3-6 幽閉
「あぁ、緊張する」
娼館の反社親父とクイニー(+隠れたプティン)が消えると、ノエルはほっと息を吐いた。
「私、娼館なんて入ったことないし」
「俺もだ」
「本当?」
疑いの瞳やめれ。いや俺、前世でさえ接待キャバ止まりだし。素人童貞どころか、パーフェクト童貞だったからな。転生後も、もちろん変わらん。なぜか童貞のまま娘ができた、大笑いな謎のレアケースなだけで。
「それよりこれからだ」
「そう、それよ」
「大丈夫。きっとクイニーさんがちゃんとやりますよ。ほら、座って待ちましょう」
マカロンとふたり、粗末な寝台に腰を下ろすと、隣をぽんぽんと叩いた。
「ティラミスはそう言うが、あいつ意外に抜けたとこあるしなあ……」
作戦はこうだ。帳場には客や女を捌く
もちろん見張りだの用心棒だのいるだろうが、そんなのプティンの魔法で眠らせればいい。それ以上に歯向かってくるなら、倒すしかない。なに、女を売り買いしてひどい目に遭わせている連中だ。最悪、殺したって構いやしない。自業自得だわ。
「まあ、焦っても仕方ない。落ち着いて待とう」
「そうね」
俺の隣に、ノエルも腰を下ろした。
踏み込んだ場で、オーエンとアランの言い訳を俺は聞く。それがふたりの評価となる。そのまま逃げ出して、速攻でチューリング王国に逃げ帰る。そしてタルト王女に報告する。
ただ単に女を買っただけなら、まだ許せる余地はある。だが受け答えが極悪なら、縁談を断るように進言する。縁談を断るにはそれ相応の理由が必要だが、なに嘘でもでたらめでもいい。ブルトン公国は勃興中とはいえ、国の格としてはチューリング王国のほうが上だ。多少無理筋の口実でも、なんとかなるだろう。
「アランが女を買っていた」はもちろん、理由にはできない。そんな事したら、俺達が王国の意を汲んで暗躍していたことがバレるからな。大揉めになるわ。表立っての理屈を作らないとならない。
旅の一家は、仮の姿だ。この任務を終えると消えるのだから、ここで多少暴れても問題はない。
「遅いわね」
ノエルがやきもきし始めた。
「まあ焦るな」
膝に乗せたマカロンを、俺は後ろから抱いてやっていた。手を上げたり下げたりして、マカロンは謎の遊びで楽しんでいる。
「いずれ戻るだろ」
だが、たしかにクイニーはなかなか戻ってこなかった。さすがにおかしいと思い始めた頃、扉が開いた。
「お前ら……」
顔を出したのは、にこにこ顔の男だ。笑っているが、体格はいい。用心棒の類が、下働きをしているのだろう。
「飯を食わしてやる」
数人入ってきた。どいつもこいつもガタイがいい。ひとり、魔法使いと思われる痩せ男もいたが。
「クイニ……クインは?」
「あいつは食堂で待ってる」
「そうか……」
素早く動いたひとりの男が、いきなりマカロンをひっつかんだ。首筋にナイフを当てている。
「パパーっ!」
「くそっ!」
立ち上がった俺は、たちまち数人に押さえ込まれ、床に倒された。
「暴れるんじゃねえ、このガキを殺すぞ」
「てめえっ」
「お嬢さん方も、大人しくな。あんたらは商品だから傷つけたくはないが、最悪、殺してもいいと許可は取ってある」
「クイニーが裏切ったの?」
ノエルが叫ぶ。
「誰だそれ……ああ、クインのことか」
鼻で笑っている。
「あの馬鹿なら、もう押さえた。おい」
顎で命令すると、手下が俺達の体を探った。にやにやしながら、役得とばかり、女は特に念入りに。ノエルと違い、ティラミスは特に嫌がりはしない。無表情に相手を見つめているだけだ。
「兄貴こいつ、武器を隠してやした」
俺の荷物から、剣を三本抜き取った。
「これだから素人は」
兄貴と呼ばれた用心棒は、鼻を鳴らした。
「ヒモひとりのくせに、三本も持ってきてどうする。かえって戦いにくいだろ、阿呆」
ノエルやましてやマカロンまで剣遣いとは思えないんだろうな、この脳筋馬鹿だと。
「わ、わかった。俺の負けだ。……もう暴れない。放してくれ」
とりあえず拘束を解かないと、なにもできない。俺のことを馬鹿と見下しているなら、そのほうが都合がいい。野郎に隙が生じるからな。
「お前らの命は、こっちが握っている。それを忘れるな」
腕ごと胴を縛られて、俺は寝台に放り出された。
「なにかあれば、このガキを殺すからな」
「パパ……」
喉にナイフをつきつけられても、マカロンは怯えてはいなかった。むしろ俺を心配している瞳。さすが肝が座っている。
といっても、状況が厳しいのは変わらない。用心棒だけに相手に隙はない。狭い部屋だし、武器は手元にない。攻撃魔法を使えるプティンは居ない。圧倒的に不利だった。
「おい」
リーダーが顎をしゃくると、クイニーが蹴り飛ばされてきた。俺と同様、縛られている。椅子に
「痛えなあ……もっと優しくしてくれよ。あんたらにはこれまで何度も稼がせてやったろ」
唸っている。
「プティンは……」
「ああ、妖精か。ほらよ」
部下が、虫籠のようなものを掲げた。金属製で、中にプティンが閉じ込められている。
「こいつは魔導鋼鉄製だ。妖精は鉄に弱いからな。中にいる限り、魔法は使えない」
「ごめんブッシュ」
檻を掴んで揺すっている。
「ボク、隠れてるのバレちゃった。相手に魔道士がいたんだ」
「妖精は危険だからな。一瞬だけ硬直させる魔法でクイニーごと気絶させて、檻に入れた。さて……」
椅子を掴むと逆向きに座り、顎を背に乗せた。
「お前ら何者だ。なにしに来た」
「……俺達を殺すのか」
「まさか」
一笑に付された。
「そんなもったいないことするかよ。まあ……心配は無用だ。女は魔法で魂を抜いて使うから。生気が失われて客に不評だから、普通はそこまでやらん。だが、お前らは正体不明だからな」
「あんたの言う通りなんかにならないから」
「おう、元気のいい姉ちゃんだ」
ノエルを見てにやにやしている。それから俺に視線を移した。
「で、ブッシュとやら、目的はなんだ。やっぱり金か」
「そ……そうだ」
わざと悔しそうな表情を浮かべ、俺は
「ここは高級娼館。でかい金が集まると、クイニーに聞いた。しかも今日は月末だから、なおのこと。忍び込んで金庫破りをするならベストの日だ。山分けの条件で、クイニーと握った」
「簡単に破れると思うのか、阿呆。こっちには魔道士がいる。金庫は当然、魔法で封印してあるぞ」
「それは……妖精ならなんとかできるかと」
「なるほど、だから連れてきたのか。馬鹿なりに考えたもんだな。……まあ、間抜けの戦略ってことに違いはねえがな」
大笑いしやがった。だが、こっちは馬鹿だと思わせておいたほうがいい。間抜け面をして、俺は唸ってみせた。
「よし。ブッシュとかいうお前とクイン……いやクイニーか、ふたりはしばらく生かしといてやる。女に因果を含めるまではな。この妖精は……」
鉄籠を持ち上げて中を覗き込んだ。
「なんか裏がありそうでヤバいんで、買い手を探すか。好事家がいるからな。コレクターとか」
「ここから解放されたらボク、あんたを許さないからね。八つ裂きだよっ」
「おお、活きがいいな。いずれ『蟲』を使って洗脳するか……。さて、まずはお前だ」
ノエルを指差した。
「お前は薬いらんな。ティラミスとかいうガキと違って、分別があるだろうし。今晩から客を取ってもらおう」
「嫌よ」
「断ればこのガキを殺す。あとお前のヒモも」
俺達を見回した。
「まあ……しばらく考えろ。おいヒモ、ちゃんと言い聞かせろよ」
それだけ言い残すと、連中は消えた。見張りすら残さないから、俺達を精神的肉体的に制圧する自信が、よほどあるんだろう。
「くそっ」
俺は頭を振った。敵の本拠地に全員捕まり武器も無く、プティンは封印されてしまった。絶望的なこの状況から、どうやって脱出すればいいってんだ……。
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