2-8 「アサイラム」戦

「どうする、ブッシュ」

「とりあえずもう一射しろ、ノエル。海中より効くかもしれん。プティン、お前は雷撃魔法だ。水系モンスターなら感電に弱いはず」

「了解ーっ」


 アサイラムの野郎は、自ら巻き起こした海水竜巻の表面をくるくる回っている。まるでサーフィンだ。照準が難しい。ノエルの弓は左右に揺れた。


「えーいっ!」


 プティンの体から雷撃魔法が飛ぶ。弓矢ほどは厳密な照準が必要ないからな。特に雷撃魔法だし。塩水、つまり海水は導電体だ。どこか近場に着弾すれば、電撃ショックからは逃れられない。


 目も眩む輝きと共に、どんという、大きな雷撃音がした、竜巻から派手に水しぶきが飛んだ。野郎の姿は見えない。竜巻の内部に隠れたのかもしれない。


「パパ、あたしはボウガンもう射っちゃった」

「予定通り、ショートボウに持ち換えろ。ティラミス、念のため、マカロンのボウガンに装弾しておけ。後でまた使うかもしれん」

「うん」

「はい。ブッシュさん」

「船長。あの竜巻に直撃されたら船はばらばらだ。俺達の戦いは無視していいから、竜巻コースを睨んで操船しろ。避けるんだ」

「わかりやした。ブッシュの旦那」


 手早く指示を出しながらも、俺は竜巻を睨んでいた。プティンの雷撃で野郎は竜巻の中に逃げ込んだ。つまり多少なりと効果はあるってことだ。


 竜巻表面におびき出せなければ、矢なんか射っても意味はない。ただでさえ皮膚が分厚そうなのに加え、竜巻の激流に着弾してもすぐに流されてしまう。流れを突っ切ってアサイラムに当てることはほぼ不可能だろう。


「とにかく、表面におびき出さないと」

「私がやってみます。ブッシュパパ」


 ティラミスが進み出た。


「よし。プティン、魔法は一時中止。お前は姫様のガードに回れ」

「ラジャーっ」

「ブッシュ様、ご武運を」


 背伸びすると、タルト王女が俺の頬にキスしてきた。


「……」


 瞳を閉じ竜巻を仰ぐようにすると、ティラミスが両腕を広げる。空を覆う雲が切れ、ひと筋の光矢が天から射した。ティラミスを照らすように。子育てのための「仮初めの嫁」として俺の側に居続けることで、少しずつ守護神としての力が戻りつつあると言ってたもんな、ティラミス。


「神々しい……」

「め……女神……様……」


 必死で船の舵や魔導装置を操りながらも、船員が皆、眩しそうに瞳を細め、ティラミスを見つめている。もちろん連中は、ティラミスがまさに神様だったことなど知らない。本能的になにかを感じ取っているのだろう。


 天から注ぐ光柱は、ティラミスの体の周囲をぐるぐる取り巻いた。そこから光が放たれると、アサイラムの竜巻に巻き付く。まるで独楽こまを巻く紐のように。


 ――回転を止めるのかな。


 そう思ったが、逆だった。光の紐は、加速する方向に動いている。竜巻の水流がどんどん速くなり、飛沫が激しく飛び散り始めた。


「出ましたよ、ブッシュ様」


 姫様が叫ぶ。たしかにそうだ。アサイラムがぐるぐる、自らの竜巻に巻き込まれる形で表面に出てきた。おそらく激流の遠心力のせいだろう。


「全員、攻撃再開っ!」


 俺の叫びと同時に、プティンの魔法、それにノエルとマカロンの毒矢が飛ぶ。こちらに向かってくる野郎に飛んだので、毒矢と敵の相対速度が高まり、矢は腹のあたりに食い込んだ。


「よしっ! ――あっ!」


 まさかの事態が起こった。野郎が竜巻を自ら捨てたのだ。ティラミスを睨んでいる。激流で加速したから、ものすごい速度だ。大口を開いて一直線に飛んでくる。ふたつの口でティラミスの上半身と下半身を噛み込み、食い千切るつもりだろう。


 集中のため、ティラミスは瞳を閉じている。野郎の急接近など、わかるはずもない。


「逃げろっ!」


 叫んだ。剣を抜いて突っ込む。だが間に合うはずもない。


 俺の心を絶望が包んだ。



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