2-4 対「ガァプ&魔書物」戦

 俺の足元に、まっぷたつになった書物が落ちた。ぴくぴくと、断末魔の生き物のように震えている。


「マカロン、剣で払えっ。普通に斬れるぞ、こいつら」

「うん、パパっ」

「プティン、本ならよく燃える」

「わかってる、ブッシュ」

「あたしが耐炎魔法を掛ける。だからこっちのパーティーは火傷しないよ。遠慮なく派手なのやっちゃって」

「えーいっ」


 ノエルに応えるかのように、プティンの指先から、炎が噴き出した。あっという間に膨れ上がり、巨大な炎柱となる。書物の群れが、たちまち炎に包まれ、もだえ苦しみ始めた。


「マッダルト」

「あっ!」


 ガァプの宣言と共に、俺達を吹雪が襲った。書物を燃え上がらせたプティンの炎も、あっという間に吹雪に包まれる。


「ったーっ……」


 寒いというより痛い。耳の先とか、凍傷にかかったかのようだ。炎魔法の熱がなかったら、一瞬で凍りついたかもしれない。


 燃え盛っていた書籍の炎は、完全に消えた。混乱して飛び回っていた書物が、また俺達の前に並び始めた。牙を剥き。


「なんだよ、こいつ。結局魔法使えるじゃん」


 魔道士ボス+物理系雑魚戦ってことか。ならまず、厄介なボスからだわ。


「プティン、作戦変更だ。ボスを槍で貫け」

「わかった」

「マカロン、一歩前に出るぞ。俺とお前で本を斬って回る」

「パパっ」

「ノエル。回復に集中しろ。特に俺とマカロン」

「わかってる」

「ティラミス。一歩前に出てノエルを守れ。必要に応じてポーションだ」

「はい、ブッシュさん」

「ほう……」


 ガァプは、眼鏡をまた嵌めた。面白そうに俺を見る。


「なかなか面白いのう……。人間にしては、いい戦略をしておる。……殺すのは惜しい。どうだブッシュとやら、わしの助手になれ。お前らは殺さず、いい思いをさせてやろう」


 残忍な笑みを浮かべる。


「わしは魔族。魔族は約束だけは守るからな。そこは安心するがよい」

「やなこった」


 叫んだ。


「ならば死ね」

「死ぬのはてめえだ。喰らえっ!」


 俺の命令と共に、プティンがアイスジャベリンを撃ち出した。


         ●


「やっと倒したか……」


 俺は剣を鞘に収めた。俺達パーティーを取り囲むように、書物の切れ端が大量に落ちている。虹色の煙を立ち上らせ、徐々にマナに還りつつある。


 例の教卓然とした岩テーブルの向こうには、ガァプが倒れている。ぴくりとも動かず。


「はあ……はあ」


 マカロンは、肩で息をしている。何と言ってもまだ子供。いくら魔法で軽量化した短剣とはいえ、連続で振り回していては疲れ切る。最後のほうはもう、剣を肩まで振り上げられなかったからな。


「強かった……」


 ノエルも汗を拭っている。


「ああ……」

「今、回復魔法を掛けるね」

「頼む。……正直、目が回って倒れそうだ」


 厄介な敵だった。なにしろ書物が多すぎた。いくら叩き切っても、本棚に次の書物がどんどん湧いて出たからな。キリがない。おまけにその間を縫って、ガァプが魔法攻撃してくるし。


 HPを削られながらも、なんとか長期戦を凌ぎ切った。勝てたのは、プティンがいたからだ。妖精の強力な魔法連発がなければ、俺達はなぶり殺しにされていただろう。


「よくやったな、プティン」


 頭を撫でてやった。


「ブッシュったら、汗まみれじゃん」


 俺の胸の間から、プティンが俺を見上げた。


「ボク、体中ぬるぬるしてる」

「悪かったな。……気持ち悪いか」

「ううん」


 首を振った。


「ブッシュの匂いがするし。ボク好きだよ。ほら」


 ちゅっと、俺の胸に唇を着けてみせた。


「愛の証」


 いたずらっぽく見上げている。


「ふざけるのもいい加減にしろ」


 軽くデコピンしてやった。


「ひどーい。本気なのに」ぷくーっ


「それよりティラミス、こいつ、なにしてたんだと思う」

「わかりません、ブッシュさん」


 ティラミスは首を振った。


「でも人間を堕落させる研究と言っていました。あれは嘘ではないかと」

「魔族が地下に潜んでいたから、土壌が汚染されたのね」


 俺達全員の回復をようやく終えて、ノエルはほっと息を吐いた。


「いずれにしろ、これで畑の浄化が進むと思うわ。徐々にだろうけど」

「だなー」

「シェイマスさんに、報告に戻ろうよ、ブッシュ」

「驚くよねーパパ、地下に魔族が巣を作ってたんだもん」

「そうだな、マカロン」


 マカロンの頭を、俺は撫でてやった。


「強くなったな。少しの傷では、怯みもしないし」


 正直、俺は舌を巻いていた。さすがは物語の主役。伸び方半端ないわ。


「パパのおかげだよ。あたし、パパやママと一緒だと、よくわからないけど力が出るんだ」


 俺の腰に手を回すように、抱き着いてきた。


 かわいいなあ……。


 俺の心を、不思議な気持ちが満たした。おそらくは……父親としての喜びのようなものが。


「あっ!」


 突然、ノエルが叫んだ。


「ブッシュ、これっ!」

「俺もだっ!」


 体が捻れる感覚がした。脳の内部が絞られたかのように、強い目眩めまいがする。


「パパーっ!」

「なんだこれ……」


 見ると全員、頭を抱えている。妖精プティンまでも。……元守護神たる、ティラミスを除き。


「ブッシュさん、しっかり」


 駆け寄ってきたティラミスが、俺の体を抱いた。


「落ち着いて。すぐには死なない。あれを――」


 指差した。ガァプのむくろを。うつ伏せに突っ伏した野郎の指が、ゆっくりと動いている。なにかを数えるかのように、指を順に折ってゆく。


「死んでないのかっ、くそ野郎っ」

「いえ、もう死んでいる。あれは呪い」

「呪い……」


 そういや、ガァプの体からは、ようやく虹色の煙が立ち上りつつある。


「死ぬと発動する呪いです」


 動いていた指も、すぐに虹に包まれた。


「くそっ!」


 頭を振ると、ようやく意識がはっきりしてきた。まだ目は回るけれど、次第に混乱が収まりつつある。ティラミスはマカロンを抱き、背中を撫でている。


「ふう……」


 俺は息を吐いた。もういつもと変わりない。


「みんな大丈夫か」

「ええ、ブッシュさん」

「うんパパ」

「平気だよー」

「……っ」


 ひとりだけ返事がない。ノエルだ。まだ頭を抱えている。


「私……」


 苦しげに唸っている。


「呪いが発動し、ランダムに相手が決まったのです」


 ティラミスは眉を寄せた。


「ノエルさんが呪われました。この地下が呪いの主体。ああ……急がないと」


 珍しく、ティラミスが焦っている。


「早く出ないと、ノエルさんが死にます」





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