛くなれるのっ?」

「あ、相墨さん!?」

「なんか秘訣とかあるんでしょ?というか何もなしでその可愛さだったら私は淡野君に怒るよ!」

「えぇ!?ちょ、まずはいったん離れて!」


 まだ高校に入学して間もなかったころ、僕はクラスでかなり浮いていた。

 

 あくまで世間的なイメージの話ではあるけれど、僕の容姿や趣味はかなり女性に寄っているといっていい。

 身長は160㎝くらいしかないし、髪も男子にしては長めで体も全く筋張ったりしていない。声変わりを経てもなおソプラノみたいな声が出るし、甘い物や可愛いものだって好きだ。

 

 ただの事実として僕の存在は異質だったんだろう。

 疎まれていたわけではなかったけど、僕とどう接していいかわからない人は多いようだった。

 僕は自分が個性的な人間に分類されるという自覚こそあったものの、腫物のように扱われて平然としていられるほど強くもなく。

 気を遣われているような、避けられているような周囲の反応に僕の心が折れそうになっていた時、唯一そんな雰囲気を感じさせずに話しかけてきたのがホタルだった。

 というか、話しかけるどころかホタルはいきなり抱き着いてきた。


 可愛いものが大好きだというホタルは、面識のほぼない相手に対するものとは思えないほどグイグイきた。

 そんな態度に面食らいもしたもののその強引さが当時の僕にはありがたく、ホタルと話しているところをみて周囲の認識に変化があったのか僕は少しずつクラスになじめるようになっていった。

 男子は……いまだにぎこちない対応をされることも多いけど、女子からはまるで同性の友達のような気安い扱いを受けるように今ではなっている。


 そんな経緯があったものだからホタルに対して相当な恩と親しみを感じていた僕。

 ホタルも僕とは波長があったみたいで、気づけば僕とホタルは一緒に行動するようになった。

 そうしていくうちにお互い苗字呼びから名前呼びになって、いいところをたくさん知って、僕はホタルを異性として好きになって。……でもホタルは別に僕を異性として好きなわけじゃなくて……。うぅ……。

 

 回想で自傷ダメージを負いつつも、ホタルとの出会いを参考にしたことで僕は一つ有効そうなアドバイスを思いついた。


「先輩に抱き着いてみるっていうのはどうかな?」

「ふえぇっ!?」

「いつも僕にしてるみたいにさ。身体の距離と心の距離ってある程度比例すると思うんだ」


 自分の好きな女の子が自分以外の男に抱き着くなんて正直言ってめちゃくちゃ嫌だ。

 

 じゃあなんでこんなことを言ったのかという話になるんだけど、理由は二つある。

 

 一つは、手段として普通にありだと思ったから。

 身体的な距離が近い人とは心の距離が近くなりやすいというのはあながち間違いでもないと思う。

 パーソナルスペースを詰められることを不快に感じる人ももちろんいるだろうけど、分の悪い賭けではないんじゃなかろうか。

 僕自身、しょっちゅう抱き着かれていたからホタルを好きになったんじゃないかと言われると否定できないし。

 彼女の恋路を応援すると言った以上、思いついた有効そうなアドバイスを口にしないのも不義理かなと思ったのだ。


 そしてもう一つは――


「無理無理無理無理!男の子に抱き着くなんて、そんな恥ずかしいことできないよぉ!」


 絶対に否定されると確信していたからだ。

 女子と僕にはしょっちゅう抱き着いてくるホタルだけど、男子にも同じように抱き着いているのかというとそんなことは全くない。むしろ、ガードはかなり堅い方だ。

 男子に対してガードが堅いはずのホタルが、どうして僕にはゆるゆるなのかについては深く考えないことにする。

 

 とまあそれはそれとして、ホタルが予想通り僕の提案を否定してくれたことに僕はホッとしていた。

 自分で提案したこととはいえ、これで恥ずかし気に「わかった……私、頑張ってみるね……!」なんて言われていたら僕は膝から崩れ落ちていたと思う。

 

「男の子に抱き着くのは恥ずかしいっていうけど、僕には抱き着いてくるじゃない。僕、女の子じゃないよ?」

「ユキはユキだからいいの!」


 内心で安心してしまったことを誤魔化すようにホタルをからかう。


 抱き着くことをためらうくらいホタルに異性として意識されたいという気持ちはあるけれど、ホタルに抱き着かれなくなったらそれはそれでさみしいと僕は思うのだろう。

 初めて出会ったころから今までずっと変わらないホタルとのこの距離の近さは、僕がホタルを好きになったきっかけのひとつであり、すっかり日常の一部となっている。

 

 あ、そういえば。

  

「ホタルはさ、そもそもどうして風間先輩のことを好きになったの?」


 僕がホタルを好きになったきっかけから身体的距離を縮めるという方法を思いついたように、ホタルが風間先輩を好きになったきっかけを知ればアプローチするためのヒントが得られるかもしれない。


 自分からホタルの恋バナを掘り下げることにかなりの苦痛を感じつつも僕が尋ねると、ホタルは照れくさそうに風間先輩を好きになったきっかけについて語り始めた。

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