3-3 突然の来訪者

「うーん……」


 その晩、俺は寝台に横になって唸っていた。


「おいしかったねーパパ」


 俺の腹の上では、例によってマカロンが跳ねている。お馬さんごっこだと称して。


「そうだな」


 実際そうだ。オーエン公でご馳走になった晩餐は、立派なものだった。さすが貿易で成り立つ国というか、他国や他地域からの賓客を公邸でもてなすのに慣れてる感じというかな。いくら魔族を退治したからとはいえ、俺みたいな流れ者の冒険者にまでそうした食事を振る舞うとは、慈悲深い。


「ボクだけ、なにも食べられなかった」


 公邸からここ旅籠までの道すがら、さんざん愚痴っていた妖精プティンは、まだ機嫌が直らない。俺の胸の上にあぐらをかいて、こっちを睨んでいる。


「だからちゃんとお土産もらったろ。残り物だけどさ」

「もう冷えてたもん」


 ぷいっと横を向いた。


「悪かったよ。明日なんでも好きなもん食わしてやるから、機嫌直せ」

「ホント?」


 立ち上がった。


「ああ本当だ」

「ならねえ……ボク、スイーツ食べ比べがいい」


 スイーツと聞いて、ノエルとティラミスもぴくりと耳を動かした。


「わかったわかった。なんでも食え」

「わーいっ」


 飛んできて俺の首を抱えると、耳元に囁く。


「ボク、ブッシュが大好き。……今晩、添い寝してあげるね」

「毎晩寝てるだろ。俺とマカロンの間に挟まって」

「それもそうかー」


 ケーキやクッキーで機嫌が直るとか、単純な奴で助かるわ。


「でもあれよね」


 寝台の端に腰を下ろすと、ノエルが俺に茶のカップを渡してくれた。


 最上等の部屋を取ってくれたので、寝台は大きい。なんなら俺のチーム全員で雑魚寝できるほどだ。まあ寝室はもうひとつあるから、ノエルはそっちで眠るだろうが……。


「ブルトン公オーエンもアラン公子も、想像以上にいい人だったよね」

「そうだな、ノエル」

「これからどうするの、ブッシュ。姫様の婚姻相手としての資質を見極める予定だったでしょ」

「それなあ……」


 先程から、実は悩んでいた。


 そもそも、この縁談には疑問が多い。ブルトン公国は小国だが昇り龍で勢いがある。となればここは歴史のある大国からアランに嫁を取って国の権勢を上げたいところ。それが常道だ。実際、そのような意図からチューリング王国に、タルト王女の嫁入りを打診してきたしな。


 だがチューリング王国にとってもタルトは直系ただひとりの跡継ぎ。嫁には出せないと断ると、あっさり「ではアランを婿に入れましょう」ときた。


 そこは極めて不自然だ。だからこそ王女側近が俺に調査を依頼してきた。この縁談には裏があるのではと。


 それにタルトは国を捨ててでも俺と旅立ちたがっている。冒険への渇望が俺への憧れとごっちゃになって。その気持ちにはいずれ応えると、俺も姫に約束している。


 姫の気持ちを考えても、アランの婿入りになにか裏があってほしかった、正直。それであれば俺も堂々と婿取りに反対できるし、タルト王女も救われる。王国も変な陰謀に巻き込まれずに済む。


「けどなあ……」


 オーエンもアランも、普通にいい奴だった。俺のような流れ者を歓待してくれて、晩飯の席ではガァプ退治の話を真剣に聞いてもくれた。シェイマスおおじいの訴えにも耳を傾け、これからは荘園運営も海運同様に力を注ぐと誓ってくれた。


「なあティラミス、お前はどう思った。あいつらのこと」

「そうですねブッシュさん……」


 ティラミスも寝台に腰を下ろした。ノエルと並ぶように。


「取り立てて不審な行動はありませんでした。いい人であるか、いい人を装うのが天才的にうまいかです」

「あたしもそうは思うけれど……」


 ノエルは歯切れが悪い。彼女は姫様の幼なじみ。互いに包み隠すことなくなんでも話し合える間柄だ。それだけに、タルト王女の気持ちには気がついているはずだ。王女に冒険への願望があると俺に教えてくれたのもノエルだしな。


「……困ったわね」

「だよなー」


 マカロンをそっと腹から下ろすと、俺も起き直った。マカロンを後ろから抱いてやる。


「パパ、あったかーい」


 俺、もしかして嫉妬しているのかもな。王女に慕われるという今の地位を失うのが怖くて、姫様にとって最高の縁談を邪魔したいのかも……。姫が嫌がっているというただ一点を拠り所にして。


 それは俺のエゴだ。真にチューリング王国のことを考えるなら、タルトにいい縁談があれば反対する理由はない。


 問題はタルトの気持ちだが、もともと王女だ。成長すればどこぞの貴族なり国なりと婚姻関係を持つのは普通で、そこに感情の入る余地はない。いい縁談なら、いずれ静かな喜びを結婚生活に感じるだろうし。……そりゃ相手がよっぽどの性格破綻者なら話は別だが、アランはとてもそうは思えない。


「どう報告するの、ブッシュ」

「……反対する理由はない」

「姫様がアランと結婚してもいいわけ? 私もブッシュが好きだけれど、姫様が泣くのは嫌だよ」


 ノエル言うなあ……。ティラミスもプティンも見てるってのに。まああの洞窟で告白は受けたしな、今更隠す必要はないんだが……。でも見ろよプティン、大好きな色恋沙汰に、目をきらきら輝かせてわくわく顔じゃんよ。


「だからさ……」


 口を開いたが、その後の言葉が出てこない。俺はただ、間抜けな鯉のようにぱくぱくしてるだけさ。そのとき――。


「ブッシュの兄貴」


 部屋の外から、男の声がした。


「いるんだろ、開けてくれよ」


 聞いた声だ。こいつは――。


 扉を開けると、若い男が立っていた。薄汚れた冒険者の服。壁にもたれたまま、俺の顔を見てにやけてやがる。


「クイニー……」


 間違いない。「始祖のダンジョン」第四階層、邪神戦の途中でマーカーストーンと帰還の珠を盗んで逃走した、あの新米剣士だ。


 こいつ、俺達を見捨てて逃げたくせに、今更なにを……。


 握り締めた俺の拳に、力が籠もった。


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