【テーマ】超発明

 金と酒と地位と名誉と広い家とうまい飯。それと、彼女が欲しかったから、俺は作った。

 高さは二メートル。横幅は三メートル。奥行きは一メートル。ただでさえ、所狭しとガラクタの散らばる四畳半の狭い部屋を、一層狭く感じさせるほどの威圧感と熱を放つ巨大な箱は、俺が作った超発明。

 名を──『モウソウヲゲンジツニカエール』だ。

 完成する寸前、我が家に姿を現した後輩にそんなことを、軽く説明してやった。


「はぁ」


 世界を揺るがす超発明なのに、畑中は素気ない態度を見せる。 

 やはりコイツは馬鹿だから、俺様のすごさが良く分かっていないのだ。


「フフフッ……畑中助手よ。刮目して見よ! 耳を漱いでしかと聞けェ‼」


 両手を広げ、空想の白衣を翻す。

 白衣はこの前カップ麺の汁を零したので捨てた。だけど、科学者足る俺の心はいつも白衣を羽織ってる。だから、何ら問題はないのだ。


「聞くがよい! コイツはなぁ! 何と‼ 妄想を現実に変える力を持っているのだ‼」


「……ほへぇ」


「なぜだ⁉」


 なぜ、コイツはここまで説明してもテンションがぶちあがらないのだ。

 俺様は困った。

 畑中助手は、ちょうどいま目を覚ましたかのような薄汚い顔をしたまま呟いた。

 

「なんなんすかぁ? っていうか今何時だと思ってるんすか……まだ三時前っすよぉ? ぼかぁ三徹麻雀明けなんすよぉ? 眠たいんで寝かせてくださいよォ」


「三徹麻雀だとォ⁉ 貴様そんなことをしてたのか⁉ 俺がリョーコ女史に振られて悲しんでいる間にそんなことをしてたのか⁉」


 道理でここ数日連絡が取れないと思ったら……。


「あぁ、あの人にフラれちゃったんすね……モテますからねぇ……そりゃあフラれますよォ……じゃあ、ぼかぁ眠いんで失礼しやーす……」


 言うや否や、いびきをかき始めた後輩を叩く。割と強めに。


「痛ァ‼ なんで叩くんすかぁ……?」


「えぇい黙れぅぁあああ‼ 頼むから聞いてよォ! これすごいんだよォ⁉ 少しくらい話聞いてくれたって良いじゃんかよォ! 傷心中なんだぞ俺はぁ‼」


 もはや、それっぽいロールプレイも終わり。情けなく縋りつく。慣れないハイテンションで誤魔化さないとやっていられなかったのだ。

 半泣きで頼み込むと、さすがの後輩も哀れに思ったのか、眠そうな目はそのままに辛うじて俺の話を聞いてくれる姿勢を見せてくれた。


「しょうがないっすねぇ……世話の焼ける先輩っす。ホラ、鼻かんで、涙も拭いて」


 言いながら、畑中は骨ばった手にティッシュを持って、俺の顔に押し付ける。


「……うん」


「全くいい年して……で、何なんすか?」


「あのな。これな、すごいんだ」


「はいはい。どこが?」


「これな? その辺の石ころ四キロを溶かして燃料として使うからな、すごく燃費が悪いんだけどな、でも、そこ、見てよ」


 指さした先には、フルフェイスのヘルメットほどの大きさのヘッドギア。そこには、巨大な機械から伸びたコードがいくつも接続されている。


「あれを被った人間の脳波を感知して、その人物の理想とする現実を読み取るんだ」


「ほぉ。すごいっすね。燃費悪いけど。この前の授業でやったうそ発見器と同じ理屈ですか?」


 畑中はこれで頭がいい方だ。うちの大学にも首席で入学してるらしいし。

 だから、一を話せば十を悟ってくれる。優秀な後輩だ。そのうえ優しい。


「理屈は分からないんだ。なんか夢中になってたら完成してたし……」


「まあ、先輩はアホですもんねぇ……理屈は後でぼくが確認すればいいっすし……んで、なんなんすか? どうなるんすか?」


 いつの間にか畑中は俺の発明に夢中になっていた。

 身を乗り出し、顔をギリギリまで近づけて訊ねてくる。興味を惹かれると周りが見えなくなるのは後輩の悪い癖だった。俺は、畑中の顔を押しやりながら答えた。


「この『モウソウヲゲンジツニカエール』は、読み取った妄想を、半径三十キロメートルの人間の脳に送り込むことができるんだ」


「は?」


 目を丸くして仰天している畑中を見て、気分がいくらかマシになった。

 自己肯定感が高まって、沈み切ったテンションが高揚し始める。

 さっきまでのハイテンションが帰って来たのだ。

 俺はおもむろに立ち上がり、堂々と胸を張り、宣言した。


「良く聞け‼ コイツはなァ──半径三十キロメートルの人間を、俺の妄想通りに動かす力を持っているんだ‼」


 俺の妄想を送り込まれた人間は、その妄想こそが現実であり、自然な状態であると誤認するのだ。つまるところ、『モウソウヲゲンジツニカエール』とは、催眠効果をまき散らす、実に危険な超発明だったのだ。

 説明を終えると、畑中は言った。


「ありえないっすよ‼ それは‼ それこそ妄想じゃあないっすか‼」


 それは、予想通りだった。

 だからこそ、俺は一つ布石を置いた。

 腕を組み、不敵に笑い問いかける。


「フッ……だがしかし。畑中助手。おかしいとは思わなかったか?」


「は? おかしい? ……何が……あれ?」


「フッ……気づいたか?」


「気づくも何も……どうしてぼかぁ、自分の家じゃなくてここにいるんすか?」


 そうだろう。

 畑中は三日連続徹夜マージャン。通称、三徹麻雀に参加していたらしい。普通、それが終われば精も根も尽き果てるというものだ。だというのに、コイツはなぜか、俺の家に来た。そうして、あろうことか狭い我が家で眠り始めたのだ。


「フッ……言うまでもない。お前は既に、この『モウソウヲゲンジツニカエール』の術中に嵌っているのだァ‼」


 俺は既に、一度この機械を作動させている。

 一度目の試運転。その際、俺が周囲に植え付けた妄想──否、現実とは。


「お前は既に、俺の住む家こそが、自分の帰るべき家であると、そう誤認しているのだ! つまりお前は俺と一緒に暮らしていると勘違いをしているのだ! フフフ……驚い──」


「認識しているのだ! じゃあ──ねぇっすよ‼」


「おゲゲゲゲゲゲェ⁉」


 喉の辺りに衝撃。途端に視界が白く明滅し始める。息苦しさが湧き上がり、死を覚悟しかけるほどの痛みが湧き上がる。

 畑中の白い拳が喉の辺りに直撃したのだと、遅れて気が付いた。


「きさッ……何をォ⁉」


 四つん這いになりながら、荒い呼吸を何度も吐き出し問いかける。


「何をォ⁉ じゃねぇっすよ‼ どうするんすか‼ 今後一生このままなんすか⁉ ぼかぁ一生先輩と一緒なんすかぁ⁉ あんたそれやばいっすよ‼ 犯罪し放題の発明じゃないっすか最低だ! 今のあんたは性犯罪者の顔してるっす!」


 言うに事欠いて性犯罪者とは。

 さすがに我慢できずに言い返す。


「人を性犯罪者呼ばわりするな!」


「いややばいっすよ‼ 倫理観の欠如っす! 常識知らず! 恥知らず‼ だからフラれるんすよ‼ どうせ先輩は一生独りぼっちで孤独死するに決まってる!」


 握り拳を固く結んだ畑中後輩が叫ぶ。

 早朝のアパートに耳鳴りがするほどの甲高い声を響かせる。

 口を挟む暇さえない攻撃、もとい口撃は激化の一途を辿る。


「お、おい……」


「だから友達ができないんすよ‼ そんな歪んで腐った性根だと一生リョーコ先輩を付き合えないっすよ‼ 良かったですね! 何が悪くてフラれたのかがはっきりしてて! 一生一人寂しく生きててくださいっす!」


「ねぇ、ちょっと……」


 それはひどいのではないだろうか。

 言い過ぎではないだろうか。

 俺の心は脆いのだ。

 ただでさえ、ボロボロなのに……。


「あぁもう先輩の顔見るのもきつくなってきましたよ‼ 帰らせてもらいます! 二度と会うことはないでしょう‼ さよなら先輩大嫌いですっ‼」


 そう捨て台詞を吐いて出ていった畑中は、少ししてすぐ、また、我が家のドアを開いた。そして、何も疑わずに一言。


「ただいまぁっす……あれ?」


 あぁ、そう言えば、畑中の帰る家とはココなのだ。

 まだ、勘違いをさせたままだった。

 後輩も気が付いたようで、顔を真っ赤に染め上げて叫ぶ。


「あぁそうじゃないっすかぁ! 完璧か? 先輩の発明完璧か⁉ あぁもうお家に帰れないっすよォ!」


「何言ってんだ。ここがお前の家だろう?」


「やかましい! ……っと、徹夜明けに叫ばせないでくださいよ……立ち眩みがぁ……おげげげげげげ……」


 立ち眩みを起こした畑中は倒れ込み、二人して狭い部屋の中で寝転がる。

 困ったような、弱々しい声で畑中は言った。


「このまま一生こうなんすか? 困りますよ……ほんとに……」


 その声が、今にも泣きだしそうだったから、さすがに申し訳なくてネタ晴らし。


「なぁに、問題はないよ。素人が作ったものが完璧であるはずがないだろ。この効果は十五分で切れるんだ。それに、俺にはこれを犯罪に使う勇気は無いよ」


 一呼吸分の間を置いて、俺は言った。


「ごめんなさい。趣味の悪い悪戯だった」


 そう言うと、畑中後輩は深い溜息を吐き出した。


「……そもそも、どうしてこんな機械を作ったんすか? リョーコ先輩にフラれたからっすか? だからリョーコ先輩と付き合う世界を創ろうとしてたんすか?」


 俺は少しだけ迷って、言った。もう、誤魔化すこともできないだろうと思ったし、これ以上嘘を重ねるのも嫌になったから。


「リョーコさんには告ってないんだ。振られたってのも、嘘なんだ。そもそもあの人はいい人だけど、俺の好きな人とは違うんだ」


「へぇ?」


「本当は、勇気が出なくて、ずっと誤魔化してきたことだけど……俺、畑中のことが好きなんだ」


「へっ⁉」


 シミの付いた汚い天井を見上げ、ぽつぽつと言葉が漏れた。

 もう、吐き出す言葉を止められる気もしなかった。


「でも、お前は頭がよかったから、俺も何か為さなきゃなぁって、そう思ったんだ。そうしないと、お前に並べない。お前と対等になれない。そう思った。だから、夢中になって、必死になっていろんなものを作ったんだ。この部屋のガラクタは、その証拠」


「え? えぇ? せんぱ……先輩⁉」


「俺は、お前のことが好きだよ。本当だ。でも、俺には何のとりえもないから、フラれるだろうって、そう思うよ。ごめんな。迷惑かけて」


 あぁ、きっと、俺は彼女にフラれるだろう。

 研究熱心で、その割にノリがよくて、男女の壁のない後輩。

 優しくて、怒りっぽくて、頭の良い後輩。

 対する俺は、何だ。

 何もなかった。何もできず、何も持たず、そのうえこうしてくだらない悪戯を仕掛けて、特大の迷惑をかけてしまった。

 俺の想いは、これで終わりだ。終わりだけれど、最後に伝えることができて、十分救われたんじゃないだろうか。

 そう思ったとき、


「先輩? コレ、まだ動きますかね?」


 俺の作った、最も新しいガラクタ。

 『モウソウヲゲンジツニカエール』を小突きながら、畑中後輩は、そう言った。


「ぇ? ……いや、燃料はもう尽きてるから、その辺で石ころ四キロ拾ってこないと……」


「じゃあ、ちょうどいいっすね。ぼくも、ちょっと使ってみますね?」


「いや、だから燃料が──」


 不格好なヘッドギアを被り、彼女の顔は隠れる。

 けれど、その首元までが、やけに真っ赤に染まっていた。

 ぽつぽつと、くぐもった声が響く。


「何のとりえもない人が、こんなとんでもねぇもん作れるわけがないっす。こんな足の踏み場もないくらい、馬鹿みたいな発明をたくさんできるはずがないっす。……先輩は、アホだけど天才なんす。だからぼくは、先輩のこと尊敬してるし……ちょっとだけ、カッコいいと思ったり思わなかったり……」


 畑中の言ってることがよく分からない。

 俺が天才?

 そんなことがあるわけない。だって、毎年のように留年しかけるものだから、仲間内ではある意味冬の風物詩みたいなものになってるし……。講義だって、休んでばかりで……。


 だけど、畑中は、言った。

 照れ臭そうに、自身の妄想を打ち明けた。

 燃料切れの『モウソウヲゲンジツニカエール』に、

 俺の作った超発明に、

 祈るように。


「ぼくは、先輩とお付き合い出来たら楽しいだろうなぁって、そう思うっす」


「は──」


 訳が分からなかった。けれど、ヘッドギアを外さない後輩の白く骨ばった手が、首が、足が、全部が真っ赤で、それだけが本当で、こんな俺にも分かることで──。


「ねぇ、超発明家さん。お願いっす。ぼくの恥ずかしい妄想を、現実に変えてくださいっす」


 ──先輩、好きっスよ。本当は、ぼくも。


 妄想が、現実に変わる声がした。

 そんな音が、今、確かに聞こえた。

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