1-3 王国鎮守の祠――裏鬼門――

「そういうことでしたか……」


 ハルトマンの話を聞くと、タルト姫はほっと息を吐いた。


 ボロ屋で、ハルトマンは精一杯俺達をもてなしてくれた。……つっても、裏庭に流れる澄んだ岩清水だったけど。とにかくうまくて、疲れが取れる。おそらく地脈からマナが流れ込んでいる水だろう。


 とにかく、わかったのはこうだった。


 ハルトマンはかつて、王国辺境騎士団の重鎮として業務に就いていた。機動力に優れた辺境騎士団は、王国の隅々までを行動範囲とし、様々な揉め事を解決しては王宮に報告に戻る。それだけでも大活躍だが、それ以外にも秘密の任務があった。それは、王宮を中心にして東西南北、そして鬼門である北東、裏鬼門たる南西の六か所に置かれた鎮守の祠管理だった。


 辺境を突き進む毎日で、王宮で過ごした日は少ない。ハルトマンがタルト姫を知っていたのは、はるか昔、まだ子供の頃のタルト姫と王宮で遊んだことがあったからだという。


「言われてみれば……お顔になんとなく見覚えがあります」


 タルト姫は、老騎士に微笑んだ。


「たしか……王宮の中庭ですよね」

「はい。姫様は私のような無骨な武人にも甘えてくれて……」


 楽しそうに、ハルトマンは思い出を語った。


「でも辺境騎士団といえば、王国最精鋭の猛者よね」


 ノエルが口を挟んできた。


「なにしろ家庭を持つことすら難しい任務だし、強い意志と戦闘力、友情で結ばれた。なぜそこから離脱したの」

「そうだよ」


 妖精プティンも首を捻っている。


「今でこそ老けてるけど、この地に落ち着いたのは十数年前でしょ。まだまだ第一線のはずじゃん。なんでこんな田舎で老後ライフみたいなことしてんのさ」


 いやプティン、少しは口を慎め。


「これは厳しいな」


 ハルトマンも苦笑いだ。


 これは王国にとって重要な秘密なのだが……と、一瞬だけ考えた。


「だがタルト姫様も参加する冒険パーティーという特別な存在だ。明かしてもいいだろう」


 ほっと息を吐くと、ハルトマンは語り始めた。王国の繁栄を支える秘密の存在を。


「先程も明かしたように、王国には古来、六か所の祠が存在する。ここで私が管理しているのも、そのひとつ。裏鬼門――南西の祠、『紫』になる」


 王国の興隆に陰りが見えたのは、二十年前。王属魔道士の研究により、鎮守の祠のパワーに衰えが見られるようになっていると判明した。辺境騎士団は再編され、年齢の高い騎士六人は騎士団を離れた。もちろん、各地に散って祠に常駐、管理をして地脈のパワーを高めるためだ。


「だからこんな山の中で腐ってたのかー」


 プティンはうんうん頷いている。


「これはどうにも……妖精様には負けるな」


 呆れたように笑うと、続けた。


「そんなわけで残りの人生をここで王国に捧げてきたわけですが、ここふた月ばかり、祠が封じた魔物が地下で暴れ出しているようで……」

「それは聞いたわ、ハルトマン。あなたはそれで苦労していると……」

「はい、姫様」


 素直に認めた。変に隠さないのは、さすが武人。正確な状況を関係者で共有しないと、正しい戦略も取れないからな。これは国王にも重用されたことだろうよ。


「どうでしょう、ブッシュ様……」


 タルト姫に見つめられた。


「そうだな……」


 なにも言われなくても、意図はわかっている。俺は考えた。王国の危機なら、協力したい。それに魔物戦となれば、いくら歴戦の勇者とはいえ、ハルトマンひとりには荷が重いのもたしかだ。


 それに……。


 マカロンの教育にもいい。なにせハルトマンは、老けたとはいえ王国トップクラスの戦士だ。その戦い様を間近にすれば、未来の勇者にとって、貴重な経験になるだろう。


 危険なのはたしかだ。だが、俺達には権現神体であるティラミスだっている。


 じっと俺の決断を待っているティラミスを、ちらと見た。黙ったまま、ティラミスは頷いてくれた。


 結論として、俺達に背負えないほどのリスクではない。それに……どうしても厳しければ逃げ帰ればいい。ハルトマンとタルト姫の連名で王宮に至急報を飛ばせば、国王が精鋭を派遣してくるだろうし。


「よし。俺達も参加する。ハルトマン、一緒に謎を探ろうぜ」

「そう言ってくれると思ったわい」


 戦いの予感からか、ハルトマンの瞳が輝いた。さすがは辺境騎士団の猛者だ。



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