3-5 娼館潜入

「娼館だと……。男やもめのブルトン公オーエンはともかく、まだ若いアラン公子までがか」


 俺の疑問に、クイニーは肩をすくめてみせた。


「聖人君子でも、男は男ってことさ。ブッシュの兄貴なら、男の生理はわかるだろ。俺が掴んだ情報だと、今晩も顔を出すって話さ」

「ねえパパ、しょうかんってなあに」


 マカロンが俺の袖を引いた。


「お、おいしい料理を出す宿屋だよ」

「わあ。あたしもしょうかんに泊まりたい」


 しくじった……。


「お、お前が大きくなったらな……ああいや、大きくなってもダメだわ」


 しどろもどろになったわ、クソっ。


「どうだ。面白い情報だろ」


 クイニーは鼻高々だ。


「ノエルの姉御も、そろそろ剣を収めてはくれまいか」

「ノエル」

「わかった、ブッシュ」


 わざとらしく大きな音を立てて、鞘に収めた。


「でもあんたが怪しい動きをしたら……わかってるよね」

「その娼館は、『ディアナの館』ってんだ。女神の名前を付けるとか、図々しいだろ」


 俺達を見捨てて逃げたお前が言うな。


「兄貴が調べたいなら案内するぜ。『ディアナの館』はVIP専用の高級娼館。そこらの一般人は、顔すら出せないからな」

「お前は顔が利くのか」

「蛇の道は蛇って奴よ」

「ねえねえブッシュ」


 妖精プティンが飛んできた。俺の肩に留まる。


「ブッシュはどうしたいの、ねえねえ」

「そうだな……」


 俺は考えた。今のところ、タルト姫の縁談に反対すべき情報はない。娼館通いは、初めて見つかった瑕疵だ。クイニーの言うように、男が女を買っても、それは致命的な欠点とは言えない。特にここは現代社会ではなく、弱肉強食の異世界だし。だが……。


「その情報の真贋は確かめたい。娼館通いだけでなく、別の問題が発見できるかもしれないしな」

「では、私達でその宿に顔を出しましょう」

「……ティラミス、お前は娼館ってどういう場所か、知ってるのか」

「ええ、ブッシュさん。私は五年も人間暮らししていました。都市の片隅で。下世話な話も、もちろん耳に入ってきます」

「なら行こうよ。おいしいお菓子を食べに」

「マカロン、あなたは……」


 ティラミスが、そっと背中から抱いた。


「あなたはお留守番よ。ここでおいしいお菓子をたくさん頼んでおくから」

「嫌だよ。あたしも行く。あたしはいつでもパパやママと一緒だもん」

「どうする、ブッシュ」


 ノエルに見つめられた。


「クイニー、お前はどうやってその娼館内部を探るつもりなんだ。それ次第だな」

「そう来なくちゃ、ブッシュの兄貴」


 得意げな顔で、クイニーは説明を始めた。


「まず、事前に俺が例の親子が娼館に来る日を探っておく。そしてその日……」


          ●


「きっついなあ……、ブッシュの兄貴」


 クイニーは、苦笑いをしている。


「お前は信じられないからな。裏切ったら、今度こそ殺す」

「わかってるって。裏切りゃしないさ」


 クイニーの服には、プティンを忍ばせてある。怪しい動きをしたら、即座に魔法で攻撃を加えるために。


「借りを返すために来たんだからな、俺は。悪党の世界では、仁義の貸し借りってのは重要でね。下手打つと、殺されても文句は言えねえ。……だから妖精は外してくれよ。背中がくすぐったくていけねえ」

「裏切らなけりゃいいだけの話。お前の行動次第だ」

「へいへい。……ほら着いたぜ、ここだ」


 高級娼館というから、ど派手な外観の売春宿だと思っていた。でもここは違う。普通に貴族の館って感じだな。広い庭や前庭がないだけの。顔見世の桟間とかもないし。


 たしかに歓楽街の一角ではあるが、夜空にギラギラの照明を照らした他の店とはぜんぜん違う。通りの端なので、船道具を売買する卸が並ぶ隅と言ってもいいくらいだ。


「わあ、ここにおいしいお菓子があるんだね」

「マカロン、お菓子は帰ってから食べましょうね」


 しゃがみ込むと、同じ視線の高さで、ティラミスが言い聞かせた。


「今はパパのご用事よ。パパに恥を掻かせてはいけません」

「うんママ。あたし我慢するよ」

「眠いけど、もう少し頑張ってね」

「大丈夫。冒険の間ならあたし、ひと晩くらい眠らなくても平気だもん」

「いい子ね」


 頭を撫でてやっている。実際そうだ。ゲーム小説世界の主人公補正があるためか、冒険中のマカロンは五歳児とは思えない忍耐力や精神力を発揮する。


「では行きやすぜ、兄貴。準備はいいっすか」


 防具は無理だが、万一に備えて武器は携帯してきた。といっても腰から剣をげては警戒されるので、背負った荷物の中だが。背中の包みを触り、中身を念のため再確認した。


 よし、問題はない。


「行け、クイニー」

「御免……」


 扉の前で、クイニーは大声を出した。


 なんの反応もない。しばらく待っていると、扉が軋んだ。


「おうクインか」


 顔を出した男が、俺達を見回す。クイニーは、ブルトン公国ではクインという偽名を使っている。そりゃチューリング王国でしでかした、どでかい不始末で逃げる身だからな。身バレは避けたいだろうさ。


「なんかヘンな連れがいるが、なんか用か。お前に頼みたい裏のブツは、今はない」


 四十絡みの渋いおっさんだ。上物の服を身に着けてはいるが、瞳は濁っている。酒で荒れているのか、過去がヤバいんだろう。


「へへっ旦那、今日はいい玉をご紹介って奴で」

「女を売りたいのか。前に出せ……」


 扉を大きく開くと、中から漏れる明かりで、ノエルとティラミスを検分する。


「こいつは、なかなかの上玉じゃねえか。田舎臭い格好だが、服選べば人気になるな。んでこいつは……」


 ノエルからティラミスに視線を移した。


「店に出すには、ちょっと若けえな……」


 一瞬だけ顔をしかめたが、それからニヤけた。


「だがまあ、それはそれで需要はあるか。ひとり、ガキ好みの金持ちが居てな。それで……」


 俺を見た。


「こっちの男とガキはなんだ」

「へい旦那。ブッシュさんは、ふたりの『色』でして」

女衒ぜげんか……。うまいことガキまでたぶらかすとか、たいした野郎だな」


 俺に顎をしゃくった。


「おいブッシュとやら、うちに入るなら、女の御用聞きから下働きだ。それでいいか」

「助かります」

「それでこのマカロンって小娘は……」


 クイニーが続けた。


「そこの若いティラミスの妹で。哀れな孤児なんですよ、ふたり。マカロンは禿かむろとして、飯を食わせてやってくださいよ」

「おめえ、かわいそうとか言う柄かよ。悪党のくせに……」


 苦笑いしてるな。


「おめえが言うと嘘くせえが……まあ悪党にも情はあるってことか。それにティラミスって娘も、妹が一緒なら心が落ち着くか」


 顎をさすっている。


「それに逃げもしないっすよ、妹が人質だから。いずれマカロンも客を取れるように育つし」

「おめえ、やっぱ悪党だな」


 呆れたようにクイニーを見た。


「ならまあいいか。今、金を持ってくる。おめえの取り分だ」

「いえ旦那。今日は俺も入れてほしいんで。……ゆっくりしたい」

「おめえが女買える店じゃねえ。そんな金ないだろ」

「こいつらと一緒でいいっすよ。今晩一晩かけて、女に因果を含めるんで」

「そうか」


 ティラミスを見て、しばらく考えていた。


「たしかに説得は必要だな。ならまあいい。クイニー、おめえも上がれ。……だがもう、この女は俺達の所有物だ。もし手を出したら、アレを切り落とすからな」

「悪党の仁義は心得てやすぜ」


 クイニーは、肩をすくめてみせた。


「こええ、こええ……」


 中に案内された俺達は、豪奢な内装の廊下を抜け、迷路のようにくねくねと歩かされた。娼館というのに、女の嬌声は聞こえない。客の気配すらない。時折、若い男と擦れ違ったが、雰囲気からして客ではなく、ここの下働きだろう。ノエルの胸を、食い入るように見つめてゆく。


「ここで待ってろ」


 地下に下りると館の隅と思われる、じめじめ湿気った部屋に押し込まれた。客など案内する場所ではないのだろう。地下は内装も安っぽく、暗い。狭い部屋で、地下だけに窓すらない。これでは逃げられない。


「もうじき営業が始まる。客が付いたら女を呼びに来るからな」

「あっ、旦那」

「なんだ、クイニー」

「ちょっと金の件で話が」

「おめえさっき、今日はいらねえって言ってたじゃねえか」

「いらないとは言ってないっす。今晩はここに泊めてくれと頼んだだけで」

「チッ」


 舌を鳴らした。


「なら帳場に来い。……おいお前」


 俺を睨む。


「お前、こいつらの『色』なら、ちゃんと因果を含めとけよ。なんなら殴っても構わん。ヒモならわかるはずだが、殴るなら腹な。顔を殴ったらてめえを殺す」

「わかってますよ」


 俺が微かに目配せすると、クイニーは瞳だけで頷いた。

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