2-7 報告

「なんと、あの洞窟に魔族が巣食っておったと」


 話を聞き終わると、じいさんは目を丸くした。


「ええ、シェイマスさん」


 じいさんの家。陽が落ちた頃合いで、窓外はもう真っ暗。素朴な木の大テーブルには、心尽くしの田舎料理が並んでいた。洞窟調査クエストを終えた俺達は報告に戻り、土まみれの体を風呂で清めた。そして今、こうして晩飯ご馳走になっているってわけよ。


「ガァプとかいう魔族でした」

「魔族が居着いていたから、土地が汚染されていたのでしょう」


 ノエルが付け加えた。


「連中は存在するだけで、周辺のマナに悪影響を及ぼしますし……。残念なことです」

「でももう退治したよー。だからこれからはどんどん土地が良くなるよ」


 テーブルにあぐらを組んで、プティンはぱくぱくと飯をやっつけている。なんせ小さいから、特別に細切れにしてもらった料理だ。手にした木の子のかけらを振り回した。


「ただすぐには無理。浄化されるのに時間が掛かるから」

「どのくらいでしょうか」


 シェイマスの息子は、難しい顔だ。


「多分、数年。……あーでも、どんどん良くなるから」

「これまでも、なんとかやってきました」


 息子の嫁が、俺に酒のおかわりを注いでくれた。


「これ以上悪くなることがないだけでも、有り難い話ですね」

「うむ、まさにそのとおりじゃ」


 シェイマスおおじいはごきげんだ。一気に酒をあおると、おかわりを頼んでいる。


「深酒は体に障りますよ、おおじい様」

「いいのじゃ。今晩だけはのう」


 ほっほっと笑っている。


「ママ、あたしもお酒、飲んでみたい」


 骨付きの山鳥焼きを握り締めたまま、マカロンは興味津々だ。


「もう少し大きくなってからね」


 布で、マカロンの口を拭ってあげている。鳥の脂でほっぺたまでギラギラだからな。


「いつになったら飲めるの」

「そうね……」


 首を傾げた。


「まず、そのお肉をフォークとナイフできれいに食べられるようになってからね」

「ママ、あたし頑張るよ」


 鳥を皿に戻すとがちゃがちゃと、不器用にナイフとフォークを操り始める。


 俺は不思議だった。戦闘時、あんなに見事に剣を振り回せるマカロンなのに、食卓では不器用な五歳児まんまなんだからな。卓越した剣技はゲーム小説主人公補正のなせる技なんだろうけどさ、それがわかってても驚かされるわ。


「それで、どのようにブッシュ様をご案内するのですか、おおじい様」


 空の皿を嫁さんが下げる。追加で、つまみの漬物と雑穀クッキーをテーブルに並べてくれた。


「うむ。荘園を救った英雄じゃ。わしがブルトン公オーエン様に魔物討伐の件を報告に上がる。同行してもらって、放浪の冒険者として紹介しよう。だから頼む……」

「俺がその場で進言すればいいんですね。農夫の幸せは、自ら育て上げた作物で一喜一憂することである。なんでも補填金で解決するのではなく、身を入れて営農政策にも力を入れてほしいと。海運政策同様に」

「そういうことよ」

「聞いてくれるかしら」


 ノエルは懐疑的なようだ。


「オーエン様は、一代で強固な貿易国家を造り上げたという成功体験と自負がある。農業など、食糧安保程度に成り立っていればいい――くらいに考えていそう」

「それでも話は聞いてくれるはずじゃ。なにせ荘園を救った英雄の諫言かんげん。しかも他国を見聞きしてきた冒険者の意見ならばこそ」

「オーエンの権勢は頂点でしょ」


 俺のカップの酒に頭を突っ込み、プティンが器用に酒を飲んだ。


「ぷはーっ。おいしいね、これ。……それでさ、オーエンが周囲に置いているのはイエスマンばかりになっているはずだし、その意味で貴重な意見として耳を傾けてくれると思うよ。彼が噂通り賢君であるならばの話だけどね」

「多様な意見を聞く耳を持っていないようでは、なにか危機が起これば、公国のまつりごとにも失敗しそうですね」


 ティラミスは眉を寄せた。


「人間の歴史では、よくある話です。……私も見聞きしてきましたから」

「ほう。若いのにティラミスさんはしっかりしていますね」


 シェイマスおおじいの息子は、感心しきりといった様子。いやそりゃティラミスは本来守護神だ。何百年も王家や人間の営み歴史を観察してきた存在だからな。そのことはもちろん、シェイマスたちには教えていないが……。


「ところでシェイマスさん、アラン公子もその場に同席してくれるでしょうか」


 なんせ俺達のメインの任務は、アランの人柄を探ることだからな。もちろん、オーエンと公国に問題があるかも大事だが。これらに大きな欠陥や欠点があるようなら、タルト王女の入り婿としてアランを迎えることなんか、とてもできない。


「あんたら、アラン様にも会いたいのか」

「ええ。ぜひ」

「ならば安心しなされ。アラン様はオーエン様の補佐も同然。公務の際はほぼ一緒におる」

「教育ですよ。アラン様はいずれ公国を継ぐ身の上ですからね」


 シェイマスの息子が付け加えた。


 そりゃそうだ。だがオーエンはアランをチューリング王国に婿に出そうとしている。たったひとりの直系後継者を。息子のいうように、普通は公国を継がせるはず。婿に出すのは極めて不自然。その意図は、なんとしても探り出さないとならない。


「いずれにしろ、長い話になる」


 俺は結論付けた。


「ブルトン公オーエンとアラン公子、ふたりの人柄はそれなりにわかるはずだ」

「そうですね、ブッシュさん」


 ティラミスも頷いている。


「会うのが楽しみだねーパパ」

「私もしっかり観察しますね」

「ボクも、人間観察は得意だもん。ねえブッシュ、お風呂でブッシュの下半――むぐーっ」


 指でプティンの口を塞いだ。それのどこが人間観察だよ。形態観察だろうが。もう俺、プティンがヤバい話をしそうになると自動で指が動くようになってるわ。これある意味、俺がプティンに調教されてるってことだよな。


 まあ実際、人間の直感って、馬鹿にできないからな。前世社畜時代も、「あーこいつ変」と感じた野郎は、大体ガチでヤバい奴だったし。不正したり部下をいじめたりなんだりでな。


 ……ただ、どう見ても性格が良さそうなのに、裏が黒かった野郎もいた。ある種ソシオパスというかな。そこを見抜く自信は、さすがにない。だが少なくとも俺は、直感で危ないと感じるかどうかのフィルターにはなれるはずだ。


 まずはそこからさ。




●次話より新章「オーエン公とアラン公子(仮題)」に入ります。期末で忙しくストック切れてますが、なんとか頑張って書くので応援よろしくです。

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