2-6 キス四周回

「海はいいわねえ……」


 髪を海風になぶらせながら、ノエルが微笑んだ。


「気持ちいいわ」


 そりゃあな。魔導船は高速だ。風が強いから汗も乾く。だから桟橋と違って、汗だくにはならない。一時間ほど突き進んでいるから、体もちゃんと冷えた。陽射しは強く暑いのに、体がうまく冷えるんで、心地良さしか感じない。それにこの船は、全長二十メートルもあるからな。あまり揺れないのも、リゾート気分を盛り上げてくれる。


「おいしいお茶。ほら、ブッシュも飲んで」


 自分のカップを、俺の口に当ててくれた。たしかにうまい。疲労を取る効果のある茶で、船室の魔導ジャグで冷やしてあるからな。


 戦闘に備え俺のチームは全員、飲み物を手にしている。事前にしっかり水分補給しておくためだ。


 ふと見ると、マカロンが船員に囲まれてなにか楽しそうに話している。さっきの「奇跡の技」で、マカロンはすっかり連中のアイドルになったからな。少し離れて、ティラミスはそんな「我が子」を見守っている。


「あらブッシュ様、マカロンちゃんが気になりますか。ふふっ」


 タルト王女が、俺の手をそっと握ってきた。


「なんだか妬けちゃいますわ、わたくし……」

「姫様、今ならマカロンもティラミスも向こうにいるよっ」


 俺の胸の中から、妖精プティンの声がした。一応、こいつのことはまだ船員には隠してるからな。リゾートマネジャーにはもうバレてるから、バレてもたいした問題でもないんだが、念のためな。


「今のうちにブッシュに抱き着いちゃいなよ。それでね、背伸びしてキスしちゃうんだ。それでもう……ブッシュなんか姫様にメロメロになるよ。男なんて馬鹿だからねっ」

「やかましいわ、アホ」


 防具の上からデコピンしてやったわ。


「でも、プティンの言うことにも一理あるわね」


 ノエルが嫌な笑みを浮かべた。


「姫様、今なら船員も誰もこっちを見てません。チャンスですよ」

「でも……ブッシュ様の……」


 タルト王女はちらと、恥ずかしげに見上げてきた。


「ご、ご迷惑になるかもですし」

「しないのなら、ここは私の順番ということでいいでしょうか」


 急に、ノエルが俺に抱き着いてきた。


「ブッシュ……」


 そのまま背伸びをしてくると、瞳を閉じる。俺の口は、柔らかなもので塞がれた。


「あっ……」


 姫様の、抑えた声が聞こえた。


「ブッシュ……好き……」


 ノエルはうっとりと瞳を閉じている。ノエルとキスしたの、考えたら初めてだ。はっきりした告白も。姫様の態度を見て、自分も我慢できなくなったのかもしれない。


 ノエルはキス自体も初めてノエルようだった。不器用に唇を合わせるだけで、それ以上なにもしてこなかったから。俺が舌で促すと、驚いたように目を開けた。それから唇も。


「……ん」


 手に力を入れ、ぎゅっと抱き寄せると、こらえきれずにノエルが声を漏らした。


「あっ……んっ……」

「よしよし」


 何度もキスを与えながら、背中を撫でてやった。


「ん……」


 ようやく体を離すと、ノエルの瞳はとろんと濡れていた。


「……これで私も心残りがなくなった。モンスターと刺し違える勇気が湧いたわ」

「死なせやしなんわ。誰ひとりとして」

「ブッシュ様……」


 姫様が、俺の体をそっと抱いてきた。


「わたくしにも……その……勇気をくださいませ」

「おいで、姫」

「はい……」


 背伸びしてくると、瞳を閉じた。目の前でノエルにキスを見せつけられたためか、恥ずかしがらずに積極的になっている。口を開いて俺のキスを受け入れ、動きに応じて熱い吐息を漏らしてくれる。


「かわいいぞ……姫」

「ブッシュ……様……」


 強く抱かれて、うっとりしている。姫の鼓動が、伝わってきた。


「お慕い申し上げております……」

「俺もだ」

「好き……」


 姫の瞳から、涙がひと筋流れた。


「ちょっとおっ」


 たまらず……といった様子で、胸からプティンが飛び出した。


「ボクにもキスしてよ、ブッシュ。仲間外れじゃん」


 肩に立つと、俺の頭をぐいっと捻った。


「見られるだろ、お前を」

「大丈夫。あっちはあっちでわいのわいのやってるし。ほらっ」


 姫様から俺の唇を譲られると、顔を寄せ、ちゅっとキスしてきた。


「ん……ん……。ブッシュ……」


 キス……とはいっても、俺はなにもしない。俺の唇の上を、プティンの唇が動くがままにさせている。だってそうだろ。ノエルや姫のときのように俺が口を開けて舌を使ったら、なんというかプティンが口に入っちゃって食べてるも同然になるし。色っぽくもなんともないわな。


 妖精相手なんだから、向こうの好きにさせてやればいいのさ。


「ブッシュ……」


 ノエルに袖を引かれた。


「そのへんにしときなよ。プティンが見られるよ」

「ちぇーっ。ケチ。ボクだけいっつもこうなるし」

「お前は風呂で俺の裸に抱き着いたろ。……下半身まで。お前が一番進んでるわ」

「あはは、そうだったーっ」


 俺の胸に頭から飛び込むと、脚をばたばたさせて潜ってきた。


「これで邪魔者はいなくなったわね」


 いらずらっぽく、ノエルが笑った。


「ほらブッシュ、二周目だよ」

「二周目って……んっ」


 またノエルに唇を塞がれた。


「二周目なら仕方ありませんね」


 タルト王女の声が聞こえる。


「ノエルの次は、わたくしですわよ、ブッシュ様。それでたしかに二周目ですわ」

「ん……ん……」

「……」

「……はあ……っ」


 それから俺は、ふたりの女子を相手に、四周ほど周回させられたわ。


 やっぱ南国のリゾートだからかな。姫やノエルが開放的・積極的になったのは。これは……このリゾートでなにかが起こるかも……。


 俺の脳内を、みだらな妄想が駆け抜けていった。


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