1-12 老騎士ハルトマンの碑石

「これでよし……と」


 ハルトマンの碑石をしっかり埋め込むと、俺は立ち上がった。裏鬼門の祠。その脇に、ハルトマンの碑を作ったんだ。


「こうして裏鬼門の祠を守れるんだから、あいつも本望だろうよ」

「そうだね、パパ」


 小さな手で、マカロンは俺の手を握っている。


「戦士の理想だよね。ヴァルハラに召されて」


 聞きかじりで、生意気なことを口にする。


「だがマカロン……」


 しゃがみ込むと俺は、マカロンと視線を合わせた。


「お前はそう考えたら駄目だぞ。お前はな、たとえ泥水をすすり雑草を食べたとしても生き残り、帰るのだ。なにしろお前は……」


 お前は……世界を救う使命のある、勇者だからな。戦いに負けたって構わない。とにかく逃げ帰り、捲土重来を期せばいい。


 そこまでは言わなかった。それはもっとマカロンが大きくなってからの話だ。今はマカロンに、子供時代の楽しみを目一杯味わわせてやりたい。重圧を与えたくはないからな。


「泥水や雑草? そんなの平気だよ」


 マカロンは微笑んだ。


「いっつもママと食べてたし。……バッタやコオロギなんか、おいしいし」

「そういやそうだったな」


 頭を撫でてやった。こいつ、生まれてから五歳になるまで、ママ役の守護神ティラミスとホームレス暮らしだったもんな。そらたくましいわ。


「ごめんごめん」

「それにしても……お体を持ち帰れなかったのが、心残りです」


 タルト王女は、悔しそうに唇を噛んだ。


「仕方ないさ。あんな深層からむくろを抱え出すのは無理だったんだ」


 ダンジョン最深部に、ハルトマンを葬った。剣もそこに突き立て、これからも裏鬼門を守る鎮守とした。そうして俺達は地上に帰還し、近在の石工にハルトマンの碑を発注していたのだ。


 穏やかな老騎士の戦死を、村人は皆、悔しがっていた。石工は無償で碑石を刻んでくれたよ。ハルトマンのために。


「ハルトマン様……」


 村娘がひとり、野の花を持ってきた。それを碑の前に備える。見ると大勢の村人が、彼女に続いていた。


「さて、ここは村の人に任せよう。俺達にはまだ、任務がある」

「ハルトマンさんに頼まれていたことですね」


 ノエルの瞳は燃えていた。


「私、絶対にやり遂げてみせます」

「どこから始めますか、ブッシュパパ……」


 ティラミスが俺を見上げた。


「そうだな……。ここは裏鬼門。つまり南西だ」


 村の素朴な道を、俺は見通した。ここから道は、三方向に分かれている。


「近い場所から始めるのがいいだろう。左に進んで、南の祠を目指そう」

「いいね、ブッシュ」


 俺の胸から、妖精プティンが飛び出した。頭の上をくるくる旋回する。


「ねえねえブッシュ、南の祠は常夏の場所だよ。みんなでビーチで遊べるよ。ひ……の水着姿、見たいよねブッシュ。ねえねえ」


 さすがに村人の前で「姫様」とか「タルト王女」とかは口走らないな。最低限の常識があって助かったわ。


「ねえねえブッシュ、見たいよね、みんなのビキニ姿だよ、ねえねえ興奮する? 興奮する、ブッシュ。ねえねえ」


 前言撤回だ。こいつ絶対いつか口を縫い合わせてやる。


 溜息をつくと、俺はマカロンを肩車した。


「ほら行くぞ、みんな。馬車に乗ろう」




●いつもご愛読ありがとうございます。

次話より新章「南国ビーチリゾートの謎祠」(仮題)に入ります。

常夏のビーチに着いたブッシュ一行は「謎の旅人」として休暇を楽しむ。一方で、南の祠では、謎の現象が発生していた。困惑するブッシュに、守護神権現ティラミスは……。

お楽しみにー!

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