2-10 トルネード突入!

「パパーっ!」


 轟々と鳴り響く水流の轟音に、マカロンの叫びもかき消えそうだ。竜巻に飛び込んだ途端に、俺達は波に呑まれ、ぐるぐるかき回された。洗濯機に放り込まれたかのように。もうどっちが上でどちらが下かすらわからない。


「こっちだっ!」


 離れ離れにならないよう、マカロンを強く抱いてやった。


「プティン、飛ばされてないか」

「ボクは大丈夫。ここにいるよっ」


 いつもの定位置、俺の胸から顔を出している。


「とにかく中心部に進みたい。そこに野郎がいるからな」

「どうするの、ブッシュ」

「魔法でトルネードに大穴を開けられるか」

「うーん……」


 海水が当たるので、目を開けていられない。俺達三人は皆、瞳を細めている。くるくる回る視野に時折、俺達の船や仲間が、一瞬だけ映る。俺達に当たる危険性があるので、ノエルはもう矢での牽制を行っていない。


「やってみる。多分……高温の炎弾で、水が蒸発するから。でも……」


 プティンの髪は、波に洗われ台風の柳のように揺れている。


「でも、水蒸気爆発みたいになる。爆風はこっちにも来るよ」

「やるしかないだろ。それでも。なあ、マカロン」

「あたしは平気だよ。パパが守ってくれるもん」

「よし。やれっ、プティン!」

「えーいっ!」


 叫びと共に、プティンの指先にマッチ棒のような火が灯った。指を離れると、あっという間に巨大に膨れ上がり、竜巻の渦に突っ込んでいく。どんという激しい音と共に、大量の湯気が立ち上った。俺達の体が、明後日の方向に吹き飛ばされる。


「穴が……開いたっ!」

「突っ込むぞっ」

「パパーっ」


 体をくねらせると、ぽっかり開いた無為の空間に飛び込む。


「どんどんやれ。先はまだ水だ」

「わかってる。えーいっ!」


 次々に炎弾が撃ち出されると、竜巻には回廊のような穴が開いた。まるでサーフィンのチューブのように。そこを滑るようにして突っ込んだ。マカロンを抱いたまま。


「パパっ。あそこっ」

「ああ」


 マカロンが指差す先に、双頭のサメ型モンスター、アサイラムが見えた。竜巻の中央。下から噴水のように噴き出す水流に乗り、ゆっくりと回転している。まるで銅像が台座に乗るような形で。


「行くぞ、マカロン」

「パパ」


 マカロンが剣を抜いた。


「いいか、パパが野郎を真っ二つにする。そうしたらパパとマカロンで、それぞれに止めを刺すんだ」

「頭がふたつあるからだね、パパ」

「そういうこと。剣を抜くため、パパはお前の体を離す。独りでこの波に乗れるか」

「やるよ、あたし」


 俺を見上げる瞳が、きらきらと輝いている。


「できるよ、絶対。あたし……パパの子だもん」

「よし、いい子だ」

「ボクはどうするの、ブッシュ」

「牽制役だ。野郎は俺とマカロンを咬み殺そうとするに違いない。鼻先でなにか破裂させろ」

「じゃあ爆発玉魔法だね。雷撃だとボクたちまで痺れちゃうし」

「海水は導電体だからな。プティン、お前はマカロンと行け。俺の代わりに守ってやってくれ」

「ラジャーっ」


 頷くと、プティンはマカロンの胸に潜り込んだ。顔だけ出してアサイラムを睨む。タイミングを図っているのだろう。


「いいか、俺のカウントで二手に分かれる。三、二……」


 マカロンもプティンも、俺のカウントを待っている。信頼し切った瞳で。俺の命令なら命すら差し出すほどの覚悟を持った顔で。


「一、それっ!」


 思いっ切り、マカロンを放り出した。アサイラムの鼻先に向け。


「パパーっ」


 瞬時に剣を抜くと波を足場に、瞬時にマカロンを追う。ちょうど俺達は、アサイラムの頭上だ。竜巻の内側、そそり立つ波の壁を走るようにして、重力を利用しながらアサイラムに近づく。螺旋を描くように近づく俺達を、サメ肌野郎はふたつの頭で追っている。歯をがちがち鳴らしながら。


「えーいっ」


 プティンの手を離れたふたつの魔法弾が鼻先で破裂すると、思わずといった様子で、野郎が一瞬口を閉じた。


「今だっ!」


 壁から足を離し、完全に自由落下に身を任せる。俺の体はくるくる回りながら落ちていく。野郎の鼻先に。


 落ち着くんだ。


 俺は自分に言い聞かせた。


 なんてこたないさ。王宮の剣術訓練でこなした、藁束斬りと同じ。ふたつの頭の間を狙い、この剣で斬り裂けばいい。自分を信じるんだ。


 失敗したら、腹を食い破られるだけ。大丈夫。死ぬだけだ。即死に近いから、苦痛は長く続かないはず。マカロンには精一杯、俺の生き様を見せた。あとはティラミスがちゃんと育ててくれるはず。ノエルや姫様は俺の死に打ちひしがれるだろうが、それも運命だ。いつか心も癒え、ふたりとも素敵な連れ合いでも見つけるさ……。

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