2-3 地底魔図書館
「まさか……魔族とはな」
敵の血で濡れた剣を振ると、鞘に収めた。敵は倒れ、虹色の煙となってマナに還りつつある。てっきり地竜とかその手の、自然発生する地場モンスターだと思ったけどな。
「ここ、人類の土地なのにねー」
プティンも呆れた様子だ。
「魔族は一匹見ると、二十匹居るっていうけどね」
「やなこと言うなし。Gかよ」
「Gってなに」
「あー。そこはスルーしろ」
ノエルやマカロンの両親が亡くなったあの事件でも、裏で魔族が暗躍していた。普通の人が思うよりはるかに、魔族は人類社会のそこここに潜んでいるのかもしれない。
「まあ、弱い種族で助かったけどねー」
敵は四体。どれも同一種族で、見た感じ、人間とそう変わらない。突然現れた俺達を見て大声を上げようとしたが、プティンの範囲魔法で瞬時に気絶したから、後は斬るだけだった。
「にしても、こんなところに魔族が居たのは気になるな。ここ、ど田舎だぞ」
「ブルトン公国にちょっかい出すつもりで、拠点を築いてたんじゃないの」
ノエルは、ほっと息を吐いた。
「この洞窟の気配が怪しくなったの、二、三十年前でしょ。ちょうど公国が海運に力を入れ始めた時期じゃない。観測して、公国が宝を貯め込んだときに襲いかかる算段だったとかね」
シェイマスおおじいにもらった革袋の水を、ノエルは口にした。
「うんおいしい。たしかに生き返るようね。……ブッシュも飲みなよ」
俺にも袋を渡してくれた。
「おう。マカロン来い。パパと一緒に水飲もう」
「わーいっ」
駆け寄ろうとして、マカロンはすっ転んだ。
「大丈夫か」
足元が悪いからな。
立ち上がると、マカロンは服を払った。
「へ、平気だよっ」
言うものの、顔は歪んでいる。娘の強がりかわいい。
「マカロンちゃん、魔法かけてあげる」
ノエルの手から、緑色の光が飛んだ。水を飲ませてやると、マカロンに笑顔が戻った。
「おいしいよ、パパ」
「よしよし」
撫でてやるともう、にっこにこの笑顔だ。
「ブッシュさん……」
ティラミスが俺の袖を引いた。
「この先に、なにか居ます。多分……敵」
「えっ……」
顔を上げた。四体が立っていたここは、ちょっとした踊り場のような小部屋だ。さらに先に、細い洞窟が続いている。
「プティン」
「ボクは感じない」
首を振った。
「でもティラミスが言うなら、間違いないよ。ここに魔族が居たってことは、この先も多分魔族」
「ならこの四体、見張りかなんかか……。そういや、大声で叫ぼうとしてたな」
誰かに知らせるためかもしれん。となると、奥に控えてるのはボスってことになる。見張りより弱いってことはないだろう。
「どうするブッシュ」
マカロンの手を引いて、ノエルが近寄ってきた。
「いったん引く? 決めるのはリーダーよ」
「いや進もう。他国とは言え、ここはタルトの王国の隣。魔族の拠点を残しては、いずれ頭痛の種になる。一匹見かけたら……って奴さ。プティンが言うようにな」
俺の言葉に、全員頷いてくれた。
●
通路を進むと、先に微かな光が見えた。曲がった先だ。おそらく小部屋のようになっているのだろう。もうプティンも気配を感じている。はっきり魔族だと言い切ったからな。
完璧に準備を整え、踏み込んだ。
「なんだ……これは」
そこは、まるで古本屋か図書館のようだった。岩壁に不格好な棚が工作されており、書物と思しき多数の物体が、並んだり積み上げられたりしている。
手前には教卓のような頑丈な岩テーブルがあり、その向こうに奴はいた。
腰の曲がった、小さな老人のようなモンスターだ。皺だらけの顔は緑色。耳はエルフのように長い。
踏み込んだ俺達に気づくと、顔を上げて唸る。
「なんだ。見張り役もこなせんのか、あいつら。人選を間違ったのう……」
溜息をついている。
「で、お前がリーダーか、そこの男」
俺を顎で示す。
「だったらどうする」
「なにしに来た。わしは大人しく暮らしておる。ほっておけ」
テーブルから眼鏡を取り上げると、かける。手元の書籍のページを、ぺらぺらとめくり始めた。
「わしは忙しい。今なら見逃してやるから、お前らの世界に戻れ。地上という名の地獄に……」
「お前は誰だ。ここで何をしている」
剣を構えたまま、聞いてみる。
「わしか? わしはガァプ。……研究しておる。見ればわかるだろう」
「ガァプはね……」
飛んできたプティンが、耳元に囁く。
「序列の高い君主魔族だよ。魔王側近と言っていい。
「ガァプ、お前の手掛ける研究とは、なんだ」
「人間性の研究よ。人間を、どうやって堕落させるかというな。今のところ、うまくいっておる」
にやりと笑った。
「わかったらもう消えろ」
俺達に興味を失ったようだ。本を読みながら、しっしっと手を振った。
「ならこっちも言ってやろう、ガァプ。お前こそ、この地から消えろ。側近なら側近らしく、魔王の足元でへこへこおべんちゃらでも使ってろ」
「わしがいなくなってもいいのか……」
顔を上げ眼鏡を直すと、俺をじっと見た。まるで今始めて、俺の存在に気づいたかのように。
「もっと危険な奴が来るぞ。……近在の人間は皆、殺されてしまう」
「ブッシュ、騙されちゃダメよっ」
ノエルが叫んだ。
「わかってる」
「パパ、あたしがこいつ、やっつけるよっ」
「ブッシュさん……」
「おうおう……」
呆れたように、ガァプは首を傾げた。
「まだ子供ではないか。ここで死ぬとはかわいそうに……」
ガァプの周囲に、急に光が現れた。漆黒。炎のようにめらめら揺れている。やたらと熱い。
「だがまあ、たまには子供の
眼鏡を取ると布でレンズを拭く。テーブルに置くと口を開いた。――と、口は頬を切り裂いて開く。トカゲのように。中には鋭い牙が覗いている。
「プティン、詠唱っ!」
「わかった」
「全員、戦闘フォーメーションっ」
そのとき、棚の本が全て、宙に浮いた。ぱらぺらとページがめくれると、牙が現れる。人喰鮫のように、書物がぱくぱくと開いたり閉じたりした。
「
ガァプが呟くと、書物が飛んできた。全て。牙をガチガチ鳴らしながら。
なんだよこいつ。てっきり魔道士だと思ってたけど、物理系かよ。しかも書物を使役しての間接攻撃とか……。これ実質、百匹とのモンスター戦じゃん。
飛びかかってきた書物を、俺はとっさに横薙ぎに叩き斬った。
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