2-6 奇跡の脱出

「はあ……はあ……」


 例の洞窟の入り口脇、崩れるようにして、俺は腰を下ろした。脇のノエルは目を閉じたまま、俺の肩に頭を乗せている。


「どうだ……ノエルは……」


 苦しい息で、なんとか頼む。


「大丈夫だよ、ブッシュ」


 ノエルの顔に張り付くようにして生気を探っていたプティンが、俺を見た。


「息をしてる。じき目覚めるよ」


 プティンの目には、涙が浮かんでいた。


「良かったね、パパ」


 マカロンが抱き着いてきた。


「マカロンお前、顔が真っ白だ。ピエロマカロンだな」


 マカロンもティラミスも、土埃で顔と言わず服と言わず真っ白だ。


「パパだって」

「俺が拭いてやる」


 布を取り出すと、痛くないように拭いてやった。目を閉じて、マカロンは大人しくしている。


「くすぐったいよパパ」

「我慢しろ。お前は強い娘だろ」

「パパの子だからねー」

「それにしても……」


 プティンはまだ、ノエルの肩に乗っている。守護神のように。


「ブッシュのおかげだよ。すごい……気迫だった。鬼神のように大地を踏み締めて」

「ブッシュさん、水です」


 シェイマスおおじいにもらった革袋を、ティラミスが持ってきた。


「ありがとう……。おいでティラミス」

「はい」

「動くなよ」


 ティラミスの顔も拭いてやった。


「その……恥ずかしいです」


 珍しく、赤くなっている。


「でも、ありがとうございます。はい、水ですよ」


 革袋を、口に当ててくれた。


 ごくごくと、冷たい水が喉を通り胃に落ちてゆく。


 うまい。まるで天国の飲み物だ。


「ただの水が、こんなにうまいなんて」

「命の味だからだよ、ブッシュ」


 プティンが微笑んだ。


「ブッシュの命が輝いたからなんだ」

「そうか……そうかもな」


 ノエルの命を救うことしか、頭になかった。あの瞬間、たしかに俺の命は輝いていたのかも。


「私にもその命の水、もらえますか」

「ノエル……」


 目を開けている。微笑んで。


「喉、乾いちゃった」

「喜んで。ほら……」


 口に当ててやると、ノエルの唇が動いた。


「本当だ……おいしい」

「なっ」

「おいしい……おいし……」


 突然、瞳から涙がこぼれた。ぽろぽろと。とどめようもなく。


「ごめんなさい、私……」

「存分に泣け、ノエル。お前は死神と戦って勝ったんだ」


 肩に手を回し、強く抱いてやった。


「怖いに決まってる。そりゃ涙も出るさ」

「うん……うん……」


 俺の抱かれたまま、涙を流し続ける。


「ブッシュの前だと、泣いても恥ずかしくない」

「よしよし」

「もっと……撫でて」

「はいよ」


 背中を撫でてやった。落ち着くまで。


「これは……」


 プティンが首を傾げた。


「姫様には見せられないねー。ボクだけの秘密にしておくよ」

「そうしてくれ。……さて、立てるかノエル」

「うん……。手を貸して、ブッシュ」

「ほら」


 ノエルを抱え、起こしてやった。そのまま、ノエルは俺に抱き着いている。


「怖かったな。よしよし」

「ブッシュ……」

「さて、シェイマスおおじいの家に戻ろう。そして報告だ。もう地質はよくなるとな」

「お風呂も借りないとねー。ボク、ブッシュの汗と土で泥人形みたいだよ」

「マストで風呂だな」

「そうだねー」

「あの……」


 抱き着いたまま、ノエルが俺を見上げた。


「私もみんなと一緒に入っていいかな」

「んーと……」


 プティンが、手を口に当て、目を丸くして俺を見ている。うんうんと頷きながら。


「いいよ。みんな、同じパーティーだしな。ティラミスやマカロン、プティンと洗いっこでもしろよ。その間俺は、シェイマスのおっさんと話してるから」

「なに言ってんの、ブッシュ」


 腕を組んで、プティンが俺を睨んだ。


「ブッシュも一緒に洗いっこだよ。決まってるじゃん」

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