1-9 第三階層の大扉解錠

「ここが……第三階層」


 構えていた剣を、俺は鞘に戻した。


「想像していたフロア構造と、違うわね」


 ノエルが呟く。


「全くだ」


 第三階層もここまでどおり、広いダンジョンになっていると思っていた。だが第二階層から下ってくると前室のような空間で、なにもない。敵の姿すらも。


 ただ……巨大な扉が、俺達の前に立ち塞がっていた。二枚扉で、中央から開くようだ。全体で高さも幅も八メートルほどと巨大。謎の金属製で、表面にびっしりなにかの古代文字が刻まれている。


「こいつの向こうが、ボス部屋ってことか」


 ハルトマンの情報によると、第三階層はボス部屋しかないって話だったからな。地脈をコントロールする。


「そういうことだ。わしもここに降りたのは初めてだが、フロア構造は伝承のとおりじゃ。向こうにドラゴンが控えておるのは、まず間違いなかろう……」

「戦いがどうの以前に、まずこの扉を開けないといけないわね」


 ノエルは溜息をついている。


「このサイズの金属扉でしょ。人力では無理。トロールかサイクロプスじゃないと。それか……魔法ね」

「鍵がかかってるかもしれないしな……プティン、お前の魔法でどうだ。開けられないか」

「うーん……どうかな」


 タルト姫の胸から飛び立ったプティンは、あちこち扉を触ってみている。


「どうだ、プティン」

「ねえねえブッシュ、無理みたいだよ、ねえねえ」


 俺の肩に留まった。


「解錠と開門には、多分……複数の術者がいるよ。古代はきっとそうやって管理したんだよ、ねえねえ」

「それはありえますね、ブッシュ様……」


 タルト姫が頷いた。


「術者ひとりで扉が開けられるなら、その人に裏切られたら終わりですから」

「姫様の言う通りだわい」

「危機管理ということね」


 ノエルは頬に手を当てた。


「でも……それならどうやって開けたらいいのかな」


 俺の前世でたとえるなら、核の暗号を複数同時解除みたいな感じか。映画でよく見る奴。


「ブッシュパパ……私がやってみます」


 ティラミスが俺の手を握ってきた。


「私なら開けられるかも……守護神の力で」

「よし、頼む。他に解決策もなさそうだからな」

「ただ……ブッシュパパ、扉の向こうに、強いエネルギーを感じます。多分……ドラゴンがいる」

「頭八つの奴だな」

「ええ……きっとそう」


 やっぱり中ボス部屋か……。そりゃそうだ。ここはゲーム小説の世界だからな。ゲームに準じた世界やダンジョン構造になっているのは、当然だ。


「全員、注目」


 みんなに注意を促した。


「ティラミスの力で扉が開くかはわからん。ただ、開いたらすぐ戦闘になるだろう。ダンジョン主のドラゴンだ。厳しい戦いになる。……みんな、心しておけ」

「おうよ」

「パパ」

「ブッシュ様……」


 ハルトマンとマカロン、それにタルト姫までもが剣を抜いた。頼もしいちびっことじいさん……それに王女様だ。


「ノエル、お前は詠唱準備」

「任せて、ブッシュ。あなたとみんなを守ってみせるわ」

「よし」


 全員の用意を確認してから、俺は頷いた。


「よし頼む、ティラミス。扉を開けてくれ」

「ブッシュパパ……」


 ティラミスは、ゆっくりと扉に近づいた。中の存在に遠慮するかのごとく。多分……気づかれないようにだ。


「……」


 左右の扉、その合わせ目を上下になぞっていたが、ある一点で手を止めた。


「ここ……エネルギーを感じます。多分、ここが鍵になってる」


 一度、俺を振り返った。


「開けられると思う。ブッシュパパ……そしてみなさん、ご準備を……」


 俺達の反応を確認するとまた、扉に向き合った。ティラミスのかざした手が輝いた。扉との間に、稲光のような放電が巻き起こっている。


「開き……ます……」


 ガチャンと一度、大きな音が響いた。それからゆっくり扉が動き始める。




――ぎいーっ……――




 俺達を誘うかのごとく、内側に開いていく。


「いよいよ……か」


 ハルトマンの呟きが、横から聞こえた。


「これは……」


 扉の巨大さに比べ、内部は異様なほど狭かった。扉のすぐ向こう、猫の彫像のように丸まっている物体が見えた。黄金に輝く鱗に包まれた胴体と、四本の巨大な脚部。頭は見えない。丸まっているから。


 野郎……すぐそこじゃんよ。


 ――と、中ボスは眠りから覚めたようだ。白鳥のように一本の首だけ体から離れ、こちらを見る。




――ぐおーっ――




 叫び声が響くと、次々に首が立ち上がった。全部で……八本。話のとおりだ。


 ひとつ大きく体を震わすと、ドラゴンは立ち上がった。どれだけ長く眠りについていたのか。体から大量の埃が舞い落ち空気が濁ると、土の匂いが立ち込めた。


 体長……というか頭の高さは地上五メートル。もちろん届かない。首の根元を斬り飛ばすしかないだろう。


「野郎はまだ寝起きだ。突っ込むぞっ!」


 剣を肩の高さに構えると、俺は駆け出した。俺の正面、右から四番目の首に向かって。


 大声を上げながら、仲間もついてくる。直近まで進むと、キツい獣臭さだ。


「マナに還れっ!」


「俺の首」に向け剣を振りかざした瞬間、妖精プティンの斬撃魔法が稲光のように輝き空間を斬り裂くのが、視野の隅に映った。

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