2-5 ノエルの告白

「どうしよう……パパ」


 さすがにマカロンもおろおろしている。


「ブッシュ……」


 妖精プティンも心配げだ。


「わ、私は大丈夫」


 気丈に、ノエルは微笑んでみせた。だが顔色は青白く、冷や汗が滲んでいる。


「ティラミス、外に出ればいいんだろ」

「ええブッシュさん」


 ティラミスは頷いた。


「どのくらい持つ」


 本人の前ではっきり聞くのは憚れた。だが今はそれどころではない。緊急事態だ。


「わかりません」


 首を振った。苦しげに付け加える。


「でも多分……一時間は無理」


 洞窟探索を始めてから、行き止まりを行きつ戻りつしつつ、約一時間で見張りの部屋まで辿り着いた。なら帰りは半分の三十分も掛からない。分岐点には布を置いてあるから迷わない。ただただ一直線に、出口を目指せばいい。モンスターも出ない。なんとかなる。


「よし。すぐ出よう。――歩けるか、ノエル」

「なんとか……あっ」


 歩こうとして転んだ。


「ご、ごめんなさい」

「ブッシュ、肩を貸してあげて」

「わかってる、プティン」


 抱えるようにして、ノエルの脇についた。


「急いで出るぞ。先頭はティラミス。足元に注意して、なにか危ない場所があれば教えてくれ。俺とノエルが続く。マカロン、お前は殿しんがりだ。念のため背後にも注意しておけ」

「うん、パパ」

「プティン。お前は空を飛べ。魔導トーチを最大の光量。足元を照らすんだ」

「任せてっ。えーいっ」


 プティンが手を振ると、頭上に太陽のようなトーチが浮かんだ。洞窟の中というのに、真昼のような明るさになる。


「行けっ、ティラミス」

「はい」


 ティラミスは歩き始めた。ふらつくノエルを抱えながら、俺が続く。はあはあという、ノエルの苦しげな息遣い。あとはじゃりじゃりと石を踏む音だけが聞こえる。誰も何も言わない。時折、ティラミスが足元注意の警告を出してくれるだけだ。


「大丈夫だ、ノエル。すぐ出口だからな」

「ブッシュ……」


 俺の体に腕を回すようにして、それでも健気に、よろよろと歩く。苦しいだろうに……。俺は歯を食いしばった。


「安心しろノエル。俺が守ってやる」

「うん……うん」


 ノエルはもう、頷くのが精一杯だ。


「あっ」


 ティラミスが立ち止まった。


「どうした」

「道がなくなってます」

「そんな馬鹿な……」


 だが事実だった。ティラミスの前、十メートルほどで、洞窟が崩れ、道が塞がれている。


「ここまで一直線だったよな」

「ええ、ブッシュさん」

「なら野郎が、今際の際に魔法で潰しやがったんだ」


 クソ野郎。死ぬならあっさり逝けばいいのに。意地の悪い野郎だぜ。


「プティン、ぶち破れ」

「任せて。岩くらい、なんてことないよっ」


 みんな脇に隠れて――と言うやいなや、プティンの手から弾丸のようなつぶてが飛んだ。岩にめり込むと、そこで爆発する。


 轟音が響き、土煙でなにも見えなくなった。


 やがて煙が落ち着くと――。


「うそっ!」


 プティンが口に手を当てた。


「破れない。……なんで」


 岩の塊は、ほとんど崩れていない。手前がわずかに削れただけだ。


「多分……封印されている」


 ティラミスが眉を寄せた。


「ブッシュ……座らせて。苦しいの」

「ノエル……」


 座らせ、壁にもたせかからせる。はあはあと荒い息で、俺の手を掴んだ。


「私……多分もう駄目」

「諦めるな」

「ごめんねブッシュ。私が邪魔をして」

「お前は悪くない。悪くないぞ。――ティラミス、ポーションだ。回復も毒消しもエンチャントも、なんでもいい、とにかく全部ぶっかけろ」

「はい」


 ポーションで賦活ふかつされると、ノエルの表情がわずかに和らいだ。


「ありがとうブッシュ……ねえ」

「今、なにか考える。なんとしてもお前を助ける。なんとしても」

「それより聞いて。最後だから」


 俺の腕を掴んだ。意外なほど強い力で。


「ブッシュ……私、ブッシュが好き」


 真剣な瞳だ。まっすぐ俺の目を見つめている。


「死ぬ前にどうしても、これだけは言いたくて」

「馬鹿だな、ノエル」


 頭を抱いてやった。


「お前は死にやしない。俺が死なせやしない。いいかノエル、そういうのはな、生還してから、ゆっくり聞いてやる」


 黙ったまま、ノエルは首を振った。それから微笑む。苦しげに。


「ブッシュったら……変わらないわね、あなたは。私を最後まで守ってくれるなんて……。私……そんなブッシュが……大好……き……」


 がくっと、首が垂れた。


「ノエルーっ!」


 ぎゅっと抱いてやった。幸い、まだ息はある。


「気を失っただけです。まだ大丈夫。でも……」


 言いながらも、ティラミスは唇を噛んでいる。


「でも、もう時間がない」

「ノエルおねえちゃん……」


 マカロンは、ノエルにすがりついて涙ぐんでいる。


 くそっ!


 どうすればいい。早く地上に出なくては、本当にノエルは死んでしまう。このままでは……このままでは……。


 混乱の中で、俺の頭は高速に回転した。なにか……なにかこれまでの経験から……。


「プティン」

「ブッシュ」

「お前、ダンジョンの土地を読めるよなたしか」

「うん」

「ティラミスも、ある程度なら方向はわかる」

「ええ、ブッシュさん」

「この洞窟は、分岐が多かった。そうだよな」

「ええ」

「ならこの左右のどこかに、壁の薄い部分があるはずだ。別の分岐と隣り合う壁が。そこを――」

「ぶち破るんだね」


 最後まで聞かず、プティンが飛び上がった。ティラミスの肩に留まり、ふたりでなにか会話している。近くを歩き回りながら。


「ブッシュ、ここだよ」


 プティンは右の壁を指差した。


「ここだけすごく、薄くなってる」

「岩壁を叩き割れ」

「まっかせてーっ」


 プティンの体が、黄金に輝いた。


「いっけーっ!」


 全身を使い腕を振り下ろすと、稲光が飛んだ。壁に向かい。




――ゴドーンッ――




 耳をつんざく轟音と共に、壁が崩れ落ちる。


「開いたかっ」

「まだ。岩が残ってる」

「続けろ」

「もちろんっ」




――ドゴーン――

――ボゴーン――

――ボコッ――




 連発すると、最後に異質な音がした。大岩が落ちたような。


「やったよブッシュ。隣の穴に抜けた」

「前進だっ!」


 先に立ったティラミスが、なんとか最初の岩を越えた。


「足元が悪い。気をつけて下さい」

「わかってる」


 だが、気を失ったノエルを脇に抱えながらでは進めない。それも明らかだった。


「ぬおーっ!」


 気合一発。ノエルを背中に抱えると、おぶるようにして立ち上がった。前に抱えるのと違い、これなら足元が見える。この状況では、これしかない。


「先行しろっ、ティラミス。マカロンもだ」

「はいっ」

「うん、パパ」

「邪魔そうな石はどんどん脇にどけるんだ。俺が足でもくじけば、歩けなくなる。そうなれば時間切れでノエルは死ぬ。間違いなく」

「大丈夫。あたしがパパとノエルおねえちゃんを守るもんっ」


 もうもうたる土煙と湿気った土の匂いの中、ふたりは歩き始めた。足元の岩や石を整えながら。


「プティン、お前は俺の足元を見ていろ。踏むと危なそうな岩を教えるんだ」

「ブッシュ」


 俺の頭上を右に左にと、プティンがせわしなく飛び回り始めた。


 安心しろ、ノエル。なんとしてでもお前を助けてやるからな。俺の脚に代えても。

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