1-2 老騎士ハルトマン
「家族の危機というのは、どういうことですか」
「はい、ブッシュ様……」
椅子に落ち着くと俺達の宿屋の主人が、俺達を見回した。ティラミスが水差しから茶を注いで目の前に置く。
「家族……といっても、『家族同然』という意味です。その……放浪の老騎士様でして。もう十何年も前から、村外れでお暮らしです」
「へえ……」
話はこうだった。十数年前、この宿に、ひとりの騎士が顔を出した。なんでも流れ者という話で、近くで住める空き家はないかとの相談を受けた。もうかなりの歳だったが眼光鋭く筋骨隆々としており、只者ではない様子。身内が揉めてひとり旅立ったとのことで、落ち着ける場を探しているという。
一軒のあばら家を紹介するとそこに居着き、農民の迷惑にならないようにと、荒れ果てた土地を開墾して作物を育て、野鳥と野良猫を友として暮らしているという。
根城の近くには、草に埋もれた古代の祠がある。彼の趣味は、その祠に手を入れること。雑草を抜いて場所を整え、鎮魂効果のある野草を
田舎暮らしにすっかり馴染んだかに見えた老騎士だったが、ここふた月ほどは疲れを口にするようになり、めっきり衰えたという。
「まあ……。ご病気でしょうか」
心配げに、タルト姫は眉を寄せた。
「いえ……、当人が言うには、どうやら祠で封じている魔物が活発化したそうで」
「魔物が……」
ノエルが唸った。
「ティラミス……」
「はい」
俺が振ると、ティラミスは瞳を閉じた。しばらくして目を開く。
「たしかに……地脈の乱れを感じます。なにか……悪い兆候かと」
「騎士様は優れた人格者。慕う村人も多い。私共もそうです。長年、家族同様に思っていた騎士様の危機であれば、なんとかしたい。ですから……」
俺を見つめる。
「ブッシュ様は冒険者とのこと。一度、騎士様のところに顔を出してはいただけないでしょうか」
「魔物絡みか……」
皆、俺の言葉を待っている。考えた。
魔物退治というなら、兵案件だ。ここから王都のじいに早馬を飛ばさせて、兵を派遣してもらうことは可能だろう。それだってなんとかはできる。というか正攻法だ。
だがそれだと、俺達の偽装がバレかねない。それにそもそも、そうした「金と権力に明かせた」解決でいいのだろうか。
はっきりしているのは、マカロンの教育には悪いということだ。俺はマカロンを、立派な勇者に育てる義務がある。それに今は姫への為政者教育だって、国王から託されている。タルト姫やマカロンに、安易な道を示してはならない。ここはひとつ、俺達の力でなんとかしてみるべきだろう。少なくとも初手では、それを試してみるべきだ。
「では一度、話を聞いてみよう。なにか解決策が見つかるかもしれない」
「ブッシュ様……」
タルト王女に、手を握られた。
「ありがとうございます。民草の悩みをブッ――」
「ああ任せろって」
大声で遮った。この調子で話されたら、誰か偉い人のお忍びだって、あっさり見破られそうだからな。
●
翌朝。村外れから草深い獣道を辿ると、話に聞いていたとおりのあばら家が見えてきた。廃屋も同然のボロ屋だったがしっかり手入れされ補修されており、住むには心地良さそうに見えた。
――なーん……――
「わあ、猫ちゃんの声だ」
マカロンが駆け出した。
――なーんご――
「あたしバッタをあげる」
いつの間にか捕まえていたバッタを手に、駆け出す。
危ないから――と言おうとして、止めた。勇者を過保護に育ててどうする。転んで怪我するくらい、むしろさせておいたほうがいい。まあ無闇やたらにバッタを食べたがるのは止めさせたいが……。
「猫ちゃんゴロゴロー」
追いつくと、もう猫を抱いていた。痩せた三毛猫だが、嫌がりもせずに抱かれてごろごろ言っている。汚れてはいるが毛並みは整っているから、野良にしても誰かが手を入れてやっているのだろう。食べさせるのは中止したのか、バッタは猫の頭に留まって、マカロンの手が動くのを見ている。
「かわいい闖入者だ……」
ボロ屋の縁側に腰を掛けた男が、瞳を細めてマカロンを見つめていた。老騎士って奴だろう。想像以上に歳だ。八十代くらいだろうか。総白髪で顔には皺が目立つが、それでも腰は曲がらず、筋肉の着いたたくましい体をしている。騎士とは言ってももちろん、今は野良着姿だ。
「マカロンよかったわね。猫ちゃんがいて」
ティラミスが声を掛けると、庭先に立つ俺達に、男が視線を向けた。
「これはこれは……千客万来か。……って」
目を見開く。
「タ、タルト王女」
やばっ! 偽装があっさり露見してるじゃん。
「姫様、どうしてこんなところに……」
瞬時に、尊敬の礼の形を取る。
「私はハルトマン。お久しぶりでございます」
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