2-5 マカロンの大技

「いよいよ出港か……」


 海洋リゾート都市、イビザン。桟橋に揃った俺達は、戦闘装備だ。もちろん、サメモンスター討伐のために。


 アドラント大洋。イビザンはもう夏で、陽射しは強い。心地よい潮の香りに波の音。桟橋から望むビーチは真っ白で、海は透明。こんなリゾートスキル満載のイビザンなのに、俺達は無骨な戦闘姿だからな。場違いもいいところだし、なにより暑い。俺だって革防具の下は汗びっしょりだ。


「暑いわねえ、ブッシュ」


 ノエルもげんなりした表情。


「水分だけはたっぷり取っておけよ。港からモンスター出現海域まで、船で二時間くらいらしいし」

「戦闘の前にバテてたら意味ないもんね」

「そういうこと。……にしても暑い」


 俺はまた、額の汗を拭った。


「早いとこやっつけて、ビーチ休暇に戻らんとなー……」

「わたくしも、ブッシュ様とビーチで添い寝したいです」


 健気にも、タルト王女は微笑んでいる。まあ汗は浮かんでるけど。


「ブッシュパパ……」


 船長となにか話していたティラミスが、俺の手を引いた。


「敵は中々姿を現さないようです。水面下から船にアタックしてきて」

「それでサメだってわかるのか」

「背びれが海面から出ているので。普通のサメと違い、背びれからも邪悪な気配を漂わせているようです」

「船の底がすぐ壊れちゃうって言ってたよ、船長さん」


 マカロンが俺を見上げた。


「だからすぐに逃げるんだって、船乗りさん」

「沈没する前に、全速力で脱出するんだな」

「うん。魔導船なんだけど、そのときは帆も張るって言ってた」

「命からがらだもんな」


 魔導船は、動力に海中のマナを使う。船底にマナ収集の魔導具があり、吸い上げたマナで魔導機関を起動してスクリューを回すんだと。


 燃料が事実上いらないんで経済的に思えるが、魔導具コストがとてつもなく高いので、漁師はみんな借金漬けになるらしい。それでも十年稼げれば返済が終わり、あとは儲かるだけなので、漁師志願者は多いと聞いた。サメモンスターが出る前は、な。


「そろそろ船を出すぜ、ブッシュさん」


 船長は、白髪髭のハゲたおっさんだった。がっちりした筋肉質。彫りの深い顔には、長年の潮風で深い皺が刻まれている。まあいかにも「海の男」といった、渋い男だ。


「本当に行くんですか、船長」


 情けない声を上げたのは、船員A。今回はモンスター戦に備え、今回はイビザン籍漁船の中でも、とりわけ頑丈な船を徴用している。それだけに全長二十メートル近いが、魔導船だけに船員はわずかで済むようだ。A、B、C、それに船長という、四人だけで操船するという。


「あいつはヤバい。いくら冒険者たって、海中のモンスターと戦えるもんか」

「そうっすよ船長。おまけにこの冒険者、大丈夫なんすか。……なんか女の子ばっかで、頼りないけど」<船員B

「そうそう。……しかも子供までいるじゃないすか。普通なら飴玉を舐めてる歳だ。サメモンスターどころか、スライムだって倒せないに違いない」<船員C

「俺、やっぱ下りるっす、船」<船員A

「いいのか、お前。お前の膨大な借金、棒引きにしてくれるんだぞ」

「うっ……」


 言葉に詰まったな。Aの奴。


「大丈夫かしら……」


 ノエルが耳打ちしてきた。


「船長さん以外は、嫌々乗ってるみたい」

「それなー……」


 なんやら身振り手振りでABCを説得してる船長を眺めながら、俺は溜息をついた。


「なんでも、候補者が名乗り出なかったって話だからな。船長以外」

「みんな、命のが大事だもんね」

「モンスター海域はもう諦めて、今後はビーチ近くでちまちま貝でも拾おうかとか、腰が引けてるらしいな。イビザンの漁師連中」

「リゾートマネジャー、なんとかそれでも頑張ってくれたのね」

「そりゃあな。いずれモンスターがビーチに出没すれば、リゾート大打撃だもんな。必死で掻き集めたんだろ」


 船長も船員もこの船ももちろん、例のリゾートマネジャーが差配したものだ。


「にしても船長、旗色悪いな。どうにも三人、逃げ出しそうな気配だぞ」

「困ったわね」


 と、マカロンがとことこ、四人に歩み寄った。


「ねえおじさん」

「な、なんだい、お嬢ちゃん」

「今、大人の大事な話してるんだ。あっちに行ってな」

「ほら、飴やるから」

「ありがと」


 マカロンは、船員Bから飴玉を受け取った。


「船乗りのおじさん、賭けをしようよ」

「はあ?」

「賭け?」


 マカロンの意外な言葉に、船員は皆、怒りの表情を引っ込め、素の顔になった。


「あたしがこの飴を放り投げて、桟橋に落ちるまでの賭けだよ」

「なんだ。海鳥に取られるかどうかとか、そういう奴か」

「違うよ。放り投げて桟橋に落ちるまでの間に、あたしが飴玉をふたつに斬るよ。そして両方とも口で受け止めて食べてみせる」

「そんなことできるわけないだろ」

「曲芸師でも無理だわ」

「ましてお前は、ただのガキじゃないか」


 もう「子供」と呼ぶのも忘れてるな。鼻で笑ってやがる。だが……マカロンを舐めると、痛い目を見るぞ。俺達はマカロンの実力を知ってる。だから誰も口を挟まなかった。


「あたしができたら、おじさんたちは船に乗る。失敗したら乗らなくていいし、パパがおじさんたちに金貨を払うよ」

「マジか。じゃあ俺達のリスクはゼロじゃないか。成功したって、当初の決まりに従うだけの話だし」

「それにこんなガキ、ろくに剣だって振れやしないわ」

「こんないいギャンブル、乗らない手はない」

「なら決まりだね」

「ああ」

「早くやってみせろ、ガキ」

「……大丈夫かい、マカロンちゃん」


 船長だけは、心配顔だ。


「へいきへいきーっ。あたしはパパの娘だからね」

「子供のマカロンちゃんでさえ、それほど剣さばきが見事なら、ブッシュさんパーティーは超一流の冒険者ってことになる。そうわかればモンスター戦にも勝機があるぞ。俺達は出港する。それでいいな、てめえら」

「へい船長」

「文句ありやせん」

「よし」


 船長は、瞳でマカロンに合図を送った。


「じゃあ、いっくよーっ」


 マカロンは、天高く飴を放り投げた。小さな飴玉が、陽の光できらきら輝く。


「……」


 腰の短剣を、マカロンは無言で抜いた。瞳はじっと、飴玉の放物線を追っている。


「なんだ、動けないじゃないか」

「短剣だからかろうじて抜けたが、振り回すなんて無理無理」

「俺達の勝ちだな」


 ABCはせせら笑っている。


「……」


 マカロンが、ゆっくり一歩を踏み出した。着地点と睨んだ場所に移動。風で飴が流されると、そちらに数歩進んだ。


「……やっ!」


 掛け声一閃、剣を振り上げる。鍛え抜かれた剣に、飴玉は真っ二つ。それぞれがまた宙に舞う。


「おい」

「斬った……」

「しかも見事に半々くらいの大きさに……」


 呆然としている。


「それーっ!」


 駆け込んだマカロンが、飴をひとつ口で受けた。


「間に合わない……もうひとつが」


 ノエルが呟いた。だが、心配はいらなかった。片方を口で受けると同時に、マカロンは再度剣を振った。刀身で弾くかれたもう片方は、まるで生き物のように自らマカロンの口に飛んだ。


「ぱくっ!」


 マカロンは、口をもぐもぐ動かした。


「おいしいね、この飴。果物味だよ」

「……」

「……」

「……」

「……すげえ」


 船員三人だけでなく、船長まで口をあんぐり開けてるな。まあそりゃそうだ。ただの子供と思っていたマカロンが、剣聖かって技を見せたんだから。


「……どうだ、お前ら」


 最初に正気に戻ったのは、船長だった。


「この子供にして、この実力。……ブッシュさんのパーティーに、俺達漁師やここイビザンの未来を懸けてみないか」

「へ、へい」

「もちろんです」

「すげえ……」


 三人は、人形のように首をかくかくさせて頷いた。


「パパーっ」


 マカロンが駆け寄ってきたので、抱いてやった。


「よくやったな、マカロン」

「おいしいよー、この飴。……バッタよりおいしい」

「そうか。良かったな」涙


 しっかり抱いてやってから、船長に視線を移した。


「じゃあ出港しよう。準備を頼む」

「はい。……ほら、お前ら」

「へ、へいっ!」

「今すぐに」


 三人がばたばたと船室に消える。俺達も、桟橋から船に移った。


「たいしたもんですね、マカロンちゃん」


 船長は、まだ信じられないといった顔つき。


「ああ、あいつは主人公だからな」

「主人公……」

「こっちの話さ。それよりサメモンスターだ。そいつはなんて呼ばれてるんだ」

「はいブッシュさん。アサイラムと」

「アサイラム……」

「なかなかいい名前ね、ブッシュ。由緒ありそうな」

「そうだな、ノエル」


 胸元に隠れているプティンに、俺はこっそり話しかけた。


「そういう名前のモンスター、知ってるか、プティン」


 胸の奥に、かろうじてプティンの頭の先だけ見えている。それがぶんぶんと振られた。


 知らんか……。


「ティラミス。お前は」

「いえブッシュパパ。私も知りません」

「ブッシュ様、わたくしもです」

「ティラミスもタルト王女も知らんか。……ならあまり知られていない、特殊モンスターかな」


 アサイラム……か。


 俺は心で誓った。どんな奴だか知らんが、必ず討滅してやると。


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