3-4 詐欺師クイニーの情報

「どういうつもりだ、クイニー」


 部屋に引きずり込んで座らせ、全員で取り囲んだ。ノエルは剣を抜いているし、妖精プティンはいつでも魔法を撃てる態勢だ。


「怖ええなあ……」


 殺気立った面々に睨まれていても、野郎はにやにや笑いを崩さない。


「悪鬼みてえな表情で睨まれたら、話もできねえっす。俺は武器など持ってないし、外にも仲間はいなかったっしょ」

「睨まれるのは当然だ。お前が逃げたせいで俺達、死ぬところだったんだからな」

「おまけに帰還の珠とマーカーストーンまで持ち逃げしたからね」


 ノエルは憤懣やるかたないといった表情。


「あれで私達、凶悪ダンジョンを進むしかなくなったし」

「まあでも、無事守護神再召還に成功したって話じゃないすか。ある意味、俺が退路を絶ったおかげとも言える」

「はあ? なに言ってんの、こいつ。ねえねえブッシュ、ボク、こいつ丸焼きにしていい?」


 プティンの手のひらに、灼熱の炎弾が浮かんだ。


「おいおい。物騒なのはなしですぜ」


 クイニーは両腕を上げてみせた。


「せっかくいい話を持ってきたんだ。まずは聞いてもらわないと」

「詐欺師の話なんか、聞くまでもない」

「まあまあ、ブッシュの兄貴。損はさせねえからよ」

「ブッシュさん、まずは話を聞きましょう。殺されるのが当然の場所に顔を出したのです。なにか理由があるはず」

「おう、さすがはティラミスの姉御。まだガキんときにブッシュ兄貴の子を孕んだだけのことはある。大物だ」


 途中離脱したクイニーは、ティラミスの正体も、最後の戦いで起こったことも知らない。ティラミスは俺の幼妻と思い込んだままだ。


「なら話せ。少しでも怪しい話だったら即、殺す」

「怖えなあ、兄貴……」


 苦笑いしてから、クイニーは口を開いた。


「俺は驚いた。あの後、兄貴達が無事務めを果たしたと聞いて。しかも誰一人死ぬことなく。おまけにあのヒゲのクソ野郎が裏切り者だったとか。ちょっと後悔したね。あの場に留まれば俺も今頃英雄として、金も女も手に入れ放題だったのにと」

「今更なに言ってやがる」

「でも俺は悪党だ。考えたら英雄なんて似合わねえ。固っ苦しくて居心地が悪いし……。自分の才覚で手に入れた帰還の珠とマーカーストーンを売っぱらって、とっととチューリング王国を出た。兄貴達が生きて返った以上、俺の悪事は露見した。捕まれば死罪は当然っしょ」


 逃げたクイニーは、ブルトン公国に流れ着いた。ここは貿易国で人の出入りは多い。紛れ込むのも楽だ。おまけに海外から来てなんにも知らないカモが多いと思われた。


「ここで稼ぎつつ、ヤバくなったら船に乗って海外に出るつもりだったんで。蛇の道は蛇。この街の危ない連中とつるみ裏に踏み込んで、色々したぜ。……まあ女子供を泣かすことはしてない。兄貴が信じてくれるかはわからないっすが」


 俺の顔をちらと見ると、話を続けた。


「そうして毎日忙しくしていたある日、裏社会で面白い話を耳にしたんすよ。流れ者の一家が、ブルトン公オーエンと息子アランの噂を聞いて回っていると。その一家の風体ってのが……」


 ティラミスとマカロン、ノエル、それにプティンを肩に乗せた俺を見回す。


「どうにも知ってる気配だったんで、こうして参上した次第ってわけで」

「俺に情報をくれるってのか」

「なんで兄貴が探ってるのかは聞かねえぜ。下手に知ると、こっちの命も危なくなるし。でもよう、こいつは結構なネタですぜ。裏社会でこいつを知ってる奴はほとんどいない。……吹きまくった奴はなぜか行方知れずになるから」

「なら話せ。お前の処分はそれから決める」

「兄貴なら俺を許してくれるさ」


 図々しい野郎だ。


「悪党は悪党だが、俺にだって仁義はある。兄貴には悪いなと、それなりに心は痛んでいた」


 嘘つけ。


「ノエルの姉御には回復魔法で命を救ってもらったことだし。……だから普通なら大金を要求するところっすが、ふたりのために今回は無料だ。というか、そういうことにしないとマジ、この場で殺されそうだし」


 またしても苦笑いしてやがる。それにしてもこの野郎、流れによっては金を取るつもりだったのか。つくづく悪党だわ。


「なあ兄貴、オーエンとアランを探ってどうだったっすか」

「……」


 俺は答えなかった。クイニーは信用できない。こっちの情報を、わずかでも教えるわけにはいかない。


「……まあいいか」


 片方の眉を上げてみせると、クイニーは続けた。


「オーエンもアランも聖人君子ってのが、一般的な評判だ。でもなあ……兄貴、俺はひとつだけ、奇妙な話を聞いた。……それを話してくれた悪党は、いつの間にか消えていた。殺されたか、ヤバくなって逃げたんっしょ」

「お前は大丈夫なのか」

「とっとと消えやすぜ。兄貴に教えたらすぐ、この街を出る。もう商船の下働きとして雇われた。なに、馬鹿な金持ち客相手に、スリでもして小銭を稼ぐっす。それでまあ……この情報をどう生かすかは、兄貴次第ってことで」


 肩をすくめてみせた。


「で、その『奇妙な話』ってのは、なんだ」

「町外れに、娼館の並ぶ一角があるんすよ。なんせここは交易の都。船乗りだの他国の商人が出入りするから」


 その一角に、特にVIPだけに顧客を絞った小さな娼館がある――と、クイニーは続けた。


「その娼館に頻繁に出入りしてるらしいっすよ兄貴、オーエンとアランが。……変装して」


 あの有能君主と嫡子が、曖昧宿に……。


 俺はノエルと顔を見合わせた。

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