第三部「王女の秘密」編

第一章 辺境の老剣士

1-1 「たかいたかーい」地獄

「ふう……」


 チェックインを済ますと宿屋の大きな寝台に、俺は倒れ込んだ。今日は長時間馬車で揺られたので、さすがに疲れた。


「ブッシュさん、今、お茶を淹れますね」


 水差しの水に、ティラミスが粉茶を溶く。テーブルに、ノエルが木のカップを並べ始めた。タルト王女も手伝っている。


 王女とはいえ、冒険中はパーティーの一員。覚悟を持って参加しただけに、それこそ食材の準備から食器洗いまで、王女自ら進んで担当してくれている。


 王宮を旅立ってすでに一か月。俺達は旅仲間としてのスキルを着々と上げていた。


「ねえパパ」


 茶を一気に飲み干すと、マカロンが抱き着いてきた。


「たかいたかーいして」

「マカロン、パパはお疲れですよ」

「いいんだよティラミス。……ほら」


 マカロンの小さな体を抱え上げてあげた。


「たかいたかーい」

「あははははっ」


 天井に向け、放り投げ、受け止める。飛行機のように両手を広げて、マカロンは喜んでいる。


 まあ将来の勇者とはいえ、今は六つかそこらの子供だもんな。かわいいもんだ。


「たかいたかーい」

「すごーい」

「たかいたかーい」

「パパ、大好き」

「たかいたかーい……たかいたかーい」


 十回もやったから疲れた。でもまあ娘に甘えられると幸せを感じるんだ。辛くもなんともないわ。


「……ブッシュさん」


 ティラミスが俺の手を握った。


「おう」

「あの……私も……」

「……」


 思わずまじまじと顔を見ちゃったよ。ちょっと恥ずかしげだけど、冗談を言った顔ではない。


 ティラミスはなんといっても異世界から現れた元神様だ。今は人間同様の体になったとはいうものの、感情は薄かった。こうして遊びたいという欲求が生まれたのはいいことだ。形としては俺の嫁だから「たかいたかーい」はちょっと変だけど、冷静に判断すれば十代の外見だし、言ってみれば俺の娘も同然だ。そこまで不自然ってわけでもない。


 それでも十代の娘を「たかいたかーい」は違う気もする。でもせっかく生じた感情や人間らしい欲求を、俺は大事にしてあげたかった。


「だ、だめでしょうか」

「おいで、ティラミス」


 胸に当たらないように注意して抱き上げる。


「たかいたかーい」

「……」

「た、たかいたかーい」

「……」

「……それっ!」

「……」


 三回が限度だった。マカロンとは体重が段違いだ。俺の腕はもうパンパンだ。


「……ありがとうございます。ブッシュパパ」


 無言ではあったけど、嬉しかったみたいだな。頬が紅潮し、楽しげに笑っているし。


「はあはあ……いつでもやってやるよ……はあはあ」

「……」

「……」

「……って」


 俺の脇に、タルト王女とノエルが立っていた。順番待ちをするかのように。王女の胸には、妖精プティンが腰を掛けている。


「……え?」

「わたくしたちも、ブッシュ様のパーティーメンバーですし」

「そうですよね、姫様」

「嘘だろ」

「早くやってあげなよ、ブッシュ」


 プティンはもう楽しくて仕方ないといった表情。


「いや、お前ら子供じゃないし」

「仲間ですし」

「たた体重だって……」

「わたくし、それほど太ってはおりませんし」

「私もそうだよ」

「いやそうは言っても……」


 もう俺の腕は上がらんわ。たかいたかーいどころか、王女の体に手を回すくらいしかできないのは見えてる。無理して放ろうとすれば、俺に抱き着かせる感じになるに違いないし。


「ブッシュ様……」


 俺の両手を取ると姫様は、自分の胴に回させた。


「はい、たかいたかーい」

「……マジか」

「抱えにくいですか。では……これで」


 俺の首に腕を回してきた。


「お願いします、ブッシュ様」

「いやそんなこと言ったって……」


 この体勢では「たかいたかーい」じゃなく「抱っこ」しかできんだろ、これ。


「ほら、早くしなよブッシュ」にやにや

「プティンお前、煽るんじゃない」

「お客様」


 ノックの音が聞こえた。宿のマネジャーの声だ。


「なんでしょうか」


 正直、ほっとした。


「ブッシュ様御一行は、冒険者の家族旅行ですよね」

「そうですけど」

「でしたらひとつお願いがあります」

「はあ……」

「お願いします。私の家族をお救い下さい」

「えっ!?」


 タルト姫と俺は、顔を見合わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る