ep-2 深夜、王宮……寝台にて

「食ったなー……」


 豪勢な寝台に横になって、俺は腹を撫でた。


 予想通り、晩餐会では国王の質問責めにあった。秘密だけはかわしながらなんとか答えた。だからどえらく疲れたが、飯と酒だけはうまかった。


 さすが王宮の本気飯は凄いわ。毒見だなんだで、できたてでないのは残念だが、もちろんそれに合わせて料理してあるからな。美食の極地だった。なんなら前世でもこんな上質なメシ食ったことないくらいの。


 どでかい寝台で、寝心地も最高だが、なんとなく寂しい。いつもなら、俺にマカロンが抱き着いているから。ティラミスも、その向こうに。


 警護の都合とかで、マカロンとティラミスで一室、俺が一室。別の部屋に案内されたからな。妖精プティンはもちろん、姫の寝室で寝ている。そら王宮に帰ったんだ。姫のソウルメイトとしては、当然だろ。


 姫様と久し振りに一緒に風呂入るんだーとか、プティン、浮かれてたからな。「ブッシュの体はゴツゴツしててお風呂もつまらないからねー」とか、余計なひと言残しやがって。嫌なら俺と入るなっての、腹立つわー。お前、風呂ではせっせと俺の体観察するくせに。


 いずれにしろ、誰もいないと体がすかすかして、なんだか落ち着かない。せめて……抱き枕のひとつでいいから欲しい。冗談半分で願った。抱き枕よ、我が請願に応え現れよ……と。


「あの……ブッシュ様」


 部屋の外から、押し殺した声が聞こえてた。


「え……抱き枕? まさかな……」


 扉を開けた。廊下の魔導ランプを背に受けて、人物が黒く抜けている。


「姫……」


 抱き枕じゃないわ。やはりタルト姫だった。考えたら当たり前だが。俺に付喪神つくもがみを操る超能力とかはない。


「ブッシュ様」


 緊張した表情だ。プティンの姿はない。


「どうした」

「わたくしと逃げて下さい」

「ちょっと待て」


 廊下に顔を出して、左右を探った。


 ぽつぽつと離れた魔導ランプに照らされる廊下には、見通せる限り、誰の影もない。深夜特有の、しんとした無音が支配しているだけだ。


「とりあえず入れ。誰かに見られるとマズい」

「ええ」


 体を滑らすように入ってくる。


 もう一度左右を見渡してから、音を立てないように注意して、扉を閉めた。


「なにがあった。魔族の間者でも襲ってきたのか」

「わたくし、ブッシュ様と一緒になりたい」

「は?」


 冗談を言っている表情ではない。緊張に見開かれた瞳が、部屋の灯りにきらきらと輝いている。


「お前は王女だ。どう考えても無理だろ」

「わたくしはみそぎをし、心をブッシュ様に捧げました。今後どなたと結婚するとしても、それは心の抜け殻。本物はこうして今ブッシュ様の前にいる、このわたくしだけです」

「……そうか」


 禊の意味は、ガトーが教えてくれたからな……。


「心のないわたくしを娶る方は、お気の毒です。でしたら……いっそのこと王宮を捨て、ブッシュ様と……」

「いや待て……」


 手を伸ばせば届く距離。俺を見上げるきれいな瞳の奥を、俺は見つめた。誠実さを感じる、灰色の瞳を。


 考えた。タルト姫は、自分の心を捧げることで、俺の命……どころか、マカロンやティラミス、パーティー全員の命を救ってくれた。その誠実さには、応えてやりたい。


 俺は底辺社畜だ。転生前がそうだったし、転生後も大差ない。社畜として今は、この王国を支えている。底辺社畜ならどう動く。王国のためになり、なおかつ姫が心の奥の奥に大切に仕舞い込んできたこの激情、隠された冒険への渇望を満たす方法があるとしたら……。


 俺の脳は高速に回転した。企画をプレゼンする、役員会議の直前のように。


「タルト姫。……本当に、俺でいいのか。一時の気の迷いではなく」

「ブッシュ様以外の殿方とは、考えたくもありません。わたくしの心は、ブッシュ様だけのもの」


 はっきり口にする。さすがは王女。自分の考えがしっかりあるんだな。


「そうか……」

「ブッシュ様……」


 促すかのように、瞳がしっとりと濡れてくる。姫の高まる気持ちを反映してか。


「姫。それなら俺は、あんたの気持ちを受け止めよう」


 俺は決意した。


「あ、ありがとうございます」

「ただ、一国の王女と、ただの流れ者の話だ。これから、俺の言うとおりに動いてくれ。でないと俺達……いや俺達の係累けいるいや関係者全員が、不幸になる」

「わかっております」


 決意を秘めた瞳だ。


「ブッシュ様に全て……お任せします」

「よし」


 頷いてみせた。


「いいか、しばらくこの話は秘密にするんだ。いつか俺は、お前をこの牢獄から解放してやる。だが今すぐさらって逃げるなどしては、どうなる」


 考えさせるため、わずかに間を置いた。続ける。


「お前は国王の唯一の子だ。それが消えれば王国は乱れに乱れ、跡目争いだので王宮も荒れ、人死にだって出るだろう」

「……はい」

「だから当面、今の暮らしを続けろ。必ず……必ずや、何かいい方法を見つけてみせる。お前をこの牢獄から救い、俺と共に冒険できる道を」

「ありがとう……ございます」


 王女の瞳に、じわっと涙が浮いた。


「ブッシュ様らしい、頼もしいお言葉。その言葉をたのみに、わたくしはこれからも生きてゆけます」


 王女は、一歩踏み出した。俺の顔に、息がかかりそうなくらい近く。


「それでは今晩……今晩だけ、わたくしにお情けを下さいませ。王女と救国の英雄の関係ではなく、恋する女と……その情夫として」

「姫……」


 タルト姫の唇が近づいてくる。俺はそれを受け止めた。

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