第二章 謎の地底図書館

2-1 公邸潜入作戦

「なるほど。あんたらは冒険に役立つアイテムを探しておったのか」


 晩飯の席で、例のじいさん――シェイマスという名前だと――は頷いた。


 じいさんの家。素朴な木の大テーブルを囲むのは、俺達とじいさん、それに息子夫婦だけだ。


 孫もいるらしいが、もう大人なので、公国市街地の市場で修行しているそうだ。そこで農産物の価値を知り、いずれは戻ってきて農地経営に乗り出すのだという。


「はいそうです。近々、別の大陸に冒険に出る。そのために武器防具やアイテムを見繕えればと……」


 とりあえずでまかせで、そういう話にしておいた。


「そうなんです。ブルトン公国は海運で名だたる国家。きっとここなら各地から貴重なアイテムがあるのではと」


 ノエルがフォローしてくれる。


「先程は、家族旅行と偽ってすみませんでした。冒険者と名乗ると、なにかと面倒が起こりがちなので……」


 俺は頭を掻いてみせた。


「仕方ないですね」


 息子が頷いた。


「大きな街ともなると、危ないですからね。……まあここブルトン公国では大丈夫ですが。なにしろ交易の街なので」

「それにしても、冒険者様なのに、こんな小さな子供まで……」


 息子の嫁は、まだ信じられないといった顔つきだ。


「危なくないんですか」

「ええ。俺とマカロン、ティラミスは本当に家族なんです。ひとときも離れたくないので、一緒に冒険者をしています」

「ティラミスもマカロンちゃんも、想像以上に強いんですよ」


 ノエルが付け加えた。


「私は魔道士として参加してますが正直、三人だけでもかなり戦えます。なにしろ……」


 言いかけて口をつぐんだ。多分、デーモンロードを倒したとか言いそうになったんだろう。だが魔族のトップクラスを倒したと明かすわけにもいかない。


「なにしろ、妖精もついていますし。ねっ、プティン」


 おう、うまくごまかしたな、ノエル。


「そうだよー。ボク、強いからねっ」


 それだけ言うとプティンは、また山菜をやっつける作業に戻った。いやこの山菜、新鮮なせいか、どえらくうまいんだわ。前世で食べた山菜って、なんか地味なじいさん味だったんだが、ここのは香りが高くて、まるで最高のクレソンと松茸を合わせたような香味だからな。


「そうか。それはええのう……」

「それより、少し話を伺いたいのですが」

「なんじゃ。……なんでも教えてやるぞい」

「ブルトン公は、貿易で国家繁栄を導いた、賢君と聞きました。なにか……エピソードはないでしょうか」


 このじいさんは、かなりの年寄り。聞き出す、いい機会だ。


「実は私達、公にお目通りを願いたいのです。ですがなかなか、公邸には入れてもらえなくて……」


 ティラミスが、ほっと息を吐いてみせた。


「なんだか偉そうな人が、あたしたちをしっしって追い払ったんだよ」


 木の匙を握り締めたマカロンは、憤懣やるかたないといった雰囲気。


「それは仕方ないですね。衛兵なら当然ですわ」


 嫁が微笑んだ。


「でもエピソードなら……おおじい様」

「おうよ」


 しわくちゃの顔で、シェイマスはしばらく斜め上を見つめていた。それから俺に視線を戻す。


「長くなるが、ええかの」

「ええ。お願いします」

「現ブルトン公、つまりオーエン様は変わってしもうた」

「変わった……」

「おうよ。子供の頃から、こんなど田舎に来ても心配りするいい子での」


 ほっと息を吐くと続ける。


「だが家督を継ぐ直前だったか……、病気で幼なじみの恋人を失ったのじゃ」

「病気治療のために大学都市に連れていきたいと願う、オーエン様の希望は、お父上に却下されたのです」


 嫁さんは、悲しげに眉を寄せた。


「小国ゆえ費用がないとのことでした。……魔道士では、対症療法しかできません」

「でもおかしいわね」


 ノエルは首を捻った。


「公が地位を継いでからすぐ、桟橋とか商船整備に大金を投じているわよ。お金はあったということじゃない」

「そこは正直わからん」


 おおじいシェイマスは首を振った。


「だがおそらく、小国ゆえ蓄えが貴重だったのだ。……いずれにしろその後すぐ、両親が事故で亡くなった。ブルトン公の地位を継いだオーエン様は、自分が家督を継いだ以上、もうあの悲劇は繰り返すまいと思ったのじゃろう。領地運営に、大金を注ぎ込むようになったのじゃ」


 なるほど。代々貯め込んだ金があったのに、病気に金を使ってくれなかった。そのために恋人は死んだ。だからこそ、自分の代では、そんなことはしまいと……。


「仕方の無いことだったのじゃ。なにせここは海沿いの小国。蓄えがなければ、凶作や台風被害の多い年を乗り切ることなどできんからのう」

「それもひとつの考え方ですね」


 居住まいを正したまま、ティラミスは神妙に話を聞いている。


「いずれんしろオーエン様は貿易立国を目指し、一世一代の賭けに出たのじゃ。賭けは成功した。だがそれが、オーエン様の性格までも変えてしまった……」


 おおじいシェイマスの話は続いた。


 要するにこういうことよ。


 ブルトン公国が繁栄の階段を駆け上るのと比例して、ブルトン公オーウェンは、外に出ないようになった。都市――どころか公邸の中で全てを決め、経済活動の中核となった貿易交易に辣腕を振るった。


 都市を囲む荘園で虫害が発生しても、以前のように陣頭指揮を取り、農夫の手を取って共に泣くようなことはしない。必要な食糧は外から買い入れ、必要に応じ、都市住民だけでなく荘園農夫にも配給した


「ひとつの戦略だよねー、それ」


 お腹がくちくなったのか、プティンはもう皿から離れ、俺の肩に留まっている。


「間違ってるわけじゃないよね、ブッシュ」

「たしかにそうだ。結果として領民を最大限に守っているしな。農夫も含め」

「それはそのとおりじゃ」


 シェイマスも認めた。


「だが農夫の幸せは、自ら育て上げた作物で一喜一憂することよ。今は営農に失敗しても、公から補填の金をもらえる。若いもんは次第に、働くことへの意欲を失いつつある。時代の波とは言え、悲しいことじゃ」


 はあなるほど。市場で将来を見据え修行してるシェイマスの孫は、まだいいほうってことだな。


 社畜時代にもこういう経験があるわ。社内ニートみたいな奴がいたからさ。とにかく酷い野郎で、なんせ本人、別荘地住まいで、会社から新幹線通勤費取ってたからな。しかも出社は半年に一度。異動が気に入らんとかいう話にして会社を訴えて係争中だから、仕事なんかしないわけよ。もちろん評価は底の底だが、首にはできない。係争中だし法律で守られてるからさ。


 要するに人間、働くなくても食えるとなると、一定確率でクズが湧いて出るってこと。というかその人間の本性を隠さなくなるというかさ。だからなんでも金で補償しちゃうのは、両刃の剣ってことだな。真面目な奴にとっては助かるいい制度だが、堕落する危険性もあるという。


 制度設計って、マジ難しいと思うわ。


「どうじゃろう、ブッシュさんよ。公邸に入りたいなら、わしが手筈を整えてもいいが……。策はある」

「えっ……、本当ですか」


 俺はノエルと顔を見合わせた。


「助かります」

「だから公邸でブルトン公にひとこと言ってはもらえまいか。側近はおべんちゃらを言うのみ。外を知る冒険者の諌言かんげんであれば、聞く耳を持つと思うのじゃ」

「いいですよ」


 俺は頷いた。


「とはいえ、たまたま通りかかった無名冒険者の言うことを本気で聞いてくれるとは思えません」


 なんせチューリング王国の隠密と明かすわけにはいかんしな。


「そこでだブッシュさんよ、お主には荘園を救った英雄となってもらう。それなら耳を傾けるだろうからな」

「英雄……。偽装ですか」

「いやひとつ、実際に困っておることがあるのじゃ」

「おおじいさま、それは……」

「いいのじゃ」


 息子がやんわりと止めたが、じいさんはどこ吹く風だ。


「とりあえず話を伺います。それから皆さんで考えましょう」


 ティラミスが割って入ってきた。


「いったい、なにをすればいいんですか、おじい様」

「うむ、実はの……」


 シェイマスおおじいの話は、長く続いた。

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