男の娘でも恋がしたいし、いけ好かないイケメンに八つ当たりだってする
だんご
第1話
「あのねユキ、私、好きな人ができたのっ……!」
「え……?」
放課後の教室。
ほとんどの生徒が帰宅するか部活に向かい、二人きりになった空間で彼女は僕にそう告げた。
赤らめた頬に、熱っぽい瞳。
恋する乙女として百点満点な表情をする彼女は見惚れてしまってもおかしくないほど魅力的なのだけど、僕は自分の足元が崩れるような感覚に襲われていた。
「う、うまく聞き取れなかったから、もう一回言ってもらってもいい……?」
「その、す、好きな人ができたの……」
聞き間違えであることを願ったんだけど、そういうわけじゃないらしい。
「そ、そうなんだ……。で、その好きな人って言うのは……?」
「一つ上の学年の、風間先輩……」
「あ、あー……あのイケメンの……。た、たしかにかっこいいもんね、風間先輩……」
ならばとその好きな人とやらが僕である可能性に賭けてみたけど、そんな都合のいい話もなかったみたいだ。
学年の違う僕でも知っている程度にはかっこよくてモテる先輩だ。
180センチ近い身長に、明るい茶色に染めた髪の毛、なによりその整った顔に堕とされてしまう女子はわんさかいるらしい。
視界がゆがみ、気持ち悪さが胸いっぱいに広がっていく。
このままだと倒れてしまいそうだ。彼女の前で無様なところは見せられないと必死に踏ん張ってはいるが、僕の心はもう限界が近い。
「ど、どうしてそれを僕に……?」
「えっとね、ユキは私にとって一番の
「…………」
「えぇっ!?ユキ!ユキ!?」
好きな人からの残酷すぎる言葉に、僕はとうとうぶっ倒れた。
僕、
「中島君、おはよ」
「お、おはようっ淡野……」
「黒木君もおはよー」
「お、おう。おはよ……」
――たとえ、挨拶をしただけなのに男子に恥ずかし気に目を逸らされたとしても、
「おはよ、吉田さん」
「おはよーユキちゃん。ね、ね、ちょっとこっちおいでよ」
「なになにどしたの?」
「いやさー、新しいコスメ買ったからユキちゃんでちょっと試したくてさ」
「わ、かわいいね。でも勿体ないし自分で使いなよ」
「そりゃ自分でも使うけどユキちゃんが使った方が絶対可愛いもん!だからほら、早く座って座って!」
「わわっ!?」
――たとえ、女子に顔や髪をもみくちゃにされたとしても、
僕の日常は幸せで満ち足りていると、断言することができたんだ。……好きな人に好きな人がいると告げられた昨日までは。
「おはよう、ホタル」
「おはよ、ユキ。昨日は突然倒れたけど、あの後は大丈夫だった……?」
「大丈夫だよ。ちょっと貧血でクラっときただけだから」
「倒れるほどの貧血は大丈夫とは言わないんじゃ……。でも、元気そうでよかったぁ」
僕の席の隣に座る女子が声をかけてくる。
朝の挨拶もそこそこに僕の体調を心配してくれる彼女の名前は
背中まで伸ばした長い黒髪に、あどけなさが残る可愛らしい顔をしたその女の子は、僕の日常をきらめかせていた光源そのもので、僕の好きな人だ。
まあ、昨日失恋したんだけどね……。
昨日の今日でホタルと顔を合わせるのは僕的にはとてもツラいものがあったのだけど、これで学校を休みでもしたらホタルを本当に心配させてしまうだろうし。
それに昨日の夜、散々泣き明かして僕は決めたのだ。
好きな人の恋を、応援しようって。
痛くても哀しくても、好きな人の幸せのためなら耐えてみせようって。
ホタルが自分の恋を成就させるために僕の助けを必要とするなら、僕はそれに応えよう。
そうすれば、僕はホタルの幸せを心から願っていたと胸を張って言えるだろうから。
……はい、嘘です。
いや、嘘ってわけでもないんだけど、だいぶ見栄張りました。かっこつけました。
本当のところは、ここで協力しておけばもし彼女の恋が実らなかったときに自分の方を振り向いてくれる可能性が少しでも高くなるんじゃないかという未練と、好きな人と少しでもかかわっていたいという執着が結構な部分を占めている。
こればかりはもう仕方がない。好きな人の幸せを願う気持ちも嘘じゃないけれど、好きな人を想う気持ちだって嘘にはできない。
好きな人ができたと言われても全く諦めがつかない程度には、僕はホタルのことが好きなんだ。
好きな人の恋路を邪魔することはしなくとも、チャンスがあれば拾えるだけ拾っていきたい。
とまあ僕の心情はひとまず置いておいて。
失恋のショックで僕がぶっ倒れてしまったせいで、うやむやになってしまった昨日の件について改めてホタルに僕の意思を伝えよう。
「あのさ、ホタル。昨日の放課後の件なんだけど」
「っ!」
びくりとするホタル。わずかに頬を染めながら、周囲をちらちらと気にしている。どうやら周りに聞かれないか心配しているらしい。
そんな彼女の様子を可愛らしいと思いつつ、僕は声を潜めて言った。
「ホタルの恋が実るように、僕にできることがあれば協力するよ。役に立てるかはわからないけど、話くらいならいつでも聞くし、アドバイスだってせいいっぱい頑張るから」
「ほ、ほんとっ!?よかったぁ……。ユキ、ありがとー!!」
「わぷっ」
僕の言葉がよほど嬉しかったらしい。ホタルに抱き着かれてしまった。
全身で感情を表現する素直さは彼女の魅力の一つだと思うし、絶賛感じている女の子特有の柔らかさもとても心地いいんだけど、ここ、教室だから!
衆人環視の中で女子が男子に抱き着くなんて、きっとクラスのみんなも何事かと好奇の視線を向けて――ないね。
むしろ、『あーいつものね』くらいの微笑ましい雰囲気を感じるね。
うぅ……知ってた。知ってたともさ。
ああ、『あの二人、あんなにべたべたしてもしかして付き合ってるのかな?』みたいな勘繰りをされたい……。
恋をするという未知の経験によほど心細さを感じていたらしく、ホタルは未だに僕のことを離さない。
こんなに距離が近いのにホタルが好きな人は僕じゃないという事実に内心凹みつつ、僕は彼女に抱き着かれたまま言った。
「ま、僕もれっきとした男だしね。男目線でどういうアプローチが効果的かとかそういうアドバイスはできると思うんだ!」
「…………?」
心のモヤを無理やり払うように自信満々に告げたその言葉に、なぜかキョトンとしているホタル。
「え、何そのリアクション。僕、何か変なこと言ったかな?」
「いや、なんていうか、ね。ユキがれっきとした男……?」
「なんでそこに疑問持ってるの!?疑う余地もなく男なんだけど!」
「え、だって……」
ホタルは懐から手鏡を取り出し、僕の方に手鏡を向けてくる。
そこには、クラスメイトの女子によってうっすらとメイクを施され、髪留めを付けた華奢で小柄な人物が写っていて……
「こんなに可愛い子にれっきとした男なんて言われても、首をかしげざるをえないよね」
「ぐぅ……」
僕とホタルの絡みをみて「百合……」とか呟いてた男子、ほんと許さない。
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