3-2 解決

「まずはっきりしているのは、生産能力の高い場所は強いということです」


 気合を入れ、俺はオーエン公とアラン公子に語り掛けた。


「生産能力とは」


 お手並拝見とばかり、オーエン公は片方の眉を上げてみせた。


「農業や工業など、なにかを生産する機能のことです」


 俺の意図を汲んで、ノエルが続けた。


「私はブッシュ一家の家庭教師ですから、歴史の知識もあります。過去の史実を見てもそうです」

「ものを運ぶだけの海運は虚業とでも言いたいのですかな、ブッシュ様」

「まさか。立派な産業ですよ」


 俺は、思いっきり笑ってみせた。


「現にブルトン公国は飛ぶ鳥を落とす勢いで成長しているではありませんか。問題は天変地異や魔族との諍いです」

「魔族……ねえ……」


 難しい表情になっている。


「百年に一度、千年に一度のそうした厄災が襲ってきたとき強いのは、こうした基礎的な産業です」


 栄えている街や国家はその備えがしっかりしており、人々は安心して力を発揮できる。だからこそ人心も安定し治安が良くなり、人々はよく働くのだ――と続けた。


「ブルトン公国は、他国が羨むほどの理想的な成長を遂げている。富の集まる今だからこそ、都市国家を取り囲む農地開発に、もっと力を注ぐ手はあるかもしれません」

「ふむ……」


 鼻を鳴らすと、首を傾げた。


「農民の悩みには、今でも耳を傾けておる。不作などあれば民草が困らぬよう、潤沢に救荒資金を与えておるし」

「金ではないのですじゃ」


 もう堪え切れないといった様子で、シェイマスおおじいが口を開いた。


「わしら農民は、土を掘り返すのがなににも増しての幸せ。畑は一年かけての大事な仕事。その年の出来で一喜一憂し、晩飯の席で語り合うのが、農民の生きがい。そのためには、ばらまき金ではなく、農地を整える事業に金を使ってほしいのですじゃ」

「……そうか」


 それきり、オーエン公は黙ってしまった。難しい顔をしている。


「父上……」


 アラン公子が、柔和な笑顔を向けた。


「ブッシュ様は、世界を見て回っているお方。そのお方の提言なれば、我らがこの狭い国で考えるより正しいこともあるのでは」

「……」

「実際、不作が続いた原因は、荘園地下に魔族が巣食っていたためと、解明してもらいましたし。……それどころか、その魔族を退治していただけた。有り難いことではないですか」

「それは……たしかにそうだ」


 唸った。苦しげな笑顔を、俺に向ける。


「どうやら私は、海運に力を入れるあまり、土地の力の重要性を忘れていたようですな」

 ほっと息を吐く。


「ブッシュ様には感謝の言葉しかない。それに……シェイマス。耳に痛い諫言、口にするのも勇気が必要だったでしょう」


 身を乗り出すと、じいさんの手を取った。


「その勇気を称えましょう。あなたのような農夫こそが、我がブルトン公国を真の栄光へと導いてくれるのだと」

「オーエン様……」


 シェイマスおおじいの瞳から、涙がぽろぽろとこぼれた。


「わしのような年寄りに……もったいないお言葉ですじゃ」

「良かったね、ママ」


 マカロンが手を叩いた。


「おじいさん、うれしくて泣いてるよ」

「そうねマカロン」


 ティラミスが頭を撫でる。


「オーエン様、それにアラン様の優れた采配のおかげだわ」

「どうやらブッシュ様の御一行は、皆さん賢いようだ。……マカロンちゃんも含めて」

「さすがは世界を見て回る冒険者様ですね、父上」

「そうだな。今日はいろいろ、お話を伺おう。……お時間がありますよね、ブッシュ様」

「ええ、オーエン様のお時間が許す限り」


 心の中で、俺はガッツポーズをした。ここからは雑談ベースであれやこれや聞き出せる。チューリング王国タルト王女の入り婿としてアランを差し向ける狙いとか、アランの人柄とかを探るチャンスだ。


「では父上、晩餐の準備をするよう執事に申し付けてきます。ついでに、ブッシュ様御一行の宿の手配も」


 アラン公子が立ち上がった。

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