2-3 マネジャーの依頼

「わーいっ」


 波打ち際から、マカロンの声が聞こえてきた。ごろごろと、転がるように波と遊んでいる。毎日朝から晩まで海で遊んでいるから、もう日焼けで真っ黒だ。


「元気だなあ……」


 思わず呟くと、ノエルに笑われた。


「子供だもん、当然でしょ」

「俺もあんなに大暴れしてたかな、ガキのとき」

「覚えてないの、ブッシュ」

「いやあれほどじゃないと思うけど」


 なんせ俺は転生者だ。子供の頃、田舎の海で遊んだ覚えはある。でもあんなに「エネルギー枯渇? なにそれおいしいの?」みたいにパワフルじゃなかった気はする。


「マカロンちゃーんっ」


 マカロンは、同じ年頃の子供三人と追いかけっこしている。どうやらリゾート客だかスタッフだかの子供のようだが、子供なんてみんなオープンマインドだ。いつの間にやら仲良くなって、毎日遊びまくってる。


 俺にしてからが、マカロンに付き合っていたらいくら体があっても足りない。子供同士で遊んでくれたら、そっちのが助かる。なのでここ数日はもう、こうやってマカロンを放し飼いにし、見守るだけにしている。


「マカロンが元気になってよかった……」


 俺が寝転ぶデッキチェアに、水着姿のティラミスが腰を下ろした。


「私とふたり、ホームレスだったときとは見違えるよう。……それもこれも、ブッシュパパのおかげですね」


 俺の太腿を、優しく撫でてくれる。撫で方に少しばかり、女を感じる。神格であるティラミスにも、次第に少女としての感情が芽生えつつある。俺はそれをいいことだと考えていた。ティラミスにも、人間としての楽しい思い出を、いっぱいあげたいしな。いくら年を取らない神様だと言えども。


 だから手が動くままにさせてあげた。感情表出の機会は、大事にしてあげたい。たとえそれが、生まれつつある恋愛感情を含んでのものだとしても。


「おいで。少し昼寝しよう」

「はい」


 横になったティラミスを抱き寄せる。


「ブッシュ……さん……」


 俺の胸に顔を埋めると、ティラミスは瞳を閉じた。


「いい匂い……」


 うっとり呟く。安心するよう、ゆっくり背中を撫でてやったよ。タルト姫とノエルは脇のビーチテーブルに着き、ビーチパラソルの下で、なにか楽しげにくすくす笑い合っている。テーブルに置かれたバスケットには、妖精プティンが隠れている。タルト姫が時折、クッキーをバスケットの中に入れている。もちろん、プティンに食べさせるためだ。


 こうした瞬間だけ見てるとプティン、まるでペットだな。なんだか笑いそうになったよ。


 目を閉じると、ティラミスを改めて抱き寄せる。波の音を聞き、心地良い海風の香りに包まれる。ティラミスの柔らかな胸が、呼吸で動くのを感じる。胸に寝息も。幸せな気分のまま、俺は眠りの世界に落ちていった。


………………

…………

……

「……さん」

「……」

「……シュさん」

「ブッシュパパ」


 ようやく意識が戻った。どうやら俺は、優しく撫でられていたようだ。俺を撫でているティラミスは、すでに体を起こしている。


「……どうした。そろそろおやつの時間か」


 もう午後遅めかな……。


「いえ、この方が」


 ティラミスの脇に、男が立っていた。二十代後半くらいだろうか。若い割にしっかりした表情で、この暑さだというのにブラックスーツに身を包んでいる。おそらく、このリゾートのスタッフだろう。


「マカロンちゃんのお父様ですね」

「ええ」


 俺は身を起こした。


「……そちらは」

「私はショーン。ショーン・ウォルシュ。このリゾートのシニアマネジャーをしております」


 頭を下げる。


「その若さでですか。たいしたものですね」


 考えた。なにかクレームに来たのかな。たとえばマカロンがうるさいとか。見ると、バスケットに掛けた布の陰から、プティンが興味津々でこっちを見ていた。あいつマジ、トラブル大好きだよなー。退屈は死ぬほど嫌いというか。


「いえ、父から受け継いだだけで。まだ修行中の身です。このリゾートの……セキュリティーとかイベントを任されておりまして」

「その……マカロンのことでしたら謝ります。うるさいですよね」


 見ると波打ち際で、マカロンは犬のようにごろごろ転がっている。友達と一緒に。


「いえ、そうではありませんよ」


 微笑んだ。


「明るくていい子ですね、マカロンちゃんは。それに……遊んでもらっているのは、私の息子です」

「はあ……」


 そりゃ親父がここの経営陣なんだから、この浜は息子のテリトリーだわな。遊び場みたいなもんで。


「息子の話ですが、ブッシュ様御一行は旅の御方と心得ております」

「ええ。家族と友人の旅行でして。商売の相場が意外に良かったので、貧乏旅行しています」


 いつもの偽装を口にする。


「そうですか……」


 なぜか、不思議な笑みを浮かべた。


「……実は、うちの家内は少し変わった家系でして」


 言いにくそうに、口にする。


「魔道士系なんですが、魔道士としての力はほとんどない。ただ……」


 俺の瞳をじっと見つめる。


「ただ、魔導力を感じ取れる特殊な力があります。それで……」


 両手を広げてみせた。


「こちらのパラソルから、強い力が出ていると言っておりまして」

「そうですか……」


 冷たい茶を、俺は口に運んだ。時間を稼ぎ、考えるためだ。


「俺達は商売柄、魔法の武器防具を扱いますからね。その影響かもしれませんね」

「いえ、ご謙遜されずとも。……そちらの」


 ティラミスを指差す。


「そちらの御方から、とてつもない力が滲み出していると、家内が。……旅のご家族ではなく、冒険者様ですよね、きっと」

「あの……御用は何でしょうか」


 微笑んでみせたわ。


「俺達は休暇に来てます。できれば放っておいてもらいたいのですが」

「実はひとつ、頼みがあります」

「頼み……ですか」


 ちらと見ると、ノエルは黙って頷いている。問題はない。そのまま話を聞けということだろう。


「とりあえず話は聞きましょう。受けるかはまた別として」

「有難うございます」


 また頭を下げた。


「こちらにどうぞ」


 ノエルが自分の椅子を差し出した。


「いえ……お客様の椅子など……」


 ショーンと名乗ったマネジャーが目配せすると、付かず離れずで見守っていたスタッフが、秒でビーチチェアを持ってきた。


「おわかりのとおり、当リゾートの売りはもちろん、美しいビーチと、西に沈む夕陽を見ながらの夕食です」

「ええ。さらさらの砂は真っ白で、ビーチは広い。こんないいビーチは初めてです」

「そのビーチに危機が迫っておりまして」

「危機とは」

「はい」


 他人に聞かれるのを警戒しているのか、周囲を見回し、小声になった。


「大声では言えないのですが最近、沖合にシャークモンスターが出ております」

「サメですか」

「いえ、モンスターです。今はまだ沖合ですが、いずれモンスターはビーチ周辺にまで進出する。……そうなれば当リゾートは大打撃です。下手をすると閉めることになり、多くの従業員が露頭に迷う……」


 ショーンは頭を下げた。


「お願いします、ブッシュ様。冒険者様のお力で、モンスターを退治していただけないでしょうか」


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