2-2 南国ビーチの休日

「パパーっ!」


 波打ち際でなぜか転げ回っていたマカロンが、駆け寄ってきた。かわいい子供用のフリフリビキニ姿だ。


「海ってしょっぱいんだね」

「そうだなー。これは海神の涙の味なんだ」

「ほんとうー」


 目を丸くした。


 宿を決めて、さっそくビーチに出てきたところだ。姫様とノエル、ティラミスは、背後のビーチサイドチェアに陣取り、俺とマカロン、それに海などを眺めている。俺は見張りさ。マカロンが万一にでも溺れると困るからな。


「うっそーっ」

「パパのバカーっ!」


 ぽかぽか叩かれた。俺たちの足元に、寄せた波がざっとかかる。


「悪い悪い」

「でも広いんだねー海って。どこまでも続いてるよ」

「あの先には、別の大陸があるんだ」

「へえーっ……」


 手を握り、俺の顔を見上げてきた。


「あたしもいつか行ってみたいな」


 いやお前は行くに違いないよ。原作どおりなら――。


 そう思ったが、口には出さなかった。


「行けるといいな、マカロン」

「うん」


 俺にとって今のマカロンは、将来の勇者じゃなくて、かわいい俺の子供だからな。辛い勇者旅が待ってるんだ。子供時代はいい思い出をいっぱい作らせてやりたい。心折れそうになったとき、楽しかった経験を思い出し自分を慰められるように。


「さ、遊んで喉乾いたろ。ママのところに戻ろう。おいしいジュースがあるからな」

「わーいっ」


 砂を撒き散らしながら駆け戻る。いやマジ、子供ってどんだけエネルギーが余りまくってるんだ。俺がマカロンの調子で遊んだら、三十分も持たずにへとへとだわ。


「ママーっ」


 飛びつくように抱き着く。ティラミスの椅子が軋んだ。


「よかったわね、パパに遊んでもらって」


 頭を撫でている。


「ママも遊んでもらうといいよ」

「そうね」


 ティラミスは微笑んだ。


「ママも後で遊んでもらおうかな。……ブッシュさん」


 俺の手を取った。


「ひと休みどうぞ」


 隣の椅子を示す。


「おう」

「ブッシュ様……」


 俺の前に、タルト王女がグラスを置いてくれた。


「発泡蜂蜜酒です。氷で冷やしてあるので、おいしいですよ」

「ありがとうな、姫」


 ビーチにはこうしたテーブルとチェアが並んでいるが、それぞれはかなり離れている。だから姫とか口にしても、バレやしない。


「うん。うまい」


 炭酸の刺激が喉を抜けると、蜂蜜酒ならではの香味が鼻に抜けてくる。控えめに言って、天国の味だ。


「ねえねえブッシュ、おいしいでしょ。ねえねえ」


 テーブルに置かれたバスケットから、プティンがぴょこんと顔を出した。


「お前は隠れてなきゃダメだろ。妖精なんか見られたら、大騒ぎになるぞ」

「平気だよ。みんなの陰になるし。ボク、顔しか出してないしさ」


 たしかに。バスケットには布を掛けてあるので、まずバレないはず。最悪遠目で見られたって、マカロンが遊ぶための人形と思われるだろうし。


「それよりどう。みんなの水着」


 興味津々といった顔で、俺を見つめてくる。


「ねえねえブッシュ、姫様のビキニ見て興奮した? ねえねえ」

「余計なお世話だ」


 言っては見たものの正直、みんなかわいい。


 タルト王女は黒の大人しめビキニ。濃色だから、抜けるように白い肌が強調される。こうして見ると姫、スタイルいいんだよな。大人ってほどには成熟してないから胸もしっかり張ってるし。それでいて下半身の、水着に隠れた部分がぷっくり膨らんでいて、なんだか俺を誘っているかのようだ。


 ……ヤバい。


 危うく反応しそうになって、ノエルに視線を移した。


 んだがノエルがまたかわいくてな。ここにいる女子で一番成熟しているからさ。


「姫様が選んでくれたのよ。……どうかな」


 恥ずかしそうに、上目遣いで俺を見つめてくる。


「いやもうなんというか……」


 思わず絶句しちゃったよ。


 ノエルの水着はワンピースだ。紺地に黄色の大きな花が大胆に配されている。南国ならでは……というか、トロピカル極まれリみたいな。体を締め付けるようなワンピースだが、スタイルの良さは隠しきれない。というかむしろ体の線はビキニより強調されるしな。肩紐は細く胸元は大きく開いているから、ふくよかな胸が美しいラインを引いている。


 ……てかあれ、触ってみたいわ。


「かわいすぎる……」

「あ、ありがと」


 ぼそぼそ言うと、ノエルの白い胸が赤くなった。


「なんだか恥ずかしい……。ブッシュに見つめられると」

「ノエルはスタイルがいいですから。だからわたくし、ワンピースを選んだのですわ。このスタイルにビキニはもったいないので」

「嫌です姫様」


 頬に手を当てるとイヤイヤした。


「穴があったら……入りたい」

「ねえねえノエル。ブッシュに抱っこしてもらいなよ。せっかくの機会だよ、ねえねえ」

「いやよ」


 首を振った。


「意地悪ね、プティンは」

「ブッシュさん、おかわりはいかがですか」


 氷入りのバスケットからボトルを取ると、ティラミスがグラスに注いでくれる。波の音に炭酸の弾ける音が交じると、蜂蜜酒の甘い香りが立ち上った。


「ありがとう、ティラミス」


 ティラミスがなー。またこれかわいいんだ。神様とはいえ、今のティラミスは十五歳相当くらいの見た目。子供から大人に育ちつつあるスタイルを、フリルのいっぱいついたビキニが包んでいて。姫様やノエルほど胸も大きくないから、フリルビキニが似合うんだ。またこれが。


「守護神様は人間と異なり、肌のきめも細やかで人形のようです。なのでミントグリーンのビキニを選んでみましたの」


 嬉しそうに、姫様が解説する。


「もちろんわたくしたち全員、替えの水着もたくさん用意してあります。その……ブッシュ様の……ために……」


 最後のほうは声が小さくなり、消え入るようだ。


「ありがとうな、姫様。……みんなかわいいよ」

「よかった……」


 たまらず……といった様子で、俺の手を握ってきた。


「ブッシュ様に喜んでいただけて……」

「ねえねえブッシュ、ボクの水着も見てよ。ほらほらビキニだよ、ねえねえ」


 バスケットから飛び出すと、見せつけるように、俺の前で胸を張った。


「ああかわいいよプティン」

「なんか投げやり」

「いやマジだって」


 本音だ。プティンは白のビキニ姿。肌が浅黒いからコントラストがあって、よく似合ってるんだわ。とはいえ見られるとヤバいからな。


「ほら、撫でてやるからこっちこい」


 優しく掴むと、抱えてやった。親指で、胸から腹までそっと撫でてやる。


「見られなかったろうな」


 見回したが、どうやら大丈夫なようだった。


「姫様とノエルがね、ボクの水着を作ってくれたんだよ。端切れを使って」

「器用なんだな、タルト」

「子供の頃からプティンと一緒ですからね、ブッシュ様」


 姫様は微笑んだ。


「子供遊びの頃から、よくプティンの服を仕立てていましたのよ」

「なるほど」


 ままごとみたいなもんだな。相手が人形じゃなく妖精だっただけの話で。


「それよりブッシュ様」

「うん」

「ひとつお願いが……」

「なんだ。言ってみろよ」


 タルト王女がわがままを言うことは、まずない。それだけに、なんでも聞いてやりたいからな。固っ苦しい王族の身分を隠して、せっかくリゾートに来てるんだ。


「その……わたくしも海で遊んでみたい。あの……ブッシュ様と一緒に」

「ああいいぞ。ほら」


 姫の手を取った。


「溺れない程度に深いところまで歩いて行こう」

「はい」


 うれしそうに微笑むと、俺の腕を胸に抱いた。


「その……よろしくお願いします」


 少し迷ったが、そのままにさせることにした。姫の気持ちは知っている。俺は受け入れるさ。


「みんなも来いよ。海の魔物を求めての大冒険だ」

「はいはい」

「わーいっ」

「ふふっ」

「ボクもいくよーっ」


 プティンが俺の水着に潜り込んできた。顔だけ出す。


「お前、どこに入ってるんだよ」


 下半身にプティンの柔らかな体が当たってる。むずむずするわ。


「いいでしょ。ボク、いっつもブッシュとお風呂入ってるじゃん。お互いに体の隅から隅まで知ってるんだからさ。今さらなんてことないでしょ」

「まあ……」


 姫様に見つめられた。


「うらやましいわ。……ブッシュ様」


 俺の腕をさらに強く抱いてくる。胸に挟むようにして。俺の手の先は姫様の下半身に当たっている。


「わたくしも、ブッシュ様に隅々まで見て頂きたいわ。……触っても頂きたいし」

「こ、今度な」


 思わず声が裏返った。恥ずかしいわ、こんなん。


 姫の軽口を聞いてもみんな、にこにこしている。これは……なんだか予感がする……。


 天を仰ぐと、南国の太陽が俺たちを照らしていた。優しく、包むように。暖かな海風が、心地良い海の香りを運んでくる。そろそろ昼だ。ランチを終えたら部屋で昼寝するか。みんなで……抱き合ったまま……。

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