2-11 三枚下ろしの晩餐

 勇気を振り絞り、剣を上段に構える。とにかく野郎に近づかないとならない。野郎の間合いに入らないと、こっちも攻撃できないからな。


「くそっ!」


 突入する俺を見て、野郎の口が大きく開かれた。ナイフのように尖った歯が、びっしり生えている。


「えーいっ」


 ピピンの爆裂弾が破裂し、一瞬、口が閉じた。今しかない。


「刺し身になりなっ!」


 大声で気合を上げると、剣を振り下ろした。ふたつの頭の真ん中に。スキル持ちの剣が野郎の硬い皮膚をなんなく破り、すーっと下まで通っていく。マグロ包丁でマグロを二枚に下ろすかのごとく。


「それっ!」


 尾の先まで、ふたつに斬ってやった。だがさすがはネームドのモンスター。ふたつに分かれたアサイラムは、それぞれの頭で、俺とマカロンを狙い、また大口を開けた。


「マカロンっ!」


 ここからはもう、マカロンを支援することはできない。俺は大声を上げた。


「やれっ!」

「パパーっ!」


 マカロンは、体を竜巻の内壁に当てた。その勢いでコマのようにスピンする。自分の短剣を、突き出したまま。回転に任せ、マカロンの剣がアサイラムの頭と胴を、いくつもの断片に輪切りにしていく。


 よし、こっちもだっ。


 だが一瞬、マカロンに気を取られたのがまずかった。俺の脚が、もうひとつの野郎の口のすぐ上に下りていた。あっという間に、脚が口に入る。顎で咬み砕かれてしまう。


「えーいっ」


 声と共に、野郎の口が開いた。同時に、俺は痺れて剣を落としそうになった。


 ピピンだ。こっちがヤバいと気づいて咄嗟に雷撃魔法を飛ばしてくれたんだ。雷撃魔法なら、厳密な照準が不要だ。周囲に着弾すれば、水を通して敵も感電するから。マカロンと共に回転しているんだ。それしかない。俺が痺れるとわかっていて、それでも撃ってくれたんだ。


「助かるっ」


 なんとか剣を持ち直し、落ちる勢いで、開いた口に斬り込む。上顎と下顎が真っ二つになる。そのまま、胴も縦に斬り裂いてやる。これで三枚下ろしだ。




 ――ドーンッ!――




 轟音と共に、竜巻は爆散した。爆発したとしかいいようのない勢いだ。モンスター本体が倒されたからだろう。竜巻を構成していた魔力が途切れた。高速で回転する海水が、遠心力のため爆発的に飛び散ったのだ。


「マカロンっ」

「パパーっ」


 俺達は、くるくる回りながら落下した。マカロンは手を伸ばしている。掴もうとしたが、届かない。


「大きく息を吸え、マカロン。息を止めるんだ。海に落ちるからなっ」

「パパーっ」


 どん――という衝撃で、息が詰まった。海面に叩きつけられたんだ。


 痛え……。息ができない。気が……遠くなる……。


 目の前が、徐々に暗くなった。意識が薄れたのと、勢いのまま、深場へと沈んでいるのとで。


 と……。


 ぐいっ。


 誰かに腕を掴まれた。ノエルだ。腕を掴み、俺を海面へと引っ張る。続いて、船員がふたり。俺の体を掴んでくれた。落ちた俺達を見て、飛び込んでくれたんだろう。


 ふと見ると、マカロンの周囲にもティラミスと姫様、それに船員が見えた。マカロンはぐったり手を垂らしているが、動いてはいる。死んではいない。


 視野の隅に、ゆっくり沈んでいく破片が映った。双頭のサメ型モンスター、アサイラムの。目ざとい回遊魚が何匹か、破片を食い千切っている。


「ブッシュ、しっかりっ」


 海面に出ると俺の頭を脇に抱え、ノエルが叫んだ。俺の目を覗き込んでいる。


「だ……大丈夫。ちょっと……息が詰まっただけだ」

「良かった」


 強張っていた表情も、ようやく緩んだ。


「あいつは死んだよ。ばらばらで落ちるのが見えた。それに竜巻も消えた」

「マカロンが野郎を細切れにしたんだ。……見せたかった」

「ゆっくり話を聞くよ。ほら、自分で上れる?」

「ああ」


 船から降ろされた編み梯子ばしごに掴まる。マカロンはもう、ひょいひょいと梯子を上っている。元気な奴だ。


 思わず笑っちゃったよ。サルかってくらい身軽に上ってたから。姫様とティラミスは、船員の手を借りながら、ゆっくり上っている。


「よし」


 ようやく、安堵の溜息が漏れた。なんとかクエストはクリアした。マカロンの経験値も積めたに違いない。父親として、やれることはやった。


「今晩は、みんなで大宴会だな」

「いいけれど……」


 俺の隣で梯子を上るノエルが微笑んだ。


「お魚は止めときましょ。夢に出てきそう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る