2-2 荘園外れの洞窟

「ここですか、シェイマスさん」

「おお。そうじゃ」


 翌日、俺達は荘園地帯と山裾の境にいた。昨日はシェイマスおおじいの農家に泊まり、精一杯のもてなしを受けた。朝、連れてこられたのがここ。目の前にぽっかり洞窟が口を開けている。


「この中に入るのか……」


 洞窟といっても、入り口は人ひとり、背を屈めてなんとか入れるかどうか。中は広いらしいが、見える範囲では闇に溶けており、なかなか禍々しい。正直、あまり入りたくはない。


「どうだプティン、なにか感じるか」

「うんブッシュ……」


 俺の防具の胸に、プティンは深く潜り込んだ。


「なんかいやーな感じがする」

「私もそんな印象を受けます。なにか……瘴気しょうきのような……」


 ティラミスは、マカロンの手をしっかり握っている。


「ですが人々のために、進むべきでしょう」

「この穴自体は、昔からあったのじゃ。昔は子供らが度胸試しでよく潜ったもんじゃて。だが二、三十年ほど前から、気配がおかしくなってのう……」


 シェイマスは白髪眉を寄せている。


「今では誰も近寄りゃせん」

「そしてその頃から、荘園が荒れ始めたんですね」

「ああそうじゃ。葡萄が徐々に不作になってのう。……それも、この穴に近い畑から」


 溜息を漏らした。


「今ではかなり離れた麦畑まで怪しい」


 この穴が怪しいとして、近在の村長むらおさが連名で願いを出した。調べてほしいと。だが海運運営に忙しいブルトン公は、取り合ってくれなかったという。代わりに、海運で儲けた資金をたっぷり提供したんだと。これで不作分を埋め合わせろ、その穴にはもう近づくなと言って。


「ブルトン公の補償金で、村はどこも助かった。さすがは名君。そのような声も多い」


 だが、シェイマスは浮かない顔つきだ。


「仕事で困り事が出ても、金で解決できる。昨日も話したが、若いもんが本気で働かなくなってのう……」


 悲しげに、俺を見上げた。


「わしらは農夫。その誇りを取り戻すためにも、この不作の原因を探りたいのじゃ」


 だからこの洞窟を調べてほしい……と、昨日頼まれたってわけさ。


「とりあえず中に入って様子を見てみます」

「おお、助かるわい。これは……」


 傍らに控える息子の嫁から革袋を受け取ると、俺の手に押し付ける。じゃぼんと、袋が揺れた。


「水源の泉を汲んだものじゃ。中で飲むがええ。疲れが取れ元気になると、評判じゃからの」

「ありがとうございます」


 エナジードリンクみたいなもんだな、気分的には。


 仲間と相談し、洞窟を進む順番や段取りなど決めた。それから先頭になって身を屈める。


「では入ります」


 肩を押し込むようにして、俺は地下に踏み入った。


         ●


「思ったより広いわ」


 ようやく広くなった洞窟で伸びをすると、ノエルが左右を見回した。妖精プティンのトーチ魔法で照らされて、灰色の岩洞窟がうねうねと続いているのが見える。


「それになんだか湿気ってる。地下だからかしら」

「水源に近いからだろう。この穴は山裾と畑の境だ。方角的にも、どうやら山の中に向かって続いているようだし」

「とりあえず一本道ですね」


 注意深く、ティラミスは足元を調べている。石ころが多いと、マカロンが転びそうだしな。


「分岐が出るまで進みましょう」

「おう。俺とプティンが先頭。次がティラミスとマカロン。殿しんがりはノエルな。ノエル、最後尾のお前が、全体をいちばん把握できる。なにかあったら、瞬時に回復魔法頼むな」

「わかってるわよ」

「それでプティン」

「なあに、ブッシュ」


 プティンは、防具の隙間から見上げてきた。


「モンスターの気配あるか」


 村外れの洞窟とは言え、言ってみれば地下ダンジョンだ。念のため全員、戦闘装備で事に当たっている。


「入り口のあたりは全然。先はわからないけど、なにか感じたら、すぐ教えるよ」

「よし。マカロン」

「パパ」

「足元に気をつけろ。お前は子供だから、小石でも足首取られて捻挫する危険性がある」

「注意して進むね」

「私が手を繋いで進みます」

「ティラミス、任せた。……行くぞ」


 そろそろと、俺は進み始めた。


 洞窟は、広くなったり狭くなったり、曲がったり急傾斜があったりと、いかにも自然にできた気配。モンスターがアリの巣のように構築した、罠満載ダンジョンという印象はない。分岐がいくつかあったので、その場所には目印の布を置いておいた。帰路に迷子とかは嫌だからな。


 行き止まりになると、分岐まで戻って別ルートへ。それを繰り返して一時間も進んだだろうか。ひときわ天井の高い一角に出たところで、プティンが俺の胸を叩いた。


 飛び出すと肩に止まり、ひそひそと耳打ちする。


「ブッシュ。魔物の気配がする」

「マジか」


 つられて俺も小声になる。


「あと五十メートルで、洞窟は右に曲がる。その先に、なにかいるよ」


 魔導トーチの光は幸い、そこまで届いていない。だから曲がり角は見えないが、向こうからも俺達のトーチは見えていないはずだ。


 振り返った。俺を見て、ティラミスも頷く。そうか。やっぱりいるか。手招きで全員を呼び寄せると、小声で命じた。


「この先にモンスターがいる。戦闘になるだろう。地下だけに地属性の可能性が高いが、そうとは限らない。だからプティン、初手は無属性魔法だ。詠唱準備をしておけ」


 無言のまま、プティンが頷いた。


「何匹いるかわからんが、その後は乱打戦になる。俺とマカロンが前衛に立ち、連中を牽制する。こちらの攻撃は、あくまでプティン中核だ。馬鹿な敵が突っ込んできたときだけ、俺とマカロンは応戦する」

「敵に魔道士がいたらどうするの、ブッシュ」

「そうだノエル。そこが問題だ。その場合、俺が突っ込む。プティンは援護してくれ。ティラミスはポーションやアイテム要員だが、俺が突っ込んだら前進して、マカロンの隣で剣を取れ」


 俺が抜けた後のティラミスはあくまで牽制だと、念を押した。攻撃は、めきめき実力を上げてきたマカロンに任せる。だがただひとりだと、敵が複数で狙うリスクがある。そこでこちらも前衛を一枚増やしておきたい。


「いいな」


 全員が作戦を理解し、準備を整えた。


「よしプティン、魔導トーチの光量を最低限まで下げろ。接敵したら、明るくするんだ。――行くぞっ」


 そろそろと、俺はすり足で進み始めた。

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