1-5 タルト王女の覚悟

「はあ……はあ……」


 最後のリザード兵が倒れると、マカロンはがっくり膝を着いた。剣を地面に突き立て、すがりついている。俺が見守っている限り怪我はないはずだが、さすがに疲れたのだろう。なんせ第一フロアの各部屋で、対リザード戦闘を五連続だ。


「大丈夫か、マカロン」


 念のため声を掛けると、気丈にも微笑んだ。


「うんパパ。怪我はないよ」

「よし。よく頑張ったな。偉いぞ」


 頭を撫でてやる。


「えへーっ。ほめられちゃった」


 嬉しそうに、剣を鞘に収めた。


「たしかに……強いのう、この稚児は」


 ハルトマンは舌を巻いていた。


膂力りょりょくに劣り、小柄なので間合いも短い。なれど自らの弱点を熟知し、逆に生かして手数で勝負しておる。まさに天性の戦闘勘としか言えん。これならデーモンロードとやり合ったという話も、信じざるを得んわい」

「よくやったわね、マカロン」


 ティラミスがマカロンを抱き締めた。


「ママの自慢の娘、そしてパパの子よ」

「ママ……」


 嬉しそうに、ティラミスの胸に顔を埋めている。


「ねえねえブッシュ、これでこのフロアは終わりだよね。ねえねえ」


 妖精プティンが俺の頭の上を飛び回る。マジックトーチが照らす彼方、この部屋の隅にぽっかり、黒い闇が見えている。


「そのあたり、どうなのですか。ハルトマン様」


 パーティーの軽微な傷を魔法で癒やしながら、ノエルが訊いた。


「いかにも。あそこに見えておるのが第二階層への下りルートよ」


 頷いている。


「なれど皆、戦闘で疲れておろう。少しここで休憩を取ろう。わしも歳じゃしな」


 自分の頭を叩いている。てかハルトマンは八十代。それで第一線の戦士並の動きだったからな。信じられないわ。さすがは辺境騎士団の精鋭だけある。信じられないわ。


「剣の手入れもしたい。柄の血を拭い、刃に油を引いて研ぎ直したいし。にしても……」


 タルト姫に視線を移す。まさに孫娘を見るかのような瞳だ。


「にしても姫、強うなられましたな」

「あら。わたくしはただ、後方からポーションで助けていただけですよ」

「いえいえ。剣を振りかざしたリザード兵の蛇眼で睨まれれば普通、腰を抜かすもの。なれど怯むことなく、適切にポーションを投げておられた。……なかなかできないことです」

「それは……ブッシュ様のお役に立ちたいから……」


 眩しそうに、俺を見つめる。


「わたくしの騎士、ブッシュ様の……」

「これは……」


 ハルトマンは目を見開いた。


「まさか……そのような……」


 俺と姫、ふたりの顔を何度も見てくる。


「してその……父王は……」

「ブッシュ様は、守護神様の危機を救い、隣国ブルトン公国に広がる魔王の企みを潰しました。二度も王国を救った英雄です。つまり……」

「なるほど」


 頷いた。


「ならばこの老兵も、無粋なことは口にしないようにしましょうぞ。いや愉快愉快」


 かっかっと、高らかに笑う。


「我が王国に、このような椿事が起こるとは……いや失礼」


 楽しそうだ。


「それよりハルトマン、次のフロアはどうなんだ」


 俺は口を挟んだ。あんまり姫とのことは掘られたくない。そもそも俺にとっての優先事項はマカロン育成だし。


「厳しい」


 一転、眉を寄せた。


「この祠ダンジョンが龍、ないし竜系なのは話したとおり。第二階層は、サラマンダーの巣になっておる」

「サラマンダー……。ブレス攻撃か」

「ああそうよ。わしも一度第二階層に下りたが、戦士ひとりでサラマンダー三体のブレスをかわし勝利するなど無理。早々に逃げ帰り、以降、第一階層で戦闘を重ね、地下の邪悪な鳴動を抑えようとしてきたのだ」

「そりゃそうだよね、姫様。ファイターにブレス攻撃を防ぐ方法なんてないもん」


 プティンは、姫の胸に潜り込んだ。


「そうですね、プティン」

「山で採取した魔草を用いれば、わずかの間だけはブレスに耐えられる。それで対処しようとしたのだが、しょせん老ファイターひとりではのう……」


 溜息をついた。


「なれど、ブッシュ殿のパーティーがついてくれるとなれば、話は別じゃ。……どのように攻略する」

「ブレス戦は、始祖のダンジョン第三階層で経験したな。対ドラゴンで」


 ノエルの耐炎魔法で助けられた奴な。


「あのパターンで行けばいいわよね。私が耐炎魔法を全員に掛ける。それでブレス一回なら防げるから、その間に敵を無力化すればいい」

「問題は……」


 ティラミスが首を傾げた。


「同時に数体出たときですね。一気に三体から炎を噴かれては防御が破られてしまいます」

「そこはもう手数で攻めるしかないだろう」


 俺は決断した。


「最前線に突っ込む前衛に、俺とハルトマン、マカロン。プティンは俺の胸から攻撃魔法を連打する。これでなんとかするしかない」

「なら私は、耐炎魔法を撃った後に、ボウガンで援護するね。耐炎魔法は五分に一度しか出せないから」

「ノエル、頼む」

「ブッシュ様、わたくしも前衛に立ちます」


 タルト姫が一歩前に進み出た。


「わたくしも王族として、格闘術から防御術、それにひと通りの武術を習っております」

「いや、それは……」


 危険すぎる。さすがに断ろうとしたが、ふと思った。このままタルト姫を「守られるだけのか弱いお姫様」にしていていいのだろうかと。始祖のダンジョンで、王女は自ら一生に一度の誓いを立てて俺とティラミス、それにマカロンを死の淵から生還させてくれた。それだけの覚悟を示してくれた、強い女子だ。それを生かしてあげるのが、姫のためではないかと。


 それに国王もガトー、それにじいも、俺に期待しているのはタルト姫を王者としてふさわしい存在に鍛え上げることだ。


「……わかった」

「ブッシュ、それでいいの?」


 ノエルに見つめられた。


「いい。姫になにかあれば、すべて俺が責任を取る。俺の……命を国王に差し出す」

「ブッシュ様、ブッシュ様の命に関わるというならわたくしは、戦いから身を引きます」

「いや、タルト姫。俺の片腕として、共に戦ってくれ。俺はあんたを信じている」

「ブッシュ様、わたくしを信じて下さるのですね……」


 姫の瞳に、涙が浮かんだ。


「決まりだな」


 黙って事の推移を見守ってきたハルトマンが、初めて口を挟んできた。


「タルト姫、このハルトマン、つくづく感服いたしました。そのお覚悟、まさに覇王の輝きかと存じます」


 豪快に笑う。


「このハルトマン、姫の戦姿を末代までの語り草に致しましょうぞ」

「姫様、大丈夫だよ。あたしと一緒に戦おうね」

「ふふっ……。マカロンちゃん、頼りにしていますよ」

「では休憩後に、ダンジョンを下ろう。みんな、心して準備を頼むぞ」


 俺の言葉に全員、決意の眼差しで頷いてくれた。


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