ep-5 チューリング国王の決断

「お父様……」


 驚いたように、タルト王女が国王に駆け寄った。


「先程、お別れの挨拶に伺ったではありませんか。それに本日の出立は隠密でしようと仰ったのはお父様です」

「うむ……」


 にこにこ顔で頷く。


「娘の晴れ姿を見たくない父親など、おらんわい」


 晴れ姿……ってことは、王女の同行禁止とかそういう最悪の事態ではなさそうだ。誰にもわからないように俺は、ほっと息を吐いた。


「わ、わたくしの……晴れ姿などと」


 姫の頬が赤くなる。


「ブッシュ殿……」


 国王は俺に向き直った。


「始祖のダンジョン攻略の経緯を聞いたときにも思ったが、ブッシュ殿は頭が切れるのう……。ブルトン公国の陰謀を退け娘の婚約危機を救っただけでなく、今後の娘の人生まで考えてくれて……」

「いえ、俺は別に……」

「いや、見事な戦略じゃ」

「ブッシュはねえ王様、いい男だよ」


 俺の胸から、プティンは両腕を振り回してみせた。


「だから安心してくれていいよ。姫様のこと守ってくれるもん」

「逆だ逆」


 王は苦笑いしている。


「いい男だから心配なのだが……」


 笑顔のまま俺を見る。……てか目が笑ってないんだが。怖っ!


「国王、ブッシュ殿なら姫様をお預けする先として最適です」


 じいが加勢してくれた。


「以前説明したではありませんか。それに姫様も外の世界を見ておくべきです。それがチューリング王国百年後のための最善の手です」

「王様、姫様の幼馴染として、私もお願いします。王宮の外を経験したいという、姫様の渇望にご配慮下さい。このまま壁の中に閉じ込めると、姫様のお心も心配です」

「王、可愛い子には旅をさせろ、だよ」


 相手が国のトップだというのに、ガトーはざっくばらんな口の利き方だ。なにか過去の案件で、王と深く絡んだことがあるのかもしれない。


「お父様、ブッシュ様の人柄についてはわたくしが保証します。ですから今さらそのような――」

「ああ、勘違いするな」


 国王は手を振った。


「どいつもこいつもブッシュ殿の肩を持ちおって。先程、娘の晴れ姿と言ったではないか。いい男だから心配と言ったのは、冗談じゃ」


 ほっと息を吐いた。


「我が娘と我が国の未来を託す男だ。寝取られた父親に、少しくらいは嫌味を言わせよ」

「お父様……」

「まさか新婚旅行が大冒険になるとは思わなかったが……」

「その……」


 恥ずかしげに、タルト王女は視線を伏せた。


「誰もなにも言うな。今のも冗談じゃ」


 はっはっと、国王は笑った。


「ブッシュ殿、我が国の守護神様と娘を託す」


 俺に向き直る。真面目な瞳で。


「その意味がわかるな。チューリング王国の未来を、ブッシュ殿に預けたということじゃ。どうか……いい未来を導いてほしい」


 手を出してきた。対等の立場の相手に対する礼だ。臣下でも他国の王子でもあり得ない。国家君主同士としか交わさないはずの。周囲がどよめく中、俺は王の手を握った。


「保証はできません。俺の目的は、マカロンを育てることだ。ただ……姫も王国も幸せになるよう、全力を尽くします」

「うむ……」


 俺の目を見つめたまま頷いた。いや国王、眼力凄いわ。思わず逸したくなったが、なんとかこらえた。


「よろしく頼む」

「ブッシュさん、そろそろ王宮を出ましょう」


 頃合いを見て、ティラミスが俺の袖を引いた。


「今がいちばん、運命の流れがいいです」

「ティラミス殿――守護神様、くれぐれもよろしくお願い致します」


 しゃがみ込むと国王は、マカロンにも手を差し出した。


「マカロンちゃん、娘をよろしく頼むね」

「大丈夫だよ、おじさん」


 国王の指を握ると、マカロンはぶんぶんと振り回した。握手のつもりのようだ。


「パパもママも世界一だからね。お姫様も安心だよ。お腹が減ったらあたしがバッタを獲ってあげるし」

「おお、バッタ」


 国王はもう大喜びだ。


「それはおいしそうだ」

「でしょ。今度おじさんにもあげるよ。脚だけもいでおけば、素人でもおいしく食べられるから。あたしは脚ごと食べるんだよ」

「うむ。わしも若い頃の修行の折、戦場で飢えたことがあった。そのときマカロンちゃんがいてくれたら、助けになったであろうのう……」


 孫娘を見るかのように瞳を細めた。


「これなら娘も安心だわい」


 俺達は、馬車に陣取った。御者席に俺とノエル、室内にティラミスとマカロン、それにタルト王女。国王とじい、ガトーとムキムキ近衛兵は、並んで俺達を見守っている。


「お父様」


 馬車の窓を開けると、姫様が顔を出した。


「旅先から手紙を書くわ。たくさんたくさん書くから」

「楽しみにしておるぞ」


 手を振る姫様に、国王も応えている。


「行きましょうか、ブッシュ」


 ノエルが手綱を絞った。


「頼むよ、ノエル」

「うん」


 馬車はゆっくり進み始めた。


「ねえねえブッシュ、お昼はどこで食べる、ねえねえ」


 俺の胸から、妖精プティンが見上げてくる。


「もう昼飯の心配かよ、プティン。王都の中央で店なんか入れないだろ。いくら変装してても、タルトが顔バレしたら騒ぎになる。『姫様はもう遠縁の王国に滞在しているはず』――って」

「でもお腹減ったもん、ねえねえ」

「安心しろ、適当な広場に停めて、馬車の中で携行食を食べるから」

「それなら安心だね、ねえねえ」


 王宮の大門が、音と立てて開く。俺達の馬車が門を出る。ちらと振り返ると、王はまだ手を振り続けていた。


「ブッシュ様」


 仕切りの扉をずらすと、タルト王女が身を乗り出した。いきなり、俺の首に手を回して抱き着いてくる。背中に姫様の柔らかな胸を感じた。


「ありがとうございます。わたくしを連れ出してくれて」


 耳元で囁いてくる。


「約束だったからな」

「ブッシュ様と共にいられてわたくし、幸せです」


 ひそひそ囁かれると、くすぐったい。


「姫様……この先、いくらでも話せますよ。しばらくは中で我慢なさいませ」


 思わずといった様子で、ノエルが苦笑いした。


「道中は私にもいちゃつかせて下さいませ」


 手綱を持っていないほうの手で、俺の手を握ってきた。


「あら……」


 それを見て、姫も笑っている。


「それもそうね。嬉しすぎてわたくし、先走りすぎたわ。夜だってあるものね」

「パパーっ」


 マカロンが御者席に飛び出してきた。俺の脚の間に座り込む。


「あたし、ここがいい。お馬さん見るの」

「わかったわかった」

「ブッシュさん、行きましょう」


 ティラミスも顔を出す。


「王都を出るまでは大通りを通りましょう。王都の城壁を出たら、道は三方に分かれます。どの道を選ぶのかは、ブッシュさんが決めて下さい」

「そうだな……」


 パーティーの仲間に取り囲まれ、俺は考えた。


「南を選ぼう。真夏の海辺で、人生を楽しもうじゃないか」

「いいわね」

「いいね、ねえねえ、いいね」

「ブッシュ様のお気持ちなら」

「運命が動きますね、これで」

「パパ、あたしアイス食べていい?」

「ああいいぞ、みんなで食べようじゃないか」


 歓声に包まれた馬車が、大通りを進む。俺達を待つ、新たなる運命に向けて。




●次話から第三部「王女の秘密」編(仮題)に入ります。フィールドに出てブッシュの子育ても本格化。西部劇のようなウィルダネスライフを満喫する展開になるんじゃないかな。お楽しみにー。


物語が大きく一段落したので、更新頻度が週1程度に落ちます。空いた分の余力を新作執筆につぎ込むので、そちらも乞うご期待。そちらの公開は多分夏ごろかな。。。

仮タイトル:二周目の俺、「自分と自分」の死亡フラグを折りまくる

現在3万字程度執筆済みです。



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