2-9 イチかバチかの賭け

 竜巻を飛び出したサメ型モンスター、アサイラム。ふたつの頭とも、口を大きく開いていた。びっしり生えた歯が、むき出しになる。四つの目はまっすぐ、甲板上のティラミスを捉えている。


 剣を抜いた俺は、間に合いそうもない。そのとき――。


「ママーっ!」


 マカロンだ。前傾姿勢で全力疾走している。――と思う間もなく、跳躍した。ティラミスに向かい。飛びつくと、勢いと体重でティラミスを抱き倒す。アサイラムの牙の直前で。


「マカロン!」

「ママーっ」


 ふたり抱き合ったまま、ごろごろ転がっている。獲物を失ったアサイラムは、甲板に落ちて跳ねている。


 でけえ……。


 目前にすると、改めて舌を巻いた。だって体長十メートル近いからな。あの口でがぶっとやられたら、上半身どころか頭から太腿まで食い千切られるだろう。


「まっかせてーっ!」


 目の前に獲物が落ちてきて、プティンは張り切っている。次から次へと魔法を撃ち出す。


「私もっ」


 ノエルが次々、毒矢を射ち込んでいく。ごつごつの肌は岩のよう。ちょうどその岩の隙間を目掛けて。


「あっ!」


 だが、野郎は脱出した。ひときわ強く跳ねると勢いで離陸し、また自らの竜巻に逃れ込む。こちらの遠心力作戦を警戒したのか、竜巻の奥深くへと隠れてしまった。


「ブッシュ様、これでは攻撃も無意味かと」


 ティラミスとマカロンの怪我を調べていた姫様が、俺を振り返った。


「いかがされますか」

「うん……」


 ノエルやプティンの攻撃は、たしかにダメージを与えていた。だが、致命傷には程遠い。とんでもなくHPの高いモンスターだと思われた。


「長期戦は不利だ。あっちはカスダメのまま。しかしこちらは船がある。竜巻で甲板や舷側が次第にやられ、最終的にはバラバラになる。そうなれば――」

「海中は敵のホームグラウンド。こちらに勝ち目はないわね」


 牽制の矢を竜巻に射ち込みながら、ノエルは眉を寄せている。


「そういうこと」

「じゃあどうするんだよ、ブッシュ」

「それはなプティン、特攻だ」

「と……とっこう?」

「ああ、俺が竜巻に突っ込む。幸い、俺の剣は敵防御力を弱める効果を持っている。マグロ包丁だ。あのイワシ野郎を三枚に下ろしてやるさ」

「イワシじゃないよ、サメだよ」


 プティンが俺の胸に飛び込んできた。


「ボクも行く。直近から攻撃して、ブッシュを援護するよっ」

「頼む」

「パパ、あたしも一緒だよ」


 マカロンが駆け寄ってきた。もうショートボウは捨て、腰の短剣に手を置いている。


「危ないわよ、ふたりとも」


 慌てたように、ノエルがマカロンを抱き止めた。


「……行くか、マカロン」

「うんっ」


 俺の問いに、マカロンは力強く頷いた。


「よし、ふたりで突っ込む」

「でも――」

「いいのさ、ノエル。マカロンは勇者だ」

「勇者……」

「勇者に育てるんだ。海棲モンスターとも戦えないとな」

「行っておいで、マカロン」


 ティラミスが頭を撫でた。


「あなたはパパの娘。絶対に勝てるわ」

「うん。パパとママの子供だからねっ」

「……ご武運を」


 姫様が、俺に抱き着いてきた。


「お祈り申し上げます」

「ああ。……みんな援護を頼むな」

「任せて」

「ええ」

「はい」

「よし。俺の合図で、竜巻に突っ込む。……船長、ぎりぎりまで船を寄せてくれ」

「勘弁してくれっ!」


 船員Aが叫んだ。


「そんなことしたら、竜巻に巻き込まれて船がまっぷたつになっちまう」

「全員、殺されるか溺れ死ぬ」

「ああ……母ちゃん」


 船員全員の瞳に、恐怖の色が浮かんでいる。


「馬鹿野郎っ!」


 船長が怒鳴った。


「海に死ぬるは船人ふなびとほまれ。おめえらも俺も海育ち。親からそう教えられて育っただろ。今こそ、その時じゃねえか。戦士の方々に交じり、身の程知らずにもヴァルハラの地に行けるんだ。そのでっけえ金玉は、なんのために付いてる。ええ?」

「……」

「……す、すみやせん船長」

「確かに、親方の言うとおりだ」

「俺達にだって、船乗りの魂はある」

「配置に着けっ!」


 長年潮に洗われただみ声で、船長が怒鳴る。全員、見事な連携を見せ始めた。


「てめえらの一世一代の晴れ姿、俺も親も誇りに思うぜ。……ブッシュさん」

「ありがとう」


 ふたり、頷き合った。


「よし、マカロン。舷側に立て。俺の合図で竜巻に飛び込むんだ」

「うん、パパ」


 ふたり手を握り、船べりへと進む。船が航路を変えると、竜巻はどんどん近づいてきた。もう飛沫で目を開けていられないくらいだ。


「ブッシュ、あと少しよっ」


 ノエルが次々、牽制の矢を射ち込んでいる。


「……ねえブッシュ」


 胸の中から、プティンが見上げてきた。


「なんだプティン、いい戦略でも思いついたか」

「さっき、ふたりで突っ込むって言ってたけど」

「うん」

「ボクのこと、勘定に入れてないよね」


 ぷくーっ。プティンの頬が膨らんだ。俺を睨んでいる。


「悪い悪い。……てか今、それどころじゃないだろ」


 風を切る竜巻の轟音に負けじと叫んだ。


「後でうまいもんでも食わせてやるからさ」

「へへーっ、約束だよ」

「任せろ」

「パパ、もうすぐそこだよ」

「そうだな、マカロン」


 俺は竜巻を睨んだ。溺れないように、うまくタイミングを図らないとならない。波の隙間を突いて、竜巻の中心部まで突っ込めるよう。


「よし……いち」

「いち」

「いち」

「にい」

「に」

「にーい」

「さんっ!」


 マカロンの手を強く握ったまま、俺は跳躍した。轟々と吠え声を上げる、竜巻へと向かい。


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