1-5 あっさり身バレ

「さて、昼飯にするか……」


 ブルトン公国郊外の荘園地帯。そろそろ昼飯どきだ。葡萄園と麦畑を見下ろす丘陵地帯の端に、俺達は馬車を駐めた。


「やっぱり、野原は気持ちいいわね」


 ランチのサンドイッチを詰めたバスケットを手に、ノエルが馬車を下りる。ぐっと大きく、伸びをして。


「春はいいなあ。……もうすぐ梅雨なのが残念だわ」

「気持ちいいもんね」


 馬車から飛び出した妖精プティンは、俺の頭の上を飛び回った。


「はあー、やっと出られた。みんなが聞き込みしてる間、ずっと馬車で荷物に隠れてるの、退屈で退屈で」

「仕方ないだろ。お前を見られたら、家族旅行の偽装が剥がれるわな」

「パパーっ」


 飛び下りたマカロンが、俺に駆け寄ってきた。


「一緒にご飯にしよ」

「マカロン、ダメですよ」


 脇に立ったティラミスが、馬の首を撫でている。


「まずお馬さんに水を飲ませないと。それから草のところに連れて行ってあげて、それからよ、私達のご飯は」

「そうだったーっ。ママごめん」


 くるりと反転。


 マカロンを冒険者に育てるという俺の意図を、ティラミスはよくわかっていてくれる。だからきちんと、基本的な教育を施してくれる。俺と一緒に。


「私が準備しておくからね、マカロンちゃん」


 柔らかな草の上に布を敷き、ノエルはてきぱきと食事の皿を並べ始めた。山鳥のサンドイッチ、根菜と肉の炒めもの、デザートのクッキーと蜂蜜。飲み物のカップに茶を注いで回るのは、俺の役割だ。


「いい匂いだねー」


 俺の肩に留まって、プティンはもうよだれを垂らさんばかりだ。


「ボクもう我慢できないよ」

「お待たせしました」


 マカロンの手を引いて、ティラミスが戻ってきた。


「よし食うか」

「いただきまーすっ」


 マカロンは、サンドイッチにかぶりついた。大口を開けて。いやこの勢いなら、どんどん育ってくれると思う。一年経ったら、六歳。たった一年でも、大きくなるんだろうな。……すごく楽しみだわ。


「マカロン、ご飯の前に、手を拭きましょうね」


 水で絞ったふきんで、ティラミスが指を拭ってあげている。


「冒険の最中は、お腹を壊すだけで命取りになることがあるの。体調が悪いと、モンスターにやられちゃうのよ」

「モンスターが出なくても、誰も居ない山奥や砂漠で歩けなくなったら、死ぬからな」

「うん、パパママ。わかったよ」


 大人しく手を拭かせている。マカロンの準備が終わるまで、俺とノエルも手を拭いて見本を見せている。例外はプティンだけだ。妖精用に細切れにしてある料理を、もう頭を突っ込むようにして味わってるからな。


「わあ、おいしいねーパパ」


 幸せそうに、マカロンは料理をつまんでいる。


 この野原は暖かく、春の優しい風が、芽吹きのみずみずしい香りを運んでくる。草や木がさわさわと鳴っている。はるか眼下の麦畑は海の波のように風になびく。今日は例外的なくらい暖かく、麦畑からは陽炎かげろうが立っている。


 いや、俺も幸せだわ。これもう家族のピクニックじゃん。底辺社畜でどぶの底を這いずり回ってた俺が、こんなに穏やかな日を迎えられるなんてな。夢のようだ。


「昨日今日と荘園を回ってるわけだけれど」


 お茶をひとくち含むと、ノエルが俺を見た。


「今のところ、たいした収穫はないわね」

「まあなー」


 おおむね、街の連中と言ってることは同じだ。


「噂もなんだか、曖昧な伝聞が多かったよな、ノエル」

「うん。……多分郊外だからね。ブルトン公だって、海運運営に忙しいだろうし、あんまり荘園には顔を出さないみたいだし」


 考えたらもっともな話だ。


「おや」


 大木の陰から、男の声がした。見ると年老いた農夫。たっぷり草の詰まった蔓草つるくさ編みのかごを背負っているから多分、山菜摘みでもしてたのだろう。


「あんたら旅のお方かね」

「ええ。……家族旅行です」

「それはええのう。かわいい子ぉも、ふたりもおるし……」


 微笑むと、顔の皺に目が埋まるくらいになった。


「あら……」


 ノエルが赤くなった。どうやらこのおっさん。俺とノエルが夫婦で、子供をふたり連れていると思ったようだ。


 ……まあ、それもそうか。見た目からすると、そう判断しても不思議ではない。実際はもちろん、この中で最年長はティラミスだけどな。何百年も前から生きてる守護神なんだから。


「どうじゃ。わしの家に泊まっていかんか」

「いいんですか」

「おうよ。わしらは海辺の民。外から来る連中をもてなすのは、古来からのわしらの風習じゃて」

「ブッシュさん……」


 ティラミスが目配せしてきたので、俺は頷いた。。


 わかってるよ、ティラミス。荘園巡りでは、これまで老人とは会えなかった。年寄りなら、昔のことを覚えているはず。ブルトン公や公子アランのことを知るには最適だ。


「では、お邪魔することにします」


 なに、礼として酒とスイーツでも渡せばいいや。この街で手に入りづらい品とかを。これまでだって、そうして旅して来たからな。


「おう。わしに任せよ。ちょうどいい山菜も手に入ったし……」


 背中の籠を振ってみせる。


「それに先シーズンは、十年ぶりにいい葡萄酒ができた。ここのところ作柄は悲惨じゃったからのう……。じゃから、うまい飯と酒を出してやろう」

「ホントっ!?」


 皿から頭を起こしたプティンが飛び上がった。


「わーいっ」


 俺の上をくるくる飛び回る。


「ねえねえブッシュ、今晩は美酒美食だよ。しかも農家の採りたて食材で。ねえねえおいしいに違いないよ、ねえねえ」

「よ、妖精……」


 じいさんが目を見開いた。


「ど、どうしてあんたらが妖精を連れておる。……家族旅行などじゃないな。あんたら……冒険者か」


 あっさりバレた。いつもいつも、プティンの口の軽さとか考えなさはとびきりだわ。……まあその分、プティンは明るい。話していて楽しいから、別にいいんだけどさ。




●次話から新章。

地下の謎図書館(?)探索に、ブッシュファミリーが挑みます。お楽しみにー。

あとプティン、お前は少し自省しろwww

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