1-4 貿易立国
予定通り公国に入り、目立たない「中の下」くらいの宿に入った。もちろん、一家と家庭教師という触れ込みで。荷物に隠して持ち込んだから、プティンは苦しいとか散々文句言ってたけどな。なんせ妖精と同行とか知られたら、「貧乏家族旅行」という偽装が台無しだからさ。
貿易で成り上がった小国だけあり、都市の規模に比べ信じられないほど多数の宿が存在し、商人だの船員だのを飲み込んでいる。
それだけに宿も
翌日から、街を回ってブルトン公とひとり息子アランの評判を、街で聞きまくった。
調査のため飯屋や土産物屋で金を使ったので、みんな楽しそうだった。主にマカロンとプティンな。俺もプティンを服の陰に隠しながらスイーツ食わせるの、だいぶうまくなったよ。ノエルとティラミスは大喜びこそしないものの、甘い物を前にすると、やっぱ幸せそうだったわ。
意外に情報が集まったのは、港の周辺だ。貿易で儲かった金で作ったんだろうけど、きれいに整備された公園があるんだ。そこにボードゲームを楽しむための
そこでゲームの相手などしながら、雑談で聞き出すわけよ。ここはもう、ティラミスの独壇場。守護神のためかもしれないが、やたらに強い。それでいて手加減して相手をいい気分にさせながら、勝負自体は長引かせるからな。怪しまれないよういろんな話題を挟みながらぽちぽち話を振るんで、時間が必要なんだわ。
男より女のが情報持ってたな。この世界でも、女子のほうがこのあたりは鋭いらしいわ。
「うーん……」
宿の部屋に戻ると、ノエルが寝台に腰を下ろした。
「とりあえず、いい話しか耳にしないわね」
「そうだな」
偽装のため、家族の部屋と家庭教師の部屋、二部屋を取ってある。内々の話をするのは、もちろん家族部屋だ。こっちのが広いし。
「なんせ現公は、辺境の貧乏小国から一代貿易拠点へと、一代で公国を栄華に導いたからな」
そりゃ多少の欠点とかどうでもいいと、住民なら誰だって思うだろうよ。
「一週間経ちましたね」
全員のカップに、ティラミスが壺から茶を注いだ、帳場でもらってきた、冷たい茶の壺だ。
「情報はそれなりに集まってきましたよ、ブッシュさん」
「そうだな……」
寝台にごろんと横になると、俺はしばらく天井の染みを眺めていた。面白がって、マカロンが俺に跨って「お馬さんごっこ」を始める。調子に乗って、妖精プティンまで参戦してきた。
「成り上がり小国……か」
数十年前まで、ブルトン公国は辺境の貧乏小国だった。貧しい荘園に細々とした近海漁業しか産業が無い。唯一、大洋に面していることと、荒天でも荒れない内湾という地の利だけは特徴だった。それを生かし大規模交易を始めたのが、現ブルトン公だ。
父親母親が事故で亡くなり、ブルトン公は、若くして家督を継いだんだと。継ぐとすぐ、小国の経済規模からはかけ離れた大桟橋を構築した。側近の反対を押し切って。大きな商船を発注すると、貿易を始めたわけさ。
費用の出どころはなんだと、当時は噂の的になったらしい。港のジジババが言うには、どうやら代々貯め込んできた虎の子の資金を全部吐き出したのでは、って話。要するに一世一代の賭けに出たってことだろう。若さゆえの大胆な施策ってことだ。
実際、その賭けは成功した。大規模貿易、特に大陸間貿易はいろいろな国、いろいろな港で行われていたが、どこも海路途中の魔物襲撃で痛手を置い、下火になった。
だが南に向いた航路が幸いしたのか、ブルトン公国の商船がダメージを受けるのは稀で、貿易ニーズが一手に集まった。その儲けを無駄遣いせず、さらなる港湾整備と商船建設に注ぎ込んだ。倍々ゲームで取扱貨物量が増えて料金を下げたため、コスト面で他国は太刀打ちできない。結果として大陸間貿易を手掛けるのは、今ではブルトン公国のみになった。
ブルトン公国は陸路がほぼ使い物にならないので、ここをハブとして各地の港に小分けした荷物やコンテナを海送する。なんのことはない。他国の海運事業は、ブルトン公国からの廻船としてのみ存続している状況だ。だから海運関係者の誰も、ブルトン公国には頭が上がらないという。
桟橋建設に反対した側近どもは自らの不明を恥じ、皆、公国を去った。よって現在はブルトン公がほぼひとりで公国の政策を決定しているらしい。
「それー。お馬さんパカパカ」
腹の上で、マカロンが跳ねている。
「パカパカー」
「こら」
尻馬に乗って胸で跳ねているプティンを摘み上げた。
「ふたりともそろそろ止めろ。さすがに痛いわ」
「ほらマカロン、ママがクリーム舐めさせてあげる」
いつの間に帳場から持ち込んだのか、クリームてんこ盛りの小皿を、ティラミスがテーブルに載せた。
「こっちにいらっしゃい。パパ困ってるから」
「クリームわーいっ」
「クリームわーいっ」
ふたりハモってるな。
「とにかく、ブルトン公は有能だって話しかないな」
「
「とりあえず、どえらく無能とか性格破綻者という線はなくなったな」
小国とはいえ、支配する貴族といえどもあんまり出歩きはしないらしい。それでも稀に街に出ることがあれば、困った人を見つけて懐から金を与えるらしい。これでなんとかしろと。
「さすが、大儲けしてる貴族だけあるねー」
プティンはもう、クリームに頭を突っ込んだも同然だ。見かねたノエルが髪を拭いてやっている。
「でもなんだか、もやもやする」
「なんで。……あーブッシュ、もしかして」
飛んでくると、プティンが俺の耳に口を着けた。クリームのいい香りがする。ひそひそと。
「ブッシュ、いい男に姫様を取られるの、嫌なんでしょ。ねえねえブッシュ、嫌なんでしょ」
「違うし。なんかいい話ばかりだと、座りが悪いんだよ」
前世の底辺社畜時代を思い出す。俺が左遷で飛ばされた悲惨な子会社に、経理担当としてメインバンクから落下傘役員が送り込まれたことがある。
そいつは社内の無駄コストを洗い出し劇的なコストカットに成功して称えられたんだ。でもなんてことはない。その野郎、帳簿を改竄して利益を演出してただけの上、内部留保金を横領して着服してやがったからな。
それ以来、「全員が褒める奴」って、なんだか信用出来ないんだわ。称賛五、中立三、誹謗二くらいの割合の奴が一番使えるし、信頼できる。それは俺の社畜経験則だ。
「いずれにしろ、調査を始めてまだ一週間だ。もっと探ろう」
「直接、お会いしたいところですね」
ティラミスは、マカロンのカップにおかわりの茶を注いでいる。
「顔を見ていろいろ話せば、その方の中身は見えてくるものです。私はそれを、ホームレスのときに学びました」
「それだよな、やっぱ」
「ブッシュさんがいい人なのも、最初に会ったときにわかりましたよ」
「俺もわかったよ。ティラミスは天使だって。俺は、下着姿でスラムに捨てられた。ゴミ袋から染み出した汚水まみれの下着姿で。そんな俺に、優しくしてくれたんだからな」
「ブッシュさん……ブッシュパパ……」
じっと見つめられた。
「あーほらほら、見つめ合わない」
プティンも茶を飲んでいる。
「会いに行くのは試したものね」
ほっと息を吐くと、ノエルはクリーム皿の脇のクッキーを口に放り込んだ。
「ああ」
なんせ俺達は隠密任務だ。「チューリング王国の使者でござい」とか言うわけにもいかない。「旅の者だが高名なアラン公子様にお会いしたい」体で公邸正面の警護に申し出たが、普通に「帰れ帰れ」とけんもほろろだった。
まあそりゃそうだ。いくら公やアランが優しいとしても、門番は別。誰でもほいほい通してたら警護失格だからな。
「どうすっかなー」
手を後頭部に当て、天井の雨漏れ染みを見てしばらく考えた。
あーいかん。なんも浮かばねえ……。
「市街地で大暴れしてみるか」
「暴れてどうするの、ブッシュ」
「わざととっ捕まるわけさ。牢屋の囚人なら、表向きじゃない、裏の情報持ってるかもしれないだろ」
「普通に叩き出されて、公国出入り禁止で終わりでしょ」
ノエルは呆れたような瞳だ。
「調査もクソもないじゃない、それだと」
「あの……」
遠慮がちに、ティラミスが俺を見る。
「外に目を転じてはどうでしょうか、ブッシュパパ」
「外?」
「ええ。公国中核都市の外には、狭いとはいえ荘園が広がっています。……これまで街しか見てないでしょう」
「なるほど」
脳内で検討してみた。たしかに、ひとつの手ではある。現状行き詰まってるんだから、試してみる価値があるかも……。
「よし。明日から郊外を回るか。土産の醸造酒でも探す、家族の体で」
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