2-4 海棲モンスター戦、戦略会議
「どうするの、ブッシュ。サメモンスターと戦うとか、難題あっさり引き受けて」
その晩。リゾートの食堂で、ノエルは酒のゴブレットを置いた。食堂は満席。俺達が囲むテーブルの周囲から、わいのわいの、楽しげな声が聞こえてくる。
「そうだな、ノエル……」
テーブルてんこ盛りの飯を食べる手を止めて、みんな俺の顔を見ている。例外はマカロンだけだ。黒パンに魚の酢漬け焼きを挟んで、むしゃむしゃ食べまくっている。
「パパ、これバッタよりおいしいよ」
「良かったな、マカロン」泣
頭を撫でてやったよ。これからもパパが、ちゃんとしたうま飯毎日、腹いっぱい食わせてやるからな。
「考えたら俺達、海棲モンスターとは戦ったことがない。マカロンは将来、別大陸にまで進むはずだ。船旅でのモンスター戦を考えるなら、ここで経験を積ませてやりたいと思うんだよ」
「ブッシュったら……」
ノエルは溜息をついた。
「いっつもマカロンちゃんメインで考えるのね」
「そりゃそうさ。俺はマカロンひと筋だ。なっマカロン」
「うん」もしゃもしゃ
「あたし将来、パパのお嫁さんになるんだ」
この野郎。早くもその必殺技を身に着けたかw こんなん泣くわ、俺。
「ちょっと、妬けてしまいますね」
タルト王女は、困ったような笑顔。
「こんなに無邪気なマカロンちゃん相手というのに……。わたくしも、まだまだ修行が足りないようです」
「姫様も同じことすればいいよ」
テーブルに置かれたバスケットから声がした。もちろんプティンだ。バスケットにはナプキンが掛けてあり、他人には中に妖精が居るとはバレていない。
「ほら言ってみなよ。今晩、ブッシュのお嫁さんになるって」
「この子ったら……」
真っ赤になった。
「それは……まだ先の話です」
じっと俺を見つめてくる。
「そうですわよね、ブッシュ様」
「今晩、俺の寝台で寝るか」
「それは……その……」
プティンの頭を、指で押した。
「プ、プティンが悪いのです。ヘンなこと言うから……」
「ブッシューぅ、姫様がいじめるうー」
いや知らんがな。
「それよりブッシュさん、どのように戦うつもりですか」
さすがはティラミス。神様だけにしっかりしてるわ。本題に戻らなきゃな。
「まず、海上戦という制限を考えてみよう。必要な道具やスキルは、なにかな」
「船は必須よね。沖に出ないと戦いにならないもの」
貝のバター焼きを、ノエルは口に放り込んだ。
「うん、おいしい。香りがいいし、貝柱に旨味が凝縮してて」
「そうだな。船については、あのマネジャーに頼めば都合してくれるだろ。……なんせ向こうの依頼だからな」
「サメモンスターということは、海中から攻撃してきますよね、ブッシュパパ」
「そうだな、ティラミス。……といって俺達はもちろん、水には潜れない」
「ボク、潜れるよ。お風呂でブッシュの下半――むぐーっ!」
バスケットに手を突っ込んで、プティンの口を指で塞いでやったわ。毎度毎度エロ話ぶっこむのやめれ。
「続きをお願いします。ブッシュ様」
「そうだな姫、俺達には、海上から海中の的に攻撃する手段が必要だ」
「まず魔法ですね」
「ああ。プティンに期待大だな」
「えっへん」
たちまち調子に乗るんじゃないよ。
「じゃあ私はボウガンで狙うわ」
「ノエルはヒーラーだからな。回復魔法を撃つ合間に、ボウガンで援護してくれるのは助かる」
「海面のすぐ近くまで浮上してくれるといいんだけど」
「それは大丈夫だろう」
蜂蜜酒のゴブレットを、俺は口に運んだ。香り高い甘みが、口に広がる。
「サメ型モンスターだ。魔法を使うとは考えにくい。物理攻撃主体だろう。船をかじるとか、イルカのようにジャンプして船上のニンゲンを攻撃するとか。……いずれにしろ、こっちにも物理攻撃のチャンスがあるってこった。とはいえ……」
マカロンのカップにジュースを注ぐと、俺は続けた。
「とはいえ、こっちの物理攻撃がノエルのボウガンだけってのは辛い。俺やマカロンは剣だ。間合いが短い」
「槍が必要ですね」
「ああ。俺は槍を使う。明日見繕いに行こう。……だが、マカロンはまだ五歳」
「もう六歳だよ。もうすぐだけど」
「そうだな。もう六歳になる」
マカロンはにこにこ顔だ。
「でも五歳でも六歳でも、長い槍を振り回すのはまだ無理だ。
「あたし、訓練するよ。長い棒で」
「そうだな。頑張れよ。パパも相手してやるからさ」
「いずれにしろ、今回は無理ね。時間がない」
ノエルはほっと息を吐いた。
「どうかな、ショートボウとか。あと連射式ボウガンもいいよ。事前に私が弓を引いておけば、マカロンちゃんでも扱える」
「決まりだな」
全員、頷いている。
「マカロンは小型ボウガンとショートボウにしよう。初手のみボウガンを使い、すぐにショートボウに持ち替える」
「いいね、それ」
「マカロンの力で引ける弓となると、射出力は低い。だから毒矢を使おう。即死は無理でも、相手を痺れさせるとか徐々に効いてくる毒とかあるだろ」
「こっちも明日武器屋で相談ね」
「そういうことだ。まず武器や船の調達を優先。モンスターの情報も並行して集めておく。諸々、出揃ったところで、もう少しきちんと戦略を考えよう」
「決まりね」
「じゃあパパ、もうケーキ食べていいかな」
「ああ悪い悪い。我慢してたのか」
「パパのお話が終わるまで、待っていたのよね。偉いわ」
ティラミスが頭を撫でた。
「マカロンも戦士だものね。戦いの打ち合わせは、なにより大事だもの」
「これは将来が楽しみですね」
姫様は、俺をじっと見つめてきた。
「わたくしも負けないようにしなくては。でないとブッシュ様が……」
それきり、タルト王女はもうなにも言わなかった。隣のテーブルの酔っ払いが酒瓶を倒したらしく、食堂の喧騒はピークに達していた。
楽しい夜だな……。
俺はふと思った。転生してすぐ、ホームレスだったマカロンとティラミスを拾って……というかむしろ俺が拾われて以来、楽しいことばかりだ。この人生を大事にしなくては、と。
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