1-4 第一階層、ウェアリザード戦

「では入るか……」


 古びた祠の前で、ハルトマンは複雑な印を結んだ。手を捻るようにして、何度も印を結ぶと、祠の扉が、轟音を立てて開いた。ほこりが飛び散り、饐えた臭いが広がった。


 祠の奥の壁に、神域を示す小さな象徴が刻まれている。その下にぽっかり、真っ暗な穴が開いていた。あの先がダンジョンだろう。


「私が先に入る。皆は続け」


 俺達を見回し、最後に俺に目を留める。


「ブッシュ殿、姫様の守護、よろしくお願いする」

「わかってる」

「大丈夫だよー、ボクもいるし」


 プティンが手を上げる。念のため、プティンは姫の服に潜り込ませてある。ノエルと俺が、マカロンやティラミス、それに姫を守る陣形を取っている。


「皆の者、続け」


 ハルトマンが祠を潜った。


「この穴はしばらく下る。その先で大広間に出る。そこが第一階層。入ったところで陣形を整えよう」


 暗闇を歩きながら、背中で語る。俺達の頭上にはマジックトーチが灯り、薄暗い洞窟を照らしている。


「わかった」

「下りは地面が滑る。足元に注意せよ」


 じっとり湿気ったダンジョンを、ゆっくり第一階層に向かって進んだ。ひたひたという俺達の足音が響く。なんだか蒸し暑い。最奥部にマナ溢れる地脈があるせいだろうか。


「よし。全員、陣形を整えろ。警戒陣形だ」


 第一階層に全員が到達すると、俺が命じた。


「ダンジョン最奥部は、下の階層だ。地脈が乱れモンスターが跋扈するようになってから、私はこの第一階層でなんとかそれを防いできた」


 ハルトマンはじいさんだが、戦場に立つと身も心もしっかりしているのがわかる。瞳も意欲に溢れている。革袋の水を飲むと、続けた。


「だがそれはあくまで対処療法。根本的解決のためには、最奥部に踏み込む必要がある」

「わかっているわ、ハルトマン。ブッシュ様やマカロンちゃん、ティラミスさんが解決してくれますよ。わたくしやノエルも、もちろん力になります」

「ブッシュ殿はともかく、マカロンちゃんやティラミスちゃんは子供ではないですか、姫」

「あら、そのマカロンちゃんが、デーモンロードの首を落としたと知っても、そんなこと言えますか、ハルトマン」

「デーモン……ロードですと……」


 目を見開いた。


「そんな馬鹿な。魔族でもトップクラスの魔物ですぞ。正規軍一個師団を全滅させたことすらある……。第一、この子では首まで届かないではないですか」

「そこはブッシュファミリーの技よ。私も見てたからね」


 ノエルが口を開いた。


「それにティラミスはブッシュさんの嫁だよ。子供なんかじゃない」

「えっ……」


 さすがに絶句したか。まあそりゃそうだな。どうみても子供ふたり連れた男やもめって感じだしな、俺。


「あくまで形だけですけれどね」


 姫が付け加えた。


「そ、そう。……あくまで形だけ。……忘れてたわ」


 ノエルはどぎまぎしている。


 姫の胸から顔を出して、プティンは、俺達の会話をにやにや顔で聞いていた。趣味の悪い奴だ。


「それならまあいいか。ブッシュ殿、陣形はこれでいいのだな」

「ああ。あんたはこのダンジョンをよく知っている。悪いが先導を頼む」

「もちろんだ。……皆、我に続け」


 抜剣すると、ゆっくり進み始めた。すり足で。


 陣形はこうだ。先頭がハルトマン。次に俺。俺の背中に隠れるように、姫(と妖精プティン)。その背後がティラミスとマカロン。殿しんがりで背後を警戒する役はノエルだ。もし戦闘が始まれば、後ろに敵がいないなどの状況に応じて、ノエルが中衛まで上がる段取りになっている。


「この第一階層は、比較的単純な構造になっている。中規模の部屋を細い通路が結んでいるだけだ。だが……単純といっても侮ると危険だ。どこも似たような感じなので、逃げ出して混乱すると、現在の場所がわからなくなる可能性がある」


 歩きながら、ハルトマンは説明を続けた。ひそひそ声でもないのは、まだ会敵の危険性の薄い地域なためだろう。


「登場するモンスターは、蜥蜴とかげ系が多い。リザードや大蜥蜴、このあたりは楽な敵だが、たくさん出てくると厄介だ。噛まれると毒が回る。それに――」


 リザードファイターやリザードアーチャーといったウェアリザード系の戦士、稀にリザードメイジというウェアリザードの魔道士が出る――と、続ける。


「もっとも危険なのはリザードキングやリザードロードだ。どちらも私は一度ずつしか遭遇してないが、辛うじて倒せたのが僥倖と感じられるくらい、強い」

「リザードばかりなのは、なにか理由があるのかしら」

「それはですね、姫。おそらくここが地下ダンジョンだからではないかと。穴蔵住まいのモンスターですからね、リザード系は」

「あと、地脈の関係もあると思うよ、ボク」


 プティンが声を張り上げた。


「ここは王都の南西、裏鬼門を守護する祠でしょ。封じる色だって『紫』だ。紫は古代では龍脈の象徴。ここの地脈は龍脈なんだよ、きっと」

「そういや、六つの祠は全て別の色を封じているんだったよな」

「そうそう」

「ここは龍脈の祠ということね」

「たしかに……感じます」


 ティラミスがぽつりと言う。


「なにか……龍……または竜の気配を……」

「だからトカゲ野郎が多いのか」

「そういうことだ、ブッシ――抜剣っ!」


 突然、ハルトマンが大声で叫んだ。


「リザード兵っ! ファイター三、アーチャー五っ。変則編成だっ」


 前方の暗闇に、きらりと光る丸い物体が動いている。あれは……竜兵のメタルヘルメットだろう。


「まずはアーチャーを潰せっ! 遠距離攻撃をさせるな」


 俺は叫んだ。


「プティンが魔法、ノエルはボウガン。ハルトマンは前衛タンク。立ち塞がって後衛を守護しろっ」


 指示を与えながら駆け出した。俺は一刻でも早く敵陣に斬り込み、敵の間接攻撃を混乱させないとならない。


「パパーっ!」


 すぐ後ろから、マカロンの声が聞こえる。俺と一緒に斬り込み隊になったのか。


 まったく、とんでもない子供だよ、お前は……。


 戦いの興奮と恐怖の隙間を衝いて、自然と笑いが込み上げてきた。おもしれー。これがゲームの主人公戦か……。


 気がつくと、俺は大声で叫んでいた。剣を構えたリザードファイターの群れに突っ込みながら。



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第一話:「1-1 最底辺孤児の俺が入手したアイテムが、世界一稀少だった件」

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