第三章 オーエン公とアラン公子
3-1 オーエン邸に乗り込む
「取り次いでおいた。通り召されよ」
ブルトン公公邸の門番は、あっさり俺達を通してくれた。いやつまり俺のパーティーとシェイマスじいさんを。
「ありがとうございます」
前回けんもほろろに追い返した俺達が「荘園を救った英雄」と説明を受けて、信じられないといった顔つきだったけどな。まあ不思議そうな顔で、邸内に繋いでくれたわ。
「これはシェイマス老、久しぶりですね」
邸宅門庭で待っていたのは、二十代くらいの若者だ。その若さで侍従長だという。小国で、国王すら戴かない公国だ。とはいえ普通、侍従のトップはじいさんが多いはずだがな、タルトんところのあの「じい」みたいに。ちょっと意外だったわ。
「本日は、客人を連れて参りました」
シェイマスおおじいが頭を下げた。
「ええ。門番から聞いたところです。なんでも、荘園を救った英雄だとか……」
営業スマイルを浮かべたまま、俺に視線を移す。
「こちらが英雄様ですね」
「ええ。よろしくご案内下さい」
「シェイマスさんに四名様、こちらにどうぞ」
扉を開け邸内に導くと、先導してくれる。
ブルトン公国は、なにせ小規模な都市国家だ。それだけに為政者の館とはいえ、チューリング王国のように巨大な建造物群というわけではない。もちろんそれでも、中に入れば案内なしでは迷子になっての彷徨確定くらいには広いようだ。案内される道筋が長いからな。
飛ぶ鳥を落とす勢いの公国だ。だから狭くとも贅を尽くした建物や内装、調度品になっているかと思っていたが、そうでもない。全体に、質素倹約といった雰囲気。装飾や彫刻などもなく、ところどころ掲げられた絵画が目立つ程度だ。
それにしてからが、荒海を乗り越える商船だの、海神の加護を得て突き進む軍艦だのがモチーフ。装飾目的というより航海の無事を願っての、為政者的な祈念を感じさせる。
しずしずと進むと、微かに床が鳴った。傷んだ床板も直していないとか、やはりブルトン公オーエンの、堅実な経営手腕を感じさせる。
「こちらでお待ち下さい。今、お館様が参ります」
応接間と思しき部屋に俺達を通すと、侍従長は出ていった。この部屋だけは豪勢な内装。椅子も大テーブルも、高価そうな作りだ。贅沢のためというより、船で訪れる使節の接待用と思われた。
「もうっ。息が苦しいっ」
俺の胸から、ぽんっとプティンが飛び出した。
「はあー肩が凝ったーっ」
ぐいーっと猫のように体を伸ばす。そうするときれいな胸のラインが強調された。人形サイズのくせに、たいしたもんだわ。
「ブッシュったら、ボクだけ隠すなんて」
睨まれた。
「仕方ないだろ。一介の末端冒険者が妖精なんて連れてたら、警戒されかねないからな。どうやらオーエン公は頭が良さそうだし。色々探るまで、お前のことは内緒だ」
「あーあっ。ボク退屈」
「我慢しろ。ほらもう人が来るぞ」
胸を開くと、そろそろと体を入れてくる。
「まあいいや。ボク、ブッシュの匂い好きだし。中からちゃんと観察するからさ」
言い残すと、頭まで潜り込んだ。
「これはこれは……」
その瞬間、扉が開いた。入ってきたのはふたりの男だ。
ひとりは四十歳くらい。赤毛に白髪が大量に交じり、顔にも皺が多い。これがブルトン公オーエンだな、多分。歳の割に苦労を感じさせるのはやはり、海運運営で心労が多いんだろう。
もうひとりは二十歳くらい。しゅっとしたイケメン。これ絶対アランだわ。
俺達に向かいテーブルに着く。
「私がブルトン公オーエンです。隣は
微笑んだ。
「今、海外の珍しい茶を持たせます。コーヒとかいう、奇妙な豆茶ですが」
「ありがとうございます」
「ところで……」
茶を待つまでもなく、話し始めた。実務的で気取りはない感じだ。異国の珍しい茶という発言も、自慢とかマウンティングではなく、純粋に貿易国家としてのもてなしのつもりなのだろう。
「なんでも荘園を救っていただいた冒険者だとか。我が国はあなた方を歓迎します」
「父上も私も……」
「喜んでいます。我が国を訪れてくれてありがとうございます」
頭を下げる。
コーヒーが運ばれてきて、あの懐かしい香りで部屋が満たされた。
この世界でコーヒーを飲んだのは初めてだ。舌に粉を感じるから、トルココーヒー的に煮出しての淹れ方だと思うわ。
なんだか苦い思い出がある。なんせ前世の社畜時代は俺、コーヒー中毒だったからな。好きというより、深夜残業を乗り切るためのエナジードリンク代わりとして。カフェイン様々よ。
「パパ……」
苦い豆茶に困惑したのか、マカロンが俺を見上げてきた。舌を出している。
「砂糖を多めに入れてみろ。うまいぞ」
「うん」
ティラミスはブラックで普通に飲んでいる。ノエルはひとくちだけ口を着けて、後はカップを置いている。どうやら口に合わなかったようだ。
「それで、荘園の地下に巣食っていたとかいうのは、どのような魔物だったのですか」
オーエン公は、自分のカップをソーサーに置いた。音がしないのは育ちがいいからだろう。
「魔族だったそうですじゃ」
シェイマスおおじいが解説してくれる。
「魔族……」
オーエン公は眉を寄せた。斜め上を見て、しばらく黙っている。
「……それは奇妙ですね。我が国、そしてブルトン家の歴史でも、魔族が領内に侵攻したなどという試しはありません」
「そもそも魔族が狙う理由がないですからね、父上」
アランも首を捻っている。
「ただの小国だし。ここ数十年、貿易で多少潤ったとはいうものの、魔族にとって富など興味の外だ。魔族は人間を支配すること、あるいは滅ぼすことしか考えないと、賢者様も仰っていましたし……」
「どのような魔族ですか、ブッシュ様」
「ガァプとかいう、呪術師系の魔族でした」
「ガァプ……。聞いたことはありませんな」
「厄介な魔物でした」
ノエルが口を挟んできた。
「魔書物を操る上に、死後も呪いを残してきて……」
言い淀んだ。呪いで死にかかったことを、思い出したのかもしれない。
「父上、いずれにしろここにおられるブッシュ様とノエル様が退治して下さったのです。有難いことではありませんか」
「そうだな、アラン」
ふたりして頷き合っている。
「いえ、俺達四人で倒しました」
「えっ……よ、四人……」
絶句してるな。
俺とノエルが夫婦者の冒険者だと思ったに違いない。ティラミスとマカロンは留守番していた俺達の子供だと。
「こ……このようなお子様も、魔族と戦ったのですか」
「ええ。俺達は一家なんです。なあ、ティラミス」
「はい、ブッシュさん」
「このティラミスが、俺の嫁。マカロンは娘で、こちらのノエルは家庭教師です。家族旅行中ですが、全員もちろん戦闘中に役割のある冒険者なんですよ」
「それはそれは……」
困惑するのも当然か。マカロン、まだ幼児だからな。
「お強いファミリーというのも頼もしいですね、父上」にっこり
おお。アランが先に立ち直ったか。頭が回るわ。
「そうだな、アラン。……どうかこの国で、ゆっくり寛いで下さい。いくらご滞在されても構いません。この館に、部屋を用意させましょう」にっこり
ちょっとぎこちないけど、笑顔が似てるわ。さすが親子。
「いえそんな……申し訳ないです」
「父上、このようなしみったれた家では、ブッシュ様ご一行がお気の毒です」
人懐こい笑顔を、アランは俺達に向けた。
「最上の旅籠にご案内してはどうですか。ちょうど今は海況が悪く、貿易も端境期。いちばんいい部屋が空いておりますよ」
「おお。それもそうだな……」
首を傾げ、オーエンは情けなさそうな顔を作ってみせた。
「どうも私は気が利きませんで……。アランのほうが領主にふさわしいようですな。あははははっ」
豪快に笑った。だが俺達は黙っている。追従笑いなどしては、父親よりアランが有能と、俺達まで認めたことになるからな。領主を侮辱などできんわ。
「まあ……滞在中は、なんでも融通を利かせましょう。なにか……頼みたいことがありますか」
「それでしたらオーエン様、少し世間話など……」
ちょうどいいタイミングだ。ちらとシェイマスを見ると、頷いている。俺は切り出した。
「家族旅行として、私達は色々な土地を旅しております。それこそ数人しか暮らさない限界集落から、中規模の商業都市、さらにはチューリング王国の王都まで」
「ほう、チューリング王国か……」
オーエン公は身を乗り出した。
「あそこはいい国ですな。我々の同盟国でもある」
「はい父上。我らが海運で稼ぐ前、貧しい時代に随分助けられたと教えられました」
「だからこそ恩に報いようとしておるのだ、アラン」
「はい、そうですね」
ふたり頷き合っている。
「オーエン様、そうした長旅を通じ、様々な見聞をしてきました。滅びの気配を感じる村や、これから伸びるに違いない街、さらにはなにかひとつ足りない街など」
「ブッシュ様から見て、我がブルトン公国はどう見えますかな」
さすが賢君。鋭い。俺の話の筋を先に辿っている。微笑んではいるが、俺を値踏みするような瞳が見え隠れしているし。
「そうですね……」
ここからは、とりわけ注意しないと。なにせ相手は君主。この公国の中では絶対権力を持つ存在だ。機嫌を損ねないようにしつつ、シェイマスおおじいに頼まれた助言を与えないとならない。
腹に力を込め、俺は気合いを入れた。
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