1-2 隠密行動の同行者

「どうするの、ブッシュ」


 王女に調査を頼まれた晩、サバラン宿の風呂場。いつものように、俺は妖精プティンと湯に漬かっていた。


「それなあ……」


 たまたま宿で一番いい部屋が空いていたので、そこに泊まっている。もちろん、ちゃんと金を払ってな。冒険者として独り立ちした俺は、もはや居候ではない。


 ティラミスとマカロンはサバランの私室にお呼ばれ中。なんでもふたりのために服を買っておいたとかで、今頃は着せ替えファッションショーをさせられているはずだ。


「行くさ。王女の婚約ともなれば国民的にはめでたい話だろうが、どうにもきな臭いしな」

「それに王女様の気持ちもね」

「……」

「ねえブッシュ」


 返事がないので焦れたのか、湯から飛んだプティンは、俺の肩に跨ってきた。そのまま耳に囁く。


「わかってるくせに。知らん顔とか」

「知ってるさ。……ただ、どう応えればいいか、まだ結論が出ていない」


 おしとやかで穏やかな性格の奥に、王女は冒険への強いパッションを持っている。それが転じて俺への気持ちになっていることもわかってる。なんせ俺は傍若無人な流れ者だからな。王女にもタメ口で接する。俺という存在が象徴する世界に、王女は憧れているんだ。


 その気持ちに応えると、王女には明言してある。だが一国の王女、しかもひとり娘だ。これをどう現実的に落とし込むか。これは難題だ。前世の底辺社畜時代だって、こんな厄介なプロジェクトはなかった。


「もうっ」


 プティンが首に抱き着いてきた。


「本当に頼むよ。ダンジョンではリーダーとしてあんなに有能だったのに……ブッシュ、姫様のことになると、なんだか頼りない」

「悪かったな。とにかく数日で準備を整えて、例のブルトン公国に向かう。王女の入り婿候補を、調べてみようじゃないか」

「誰を連れていくの、ブッシュ。ティラミスとマカロン、ノエル、それにボクは確定として」

「それなあ……」


 最初の悩みどころがそれだ。


「道中は戦闘だってある。国越えだからね。人里離れた国境地帯はモンスターも跋扈してるし山賊もいるよ」

「それにブルトン公国に陰謀が渦巻いてるなら、あっちでだって気を抜けないしな」

「そうそう。ボクたち五人だと、戦闘時のバランスが今ひとつだよね」

「わかってる」


 俺とプティンが最前衛。マカロンは中衛で、必要に応じて前に出す。ノエルは後衛で回復役。ティラミスはまだ能力が安定しないし、後衛に置いてポーション係兼ワイルドカードといったところだ。


 俺は前衛だがそもそも底辺社畜で、剣技に優れてるわけじゃない。プティンの魔法が攻撃の起点兼中核になるだろう。


 つまりパーティー盾役としての防御力、されに物理攻撃の威力や手数といった点で、前衛の布陣がイマイチだ。


「ガトーはいないしね。重戦士タルカスを加えたらどう、ブッシュ」

「それも考えたんだ」


 戦闘バランスからして、最適解なのは明らかだ。パーティーの攻撃力、防御力を上げられるし。重戦士はアジリティーの低い点が唯一の欠点だが、俺は短剣装備だし魔道士がいる。敏捷性を盾役に望む必要はない。


 俺がそう説明すると、プティンは頷いた。


「なら決まりじゃん」

「でもなあ……。今回は隠密行動のスパイ役だからな。なんせ他国の領土内、もしかしたら城内部にまで入って探るんだからな。どでかい剣を背中に刺した甲冑のムキムキなんか連れてたら、どうなる」

「警戒されて、探るどころじゃなくなるね」

「そういうこと」

「ボーリックはどう。おじいさんだから、警戒はされにくいよ」

「でも魔道士だからな。攻撃力は増えるにしろ、パーティーバランスという点では大差ない」

「ならエリンか」

「それが一番いいのはたしかだ。俺はなプティン、旅の一家に偽装するつもりなんだわ」


 俺家族に、家庭教師兼看護師としてノエル。不自然じゃない。


「ボクはどうするのさ」

「ちっこいから、いくらでも隠せる。それに……」


 温まった体をぐっと伸ばすと、俺は続けた。


「ノエルは看護師として、エリンを家庭教師役にする手はある」

「ちょっとエリートっぽい雰囲気あるもんね、エリン」

「ただちょっと人数が多くなり、不自然な感じだ」

「まあねー。家族旅行があんまりぞろぞろ引き連れてたら、少し変かな」

「だからまず、五人だけで旅しようと思うんだ」

「厳しい戦闘さえ無ければいいんだもんね」

「そういうこと。移動には馬車を使う。山賊避けに、ボロの連絡馬車に偽装した奴。官吏の一家が、故郷に子供を見せに行く――くらいの体の奴」

「中身はしっかり整備された、王宮御用達の馬車だね。馬もいい奴を揃えてもらって」

「そういうことだ」

「うん、いい戦略だね。さすがブッシュ」


 俺の頬に、ちゅっと唇を着けてきた。


「ボク、感心したよ」

「ほら、湯に漬かれ。体が冷えるぞ」

「うん」


 つまむと、胸の前に沈めてやった。いや素っ裸のまま肩に跨がられると、なんとなく気になるからさ。ちっこい妖精とはいえ、こいつも女子だからな。


「パパーっ」


 浴室の扉が開くと、裸のマカロンが飛び込んできた。


「あたしも入るーっ」


 嫌も応もない。ざぶんと湯船に漬かると、俺に背中を預けてきた。


「えへーっ。パパ、あったかい」

「まあ、長いこと湯に入ってるからな」


 まあいいや。ここは上客室だけに、風呂は広い。たまにはマカロンと親子の会話をしたっていいだろう。


「あの……ブッシュパパ」


 扉の陰から、ティラミスが顔を出した。


「私も入っていいですか」


 見えている肩と腰は裸だ。


「いや……その……」


 困った。ティラミスと一緒に風呂に入ったことはない。なんせ相手は十五歳相当だ。正体は守護神だから、見た目だけの話ではあるが……。


「いいよー。早く来なよ、みんなで洗いっこしようよ」

「あっバカ」


 プティンが勝手に手招きした。ティラミスがそろそろと浴室に入ってくる。さりげなく、俺は視線を逸した。


 ま、まあいいか。考えてみれば、ランスロット卿に斬られてティラミスの「走馬灯」を見たとき、素っ裸のティラミスが現れた瞬間を見たしな。ひとり殺せば何人殺しても一緒だ……違うか。


「さすがにいい部屋はお風呂も広いですね」


 湯船に入ってくると、体を沈める。


「あたし、ママに抱っこしてもらう」


 マカロンが位置を変えたので、俺の胸にティラミスの背中が当たった。


「ブッシュさん、温かい……。マカロンが言っていたとおりね」

「ま、まあな。プティンといろいろ話しながら長風呂してるから、もう充分体が温まってるし」

「パパーっ。パパも手を回してよ」

「わかったわかった」


 ティラミスの体ごと、マカロンを抱いてやる。まあいいか。これならティラミスの胸はマカロンの背で隠れて見えなくなるし。目のやり場には困らない。


「っへへーっ」


 飛び上がったプティンは、また肩に跨ってきた。


「ならボクはここーっ」


 首を抱くと、俺の耳に囁く。


「ねえねえブッシュ、みんなでお風呂できて嬉しい? ねえねえ」

「ああ嬉しいぞ。マカロンと風呂入れて、パパは幸せだ」


 こうなったらもう、子供をあやしてやるしかないな。それが父親の役割だ。触れ合いを嫌がって、子供を悲しませたくはない。


「わあ、パパ、大好きー」


 楽しそうに、マカロンが俺を振り返った。


「良かったわね、マカロン。パパが嬉しいんだって」

「うんママ。家族みんなで一緒にお風呂入ったの、初めてだよね。あたしも幸せだよっ」

「ふふっ」


 ティラミスが笑うと、くすぐったい。


「よしよし。みんなで温まろうな」


 ティラミス越しに、マカロンの体を抱き寄せてやった。壊れ物を扱う感じで。

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