3-7 一か八かの計略

「ブッシュ……」


 連中が消えると即座に、俺とクイニーの縄に、ティラミスとマカロンが手を伸ばした。


「ダメよブッシュ、ほどけない」

「魔法でめられています、ブッシュさん」


 連中に魔道士いたしな。くそっ。


「剣さえあれば、切れるんだけど……」

「ボクさえ自由なら、魔法で一発なのに……」

「まあ仕方ない。できることをしよう」

「ブッシュの兄貴……」


 クイニーは、情けなさそうな顔をしている。


「それでも詐欺師かよ、クイニー。なんとかごまかせなかったのか」

「すまねえ兄貴、この不始末はいずれ……。妖精があっという間に押さえられて、もう何を言っても無駄だった」


 多勢に無勢だったろうしな。そこは仕方ない。


「まあいい。それにそもそも今は、仲間割れなんかする余裕はない」

「帳場に魔法使いが詰めてるとは思わなかったんで、兄貴」

「ボクが悪いんだよ。悪党に捕まるなんて、妖精界の恥だよ、もうっ」


 プティンは悔しそうだ。ノエルが鉄籠を触っている。


「どうだノエル。プティンを解放できそうか」

「ダメ、籠を外せない。……なにか強い魔法で封印されているの」

「時間を掛ければ解錠できそうです」


 ティラミスが、籠を撫でた。


「でも私でも何日か掛かる。すぐは無理です」

「逃げるにしても、数日がかりか……」


 そうなると、こちらにはとてつもなく不利だ。たとえいずれ逃げられるにせよ、その間、ノエルやティラミスが虐待されてしまう。男共に。代わる代わる。


「ブッシュ……」


 ノエルが俺の手を握ってきた。


「私……怖い」


 そりゃあな。多分処女のノエルが、いきなり男に買われるんだからな。怖くないはずがない。


「大丈夫だ。守ってやる」

「ありが……とう。嬉しい」

「嘘や虚勢じゃないぞ、ノエル。なんとしてもだ」


 俺の胴を抱いてきた。


「それでクイニー、なにか情報は取れたのか。連中の人数とか武装とか。ここから逃げる手筈を整えたい」


 なんにせよ、まずデータ。それを元に戦略立案だ。


「そうっすね、兄貴……」


 クイニーは、館の構造だの男衆の人数だの、あれやこれやを教えてくれた。別に聞いてないのに、女の数までも。こいつは、裏の仕事でここに何度も出入りしていた。職業柄、押し入るつもりはなくとも自然と色々調べてしまうんだとさ。


「なんせ情報は、いずれ生かせることもある。そいつを金に換えるのが、詐欺師の腕って奴で」

「ぐるぐる巻きで自慢してる場合か、アホ」


 まあ、俺も同じ惨めな姿だが。思わず溜息が漏れた。


「構造はわかった。それで、どう逃げる」

「逃げるのはなんとか。問題はこのいましめっすね」


 縛られた胴を揺すってみせた。


「お前はこそ泥兼スリ兼詐欺師だろだ、破れないか」

「無理っす」

「くそっ」

「それにこっちには武器もないっす。逃げる途中で戦闘になるのは見えてる。妖精プティンの魔法も使えないとなると、打つ手はない」

「……そうだな」

「ブッシュ……」


 不安げな声で、ノエルに見つめられた。


「ノエルの姉御には恩がある。なんとか救いたいところっすが……。そうだ!」


 クイニーは大声を出した。


「捕まる前に聞いた話だとちょうど今、予定通りオーエンとアランの親子が来てやすぜ。VIP中のVIPっすよ。それで楼閣中ぴりぴり警戒してやして。それもあって、プティンが見つかった次第で」


 今はそんなのどうでもいい。それより脱出だ。


「おい」


 扉が軋むと、男が入ってきた。スキンヘッド。信じられないほどのデブだが、腕の盛り上がりを見る限り、筋肉は相当ついていそうだ。手に握ったナイフを、ぺろりと舐めた。


「俺はここの下男だ、へへっ……。女を手懐けるのが、俺の仕事でな」


 ティラミスに顎をしゃくる。


「そいつはガキすぎて、すぐには店に出せねえ。これから毎日やって、俺が男ちうもんを教えてやるぜ。少しは広げとかないと、客が困るからな」


 この野郎、勃起してやがる。


「こっちのは小さすぎて、俺でも無理だが」


 マカロンを顎でしゃくる。


「いやもちろん俺様の範囲内だが、店に出す女を初手で壊すわけにもいかねえからな。一度、初物ガキ好きの客に高く売った後で、俺があれやこれや仕込んでやるぜ。俺と同じで、ガキ好みの客だって多いからよ」

「よせっ!」

「止めるわけねえだろ、アホ」


 これ見よがしに、ナイフを振り回してみせた。曲芸のように。


「邪魔すんなよ、お前ら。……死にたくないならな」

「ママをいじめるなーっ!」

「そうよ。噛みついてでも、あんたを止めてみせる」


 ティラミスの前に、ノエルとマカロンが立った。俺とクイニーも、縛られながらも立ち塞がる。


「姉御はブッシュ兄貴の嫁だ。恩がある。俺も守るぜ」

「ティラミスに手を出せば、お前を殺す」

「死ぬのはお前らだろ」


 にやにや笑ってやがる。


「最悪、男は殺していいと言われて来たからな。特にクイニー、てめえは前から気に入らなかったんだ。チンピラ風情が、うめえこと兄貴に取り入りやがって」


 睨んでいる。


「知るかよ、デブ。そいつは俺の才覚だ」

「殺してもいいんだろ。なら俺を今殺せ。俺が死ねば、ティラミスも恐怖で大人しくなる。扱いやすいぞ」

「それもそうか……」


 デブが笑うと、腹の脂肪がだるんだるん揺れた。


「ブッシュとやら、おめえなかなか気が利くな。どれ……」


 ナイフを構え、じりじり近づいてきた。


 一か八かだ。俺を殺すには、近くに寄る必要がある。その瞬間、体ごとぶち当たって、ナイフを落とさせる。それさえ拾えば、逆転のチャンスはある。たとえ俺が多少怪我したとしても、ノエルに回復魔法を施してもらえばいいしな。


 なに俺が拾えなくても、俺とクイニーでこいつを倒して、のしかかればいい。ノエルがナイフさえ入手できれば、俺達は勝ったも同然だ。


 ノエルだって立派な冒険者。地下ダンジョンで生死を懸けた戦いを繰り広げてきた猛者だ。相手が女と舐めくさってるこのデブなんか、なんとかなるだろう。その後は俺達のいましめも解けるし、脱出のための武器としても使える。


「いい手を教えてくれたからな。苦しまないように動脈を切ってやる。動くんじゃねえぞ……」


 こっちの男は縛られている。後は子供ふたりに、無力に見えるノエルだけ。油断したデブは、俺の間合いまで踏み込んできた。


「クイニーっ!」


 叫ぶと同時に、俺はデブに体当りした。――と見せかけて、瞬時に跳びじさった。野郎のナイフが空を切ったところに、横からクイニーが突っ込む。


「くそっ!」


 すっ転んだデブから、ノエルがナイフを奪った。そのまま野郎の腹に突き立てる。


「痛えっ!」

「やったっ! ――あっ!」


 腕を振り回し、デブがノエルを跳ね除けた。あの太った体でどうやって……と信じられないほど俊敏に立ち上がる。腹にはまだナイフが突き刺さっているてのに。


「あー痛え……」


 腹からナイフを抜くと、血を舐め取った。


「ふん。俺様の体に騙される馬鹿が多くてな。わざと油断してみせると、いっつもこれだ」


 ナイフを逆手に構え直した。


「諦めろ、ブッシュとやら。まずてめえを殺す。……どうやらお前が戦術を考えているようだからな。次にクイニー。死なない程度に女も全員、痛めつける。痛みで動けなくしてから、犯してやるわ。なに、傷は後で魔道士に修復させてから、客に出せばいい」


 へらへらと笑うとまた脂肪が揺れ、傷口から血が垂れた。


「俺様の怪我を見れば、男を殺し女を痛めつけても、兄貴は文句を言わねえ。ありがとうよ、てめえら」

「早く手当てしたほうがいいぞ、デブ。失血死したくなければな。戦いは後にしようぜ」

「へっ」


 一笑に付された。


「俺様の腹の脂肪を通るかよ。こんな怪我、あぶに食われたのと同じだぜ。……ちゃんとそこまで考えて、短いナイフにしてるんだからな」

「くそっ! だからデブは嫌えだっ」


 クイニーが毒づいた。


「腹は強いか。だが首ならどうかな」


 誰かの声が聞こえた。部屋の入り口から。


「は?」


 デブは一瞬、素の表情になった。それから口を開け、ぱくぱくと動かす。ごぼごぼと泡立ちのような音が、口から漏れた。


「……っ」


 白目を剥くと、倒れ込んだ。どうっと床が軋み、埃が立つ。首の後ろに、ナイフが刺さっていた。


 デブの後ろから、男の姿が現れた。もうもうたる埃の中。


「……ガトー」


 タルト王女の直属スカウト。ガトーは、俺を見て笑った。


「間に合ったな、ブッシュ。相変わらず、無茶する奴だ」

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