1-6 第二階層の罠

「おかしい……」


 ハルトマンは首を捻った。第二階層に下りて一時間ほど。分岐する通路を辿り、いくつも小部屋や大部屋に踏み込んだが、モンスターを見かけない。


「ここまで敵がいないとか……。わしが潜ったときは、第二階層に入って早々、戦闘になったのに」

「いいことじゃない。危険がなく、下に行けるなら」


 警戒態勢を崩さずそろそろと進みながらも、ノエルが軽口を叩く。


「ねえねえハルトマン、この先、ダンジョンはどうなってるの。ねえねえ」


 退屈なのか、プティンはタルト王女の胸から顔を覗かせたまま、周囲を見回している。


「うむ……妖精殿。この祠ダンジョンは三層構成。このフロアの下は地脈に通じる特別な部屋になっておって、そこに……」


 髭を撫で回した。


「そこにモンスターが封じられておる。本来は敵だが古代の魔法で守護のモンスターとして封じておるのだ。だが最近の地脈乱れからして、制御魔法が崩れ、地脈からエネルギーを得ているのであろう」

「どんなモンスターなんだよ」

「ダンジョンの性質からもわかるように、ドラゴン系一体だ。ブレス攻撃をしてくる。それが厄介でな」

「でも一体なら、炎を封じればいいんですよね」

「ノエル殿、そのとおりじゃ。なれどこやつは、首が八つに分かれておる」

「えっ……。じゃあ頭も八つなの」

「そうだ」


 マジかよ……。それ、ヤマタノオロチじゃん。せめてキングギドラにしとけよ……って、それもヤバいけどさ。こっち、ゴジラ連れてくしかないじゃん。前世のフィクション世界からゴジラ召還できないんかな、なんとか……。この際ガメラでもいいわ。


「八つの口からの同時ブレス攻撃を、どう防ぐか……ですね」

「そういうことよ」

「ブッシュさん……」


 ティラミスが俺の袖を引いた。


「感じます。なにか……奇妙な意思を」

「意思だと……」

「はい」


 真剣な瞳で、俺を見上げてきた。


「このフロアにモンスターがいないのも、そのせいかと」

「誰かがコントロールしてるってのか。チェスを一手一手打つかのように」

「ええ。多分……私達を見ている」

「そうか……」


 罠があるかもしれない。俺は全員に注意を促した。


「あの扉の向こう……」


 次の部屋への扉を、ティラミスが指差す。


「あの先に……なにかがいます」

「そうか」

「パパ、あたしもなにか感じるよ」

「偉いぞ、マカロン」

「稚児なのに、そのような勘が働くのか……」


 ハルトマンは舌を巻いているが、俺は納得していた。神であるティラミスは当然として、マカロンだって、なんせこのゲーム世界の主人公だからな。主役ならではの強力なキャラ補正はされているはず。たとえば……強敵の気配を感じる力とか。


「全員、戦闘準備」


 俺は命じた。


「今、抜剣しろ。魔法詠唱の心づもりをしておけ。いいかプティン、お前はタルト守護を最優先。タルトにとって危険と感じた敵を優先して攻撃しろ」

「ブッシュ様、わたくしは」

「タルト、お前は俺のそばにいろ。いざとなれば前面に立って守ってやる」

「ブッシュ殿。それはこのじじいに任せてもらおうか」


 ハルトマンが一歩進み出た。


「老けたとはいえ、王国に命を捧げた武人である。それはわしの役目であろう」

「いや、あんたには斬り込み隊長をしてもらう。最前列で死ぬなら本望だろう」

「くそっ。武人の痛いところを突きおって」


 苦笑いしている。


「ならばわしは突っ込んで陽動をしよう」

「ハルトマンが敵の注意を引き付けている間にノエル、適切な魔法を選択し詠唱に入れ」

「うん」

「俺と姫はハルトマンに続く。敵の背後……少なくとも横に回り込んで、そこから攻撃を加えよう」

「二正面作戦じゃな」

「そういうことよ」

「パパ、あたしは」


 不満げに、マカロンは剣を振ってみせた。


「忘れちゃいないさ。マカロン、お前はまず様子を見ろ。第一にママを守るんだ。で、俺やハルトマン、タルトの動きを見て取ったら、自分の判断で前面に出ろ。あとは任せる」


 細かく言わなくても、今のマカロンなら適切に戦況と戦術を判断できる。俺は信頼していた。


「いいかみんな。始めるぞ」


 ダンジョンの扉に手をかける。高さ三メートルほど。サイクロプスは無理でもミノタウロスなら通れるくらい、巨大な扉だ。


 軋み音と共に扉が開かれる。


 そこは大きな部屋になっていた。


「えっ……」


 サラマンダーがいた。三体も。しかも連中、俺達の侵入を知っていて待ち構えていた。なんせ三体とも口を大きく開き、こちらに向けていたからな。喉の奥は、すでに赤熱している。ハルトマンが駆け出し俺がひとつ息をする間に三体は、次々にブレス攻撃を仕掛けてきた。途切れることなく連発で。


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