1-11 ハルトマン、ヴァルハラに召される
「姫ぇーっ!」
傲然とハルトマンが駆け込んでくるのと、炎のブレスがタルト王女を襲うのが同時だった。
ハルトマンが炎に包まれ体が燃え上がるのが、俺の瞳に映った。
「ぐわあーっ!」
焼かれながらも両腕を大きく広げ、ハルトマンは炎を一身に受けている。
「てめえーっ!」
もう踏まれようがなんだろうが構わない。突っ込んだ俺は、飛び上がって首の根元に刃を食い込ませた。ともかくブレスだけでも止めなくては話にならない。
「よくもっよくもーっ!」
ハルトマンの陰から飛び出したタルト王女が反対側からも首に斬りかかると、さすがに首がだらんと垂れた。
「マカロン、やれっ!」
「パパーっ!」
暴れるドラゴンの背に立ち上がると、大揺れをものともせず、マカロンは突進した。残りひとつの首に向かい。首の根元、頚椎の神経が通っているあたりに、深く深く剣を刺す。子供用の短い剣で、根本まで。
「ぐううおおおおーっ……」
苦しげに首が揺れ、断末魔の絶叫が響いた。どうんっと轟音を立てて、ドラゴンの体が倒れ込む。放り出されたマカロンを、俺はなんとか抱き取った。
「……パパ」
抱かれたまま、俺を見上げる。
「よくやった、マカロン」
「それより、ハルトマンのおじさんは」
「……」
返答に詰まった。振り返ると、横たわったハルトマンに、ノエルとプティンが回復魔法を連発しているのが見えた。タルト王女は、ハルトマンの手を握って泣いている。回復魔法の明滅が何度も続いてはいるが、あのブレスを正面から受けてしまっては、回復は厳しいと思われた。肉の焦げた嫌な臭いが、周囲に漂っている。
「ハルトマンは戦士だ。……わかるな、マカロン」
「うん」
「だから泣くな。誉れある死を迎えつつある戦士を、見送ってやろう」
「……」
マカロンは、黙ったまま頷いた。
「ハルトマン……」
俺が
「ブッシュ殿……」
「無茶しやがって……。敵の射線に身を晒すなんて、戦士失格だぞ」
「ふっ……」
ハルトマンは微笑んだ。
「もっと責めてくれ。でないと……」
「言うな。わかっている」
魂が通じ合うように、考えは読めた。自分がドジで死んでいくと、わずかでもそのような形を取りたいんだ。タルト王女の心の負担にならないように。
「ハルトマンのおじさん……」
泣くなと言い聞かせたのに、マカロンの瞳には涙が浮かんでいた。姫にも。ノエルとプティンは詠唱に必死で、泣く余裕すらない。とある魔法が駄目だとわかると、別種の魔法に切り替え、次々に施している。ハルトマンの両手は、王女とティラミスが握っている。
「マカロンちゃんは……凄いな。おじさんより……強い……」
「ううん。おじさんが一番だよ。自分の身を犠牲にして――」
「マカロン、ママと手を握ってあげろ」
マカロンに最後まで言わせないようにした。
「ブッシュ殿……ありがとう……わしは……」
言いかけて、ふっと瞳が閉じられた。
「しっかりしなさい、ハルトマンっ!」
姫の激励が飛んだ。
「死んではなりません。わたくしなど……放っておけばよかったのに……。わ、わたくし……など……」
後は言葉にならなかった。姫の瞳からは、大きな涙の粒が次々にこぼれ落ちた。
「姫……」
ハルトマンの意識が戻った。
「わしは幸せです。最後まで報国でき、あの幼かった姫の成長した姿も見られた。……それにわくわくしておる。我が先達が……ヴァルハラの地で並べと……言っておるのが聞こえてきて……」
ふっと笑みを浮かべた。
「ブッシュ殿……ひとつ頼みが……」
「なんでも言え」
「この先で、祠のマナを開放してほしい」
「任せろ。王国守護の
「そして……この祠は何者かに目を付けられた。つまり他も……」
「そっちも任せろ。東西南北、鬼門に裏鬼門。六つの祠は、俺達がなんとかする。現地の戦士と共にな」
「ブッシュ殿のパーティーなら安心できるわい」
ごほごほと咳き込むと、嫌な臭いがした。肺が焼けているに違いない。息をするだけで苦しいはずだ。
「ああ……こうして王女様と守護神様に手を握られながら天に召される……。世界の果てをさすらう辺境騎士団の身。いずれ誰も知らぬ辺境の毒沼で倒れるやも……と思っておった。そんな若き日の自分に、見せてやりたいわい。……我が……誉れある……死……を……」
頭が垂れた。穏やかな表情のまま。
もう、どんな魔法を施しても、誰が呼びかけても、反応はなかった。
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