1-8 ダンジョン底、第三階層への道
「第二階層も、なんとかなったか……」
緊張が解け、俺は大きく息を吸った。地下ダンジョンの空気はほこり臭いが、酸素を取り込めるので文句はない。死ぬよりはマシだ。
「連戦また連戦だったわね」
ノエルもほっと息を吐いている。
「ただ、初戦ほどは敵の戦略は感じなかったけど」
「そうだな」
あの三体サラマンダー戦以降も、何度かサラマンダー線が続いた。だが敵は散発的に出てくるだけで、あのような待ち伏せ攻撃や戦略的行動は見られなかった。野良のはぐれサラマンダーといった感じさ。
ティラミスは、このダンジョンの敵が謎の力によってコントロールされていると看破した。実際にそうだろう。だからこそ第二階層の前半には敵が皆無で、あの部屋で一気に三体攻撃を仕掛けてきた。だがあの一戦の次の戦略構築が追いついていないようだ。俺達は恐ろしい速度で先へ先へと進んだからな。
「パパ、かっこよかったよ」
嬉しそうに俺の手を握ると、マカロンが俺を見上げてきた。
「あたしのパパは、やっぱり世界一だね」
「ありがとうな、マカロン」
いや本当はお前が世界一なんだぞ。なんせ原作ゲームの主人公なんだからさ、将来。俺が父親としてちゃんと、勇者として育ててやるからな。
俺達の目の前には、第三階層――つまり最終階層へと下りる洞窟が見えている。
「どうする、ブッシュ殿」
洞窟を、ハルトマンは顎で示した。
「進むか、休むか」
「三十分だけ休憩しよう。休みながら皆、武器や防具の手入れだ。いずれにしろ俺達には時間がない。ここで一夜過ごすだけのアイテムを持ち込んではいる。だが、そうしたらまた相手に戦略構築の隙を与えてしまう。相手が混乱しているうちに、敵中枢部まで進行したい」
「わしらの目的は、地脈水脈の乱れを正すこと。ティラミス殿の見立てでは、どうやら謎の存在がそれを引き起こし、わしらを警戒しておる。ブッシュ殿の言うように、たしかに一気に進むのがいいだろう」
どっかと座り込むと、剣を抜き、油を塗り始めた。
「いよいよこのハルトマン、老いさらばえた我が身を王国のために捧げるときが来たようだ」
嬉しそうだ。
「そのようなことを言ってはいけません、ハルトマン」
タルト姫が、戦士の鎧にそっと手を添えた。
「戦に
「これは……失礼いたしました、姫。たしかにおっしゃるとおりで」
体を硬くして恐縮している。
「長い辺境独り暮らしにて、戦士の心も錆びついておるようですな、わしは」
「ねえねえハルトマン、姫様はね、怒ってるんじゃないんだよ。ハルトマンの命を心配しているんだよ、ねえねえ」
プティンが頭上を飛び回った。
「あなたのような武人こそ、王国の宝。命を粗末にしては、それこそ王国の大損失ですよ、ハルトマン」
「は、はい。了解、
「歴戦の戦士も、姫様の前には型無しね」
ノエルはくすくす笑っている。
「パパー、あたし、準備終わったよ」
「よしよし、マカロンはいい子だな」
頭を撫でてやった。うっとりと目を閉じている。
「じゃあママから水をもらえ。あと、靴の紐を締め直しておけ。厳しい戦いでは、脚がもつれるだけで致命傷だぞ」
「わかったー」
全員、心と装備の準備が終わった頃、俺はみんなを見回した。
「ここで戦略を決めておきたい。第三階層攻略の」
「うむ」
「いいよー」
「同感です」
「パパーっ」
口々に返答が来る。
「ここは王都の南西、裏鬼門の祠。紫の祠は、龍脈。第三階層で待っているのは、八つの頭を持つドラゴンだったな、ハルトマン」
「いかにも」
「八つの頭からのブレス攻撃が当然、最大の壁だ。俺達にはノエルの耐炎魔法がある。だが効果に限界があるのは、知っての通り。なので初手でひとつでも多く、敵の頭を斬り飛ばし無力化しておきたい」
「なるほど」
「なので前衛が皆、違う頭を狙う」
「前衛は、わし、ブッシュ殿、マカロンちゃん。それに……姫まで入れるのか、ブッシュ殿」
「悪いがそうする。タルト、お前は俺とハルトマンの間に位置しろ。俺達が狙う頭に挟まれた頭部を狙うんだ」
「それならわしかブッシュ殿が姫のサポートに回れるものな。素晴らしい」
ハルトマンは感嘆している。
「頭部は八つ。俺達も前衛全振りで行く。ノエル、お前は耐炎魔法を撃ったら駆け出せ。剣を抜くんだ」
「私も頭をひとつ担当するのね、わかったわ。五分経ったら、また魔法を撃つから」
「頼む」
「ここまでで頭は五つ。……まだ三つ残るが、こちらの手はもうない。あとはティラミス殿と妖精殿のみ」
ハルトマンが唸った。
「どうする、ブッシュ殿」
「プティン、お前も前衛だ」
「了解ーっ、了解ーっ」
嬉しそうに、プティンが頭上を飛び回った。
「わかってるとは思うが、魔法だ。斬撃魔法はあるか」
「あるよー。飛んで近づきながら、両端の頭からひとつずつ落としていくね」
「そしてティラミスだ」
「ブッシュさん……ブッシュパパ……」
俺をじっと見つめてきた。
「お前は後衛だ。といっても離れると俺達全員が危険に晒される。分断されるからな。だからお前も、俺達の後ろを、付かず離れずついてこい」
「はい」
「戦端が開いたら悪いが、全員のサポートを頼む。ポーションやなんやかや」
「わかっています」
「あと、俺達は目の前の頭で手一杯だ。全体の戦況を見て取り、適切な指示をしてくれ。ボス戦のリーダーは俺じゃない。お前に頼む」
「必ずや、皆さんを生きて返します。私の……力を使い」
「使えるのか」
「ブッシュさんの側にいれば……少しは。失った力が、少しずつ戻りつつあるので」
「よし、ならば俺の背後につけ。わずかでも近いほうがいいだろ」
「わかりました」
「その……なんの力なのだ」
ハルトマンは当惑顔だ。
「道中、不思議な力で先を見てくれてはいた。だからなにか特別な存在なのだとはわかっていた。だが……魔導の力を発揮するでもなし、正直、よくわからん」
「ああ……」
一瞬だけ考えた。でもハルトマンならもう明かしていいだろう。王国のためなら絶対に口は堅いと、痛いほどわかったし。
「ハルトマン、ティラミスは王国の守護神なんだ」
「なんとっ!」
さすがに口をあんぐり開けてるな。
「そのような……ことが」
「色々あって、守護神は神の姿を捨てた。今ここにいるティラミスは、基本的には人間と同じ。権現様、つまり人間に顕現した神なんだ。……歳を取らないだけで、血を流せば死ぬ」
「うむう……」
目を見開いたまま、唸っている。
「どうにも……武人では理解を超えるようだわい。ややこしく考えておくのはやめておこう」
ほっと息を吐いた。
「だが守護神様の人姿ともなれば、このハルトマン、タルト姫同様に、命を懸けてもお守りせねばならんのう……」
「頼むよ、ハルトマン」
思わず、俺も頼んじゃったよ。だってそうだろ。ティラミスは、俺とふたり、心を合わせてマカロンを育てる相棒だからな。
死の運命が待っていた赤ん坊のマカロンを、俺と出会うまで何年も守ってきた存在だ。慣れない人間暮らしにホームレスまで身を落としても。
ティラミスを失えば、マカロンの心はダークサイドに墜ちるだろう。それに俺も。大事な家族だからな。俺はそれを、なんとしても防ぎたい。
「わかったな、みんな」
「ねえねえブッシュ、これで一応、八つの頭への対処ができたよ。ねえねえ」
「そういうことだ」
俺は立ち上がった。
「さて、八岐の大蛇の面でも拝みに行くか」
「ヤマタノオロチって、なに、ブッシュ」
「ああノエル。気にすんな。それは俺だけが知ってる冗談さ」
こうして俺達は第三階層に降りた。とてつもなく厄介な敵が待つ最終フロアに。
●ネット環境怪しい島流しのため、更新遅れてすみませんでした。東京に帰着したので、これからは大丈夫です。。。大丈夫だよな>俺。。。
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