エピローグ 新米パパ、本当のパパになる
ep-1 報告
「本当にこの娘が、デーモンロードの首を落としたのか。最強の悪鬼を……」
王宮、タルト王女私室。姫側近の「じい」が、思わず呟いた。大テーブルのケーキを無邪気に手掴みするマカロンを、呆れたように見つめている。
「まだ年端も行かない幼児ではないか」
クリームにまみれたマカロンの指を、ティラミスが拭ってあげている。
「事実だ。俺が目の前で見ていた」
大皿のナッツを、ガトーが口に放り込んだ。
「とはいえブッシュとティラミスも加えた、三人の力ではある」
「いずれにしろ、ブッシュ様がお戻りになられて安心しました」
タルト王女が微笑んだ。
「心配で心配で、毎日心が休まりませんでした」
「心配かけて悪かったな、姫様」
俺は頭を下げた。
始祖のダンジョン第五階層で魔王の手先を倒した俺達は、無事地上に帰還した。すぐさま王宮に連れられて今、全ての経緯を説明し終えたところだ。
この部屋にいるのは、俺とマカロン、ティラミス。それにプティンにガトー、ノエル。タルト姫に「じい」。あと最初に王女に会ったときに同席していた、ムキムキの近衛兵。要するに俺の家族と、タルト王女の側近だけ。
人払いされ、広い居室に侍女だの近衛兵だのは誰もいない。ボーリックとエリンは、参加していない。今頃は別室で、どえらい接待を受けているはずだ。
「それにしても、ランスロット卿が魔王の手先だったとは……」
ムキムキ近衛兵が眉を寄せた。
「あの野郎……。いけ好かないカスだったが、この俺が叩き斬っておけば良かった」
ぐっと手を握り締めると、前腕の筋肉が盛り上がった。
「権力を持っておったからのう、あやつは」
じいが取りなした。
「まあブッシュ殿が成敗したのじゃ。結果オーライ。獅子身中の虫は滅んだわい」
「にしても、魔王の力を得た男は危険だったはず。後ろから刺されなかったのが奇跡だぞ」
近衛兵は、感心しきりといった様子だ。
「俺達は運が良かったわ。そうだろ、ブッシュ……」
ガトーが俺を見た。目配せしながら。
「ああ。運が良かったな、ガトー」
俺は頷いた。
実はまさに後ろから襲われたわけだが……。
タルト姫の助けがなければ、俺も家族も死んでいた。だがそのことは、話していなかった。あの後、パーティー全員で決めたことだ。
俺の家族、それにエリン達にしても、タルト王女の献身でパーティーが全滅の危機を逃れたことは、痛いほどわかっている。異論などあるはずもなかった。
だからランスロット卿の裏切りからグレーターデーモン降臨までの流れは、曖昧にごまかして伝えてある。
「ブッシュ殿の話では、ノエルの両親が亡くなったあの魔導事故も、魔王とランスロット卿が守護神様を利用として起こしたとわかったしのう……」
じいは、ノエルに向かい優しい瞳を向けた。
「よかったのう、ノエルや。これで父母は名誉を回復する。お主に課せられた罰金は撤回され、国から恩給も出るわい」
「お金よりなにより、両親の仇を討てて幸せです」
俺を見つめて。
「全ては、パーティーを率いたブッシュのおかげです」
「本当に……」
手を伸ばすとタルト王女は、ノエルの手を握り締めた。
「長い間、苦労をさせて……。ごめんなさい、大好きなお姉様」
姫の瞳に涙が浮かんだ。
「いいのです、姫様。それよりこれからは、昔のようにふたりで
「そうですね。また……おいしいお菓子や、素敵な殿方の話をしましょう」
「このじい、今のは聞かなかったことにしましょうぞ」
じいは苦笑いだ。
「ふふっ……。そうして下さい」
王女は一瞬、俺に視線を投げた。
「わたくしも楽しみです。ノエルとふたり、殿方の話をするのが」
「姫様はねえ……」
あぐらを組んで小さなケーキを食べていたプティンが、テーブルに立ち上がった。
「本当は噂話が大好きなんだよ。昔なんかお風呂でムグーッ」
指で口を塞いでやった。
「プティン、お前は姫様のソウルメイトだろ。少しは黙ってろ」
「さて……ここからは大事な話です」
タルト王女は真面目な瞳になった。
「ティラミスさん……いえ守護神様、これからも王家をお守り頂けるのでしょうか」
テーブルの空気が、一気に緊迫した。王家にとっては、ランスロット卿のような悪党を退治したことよりなにより、重要な案件だ。
「タルト姫……」
ティラミスはまず、これまで正体を明かさなかったことを謝った。それから続ける。
「私はもうただの人間と、大きくは変わりません。飢えたり病気になれば死にます。……ただ、不老不死なだけで」
そう言えば、過去の記憶で見た数年前のティラミスは、今と同じ歳格好だった。これからずっと、あれが続くのか。
「私はこの体に顕現した身」
自分の胸に、そっと手を置いた。
「元の霊体には戻れません」
「そうですか……」
王女の瞳が陰った。
「それに私には、マカロンを育てる責務があります。パパとふたりで」
頼もしげに俺を見上げる。
「守護神様。それは……わかります」
「ですが、ブッシュさんのおそばで過ごすことで、守護神としての私の力は一部戻ってきました。不思議なことです」
ほっと息を吐くと、続ける。
「安心して下さい、タルト王女。私の霊体の一部を、聖地に残しておきましょう。以前ほどではないものの、王家の力にはなれます」
「ありがとうございます、守護神様」
タルト王女は、頭を下げた。
「巫女を通じて、霊体と対話して下さい。辺境にある魔導障壁についても、維持はできるでしょう。……新たに広げることは難しいでしょうが」
「それで充分だわい」
じいが大声を出した。
「ここまで、魔導障壁は不安定になっており、魔族侵攻をいつまで食い止められるかわからんかった。それが安定するだけでも、王国は安泰じゃで」
「マカロンちゃん」
「なあに、お姫様」
「ご両親は、お気の毒でした」
「本当のパパとママが殺されたとわかって、あたし驚いたよ。でも……」
俺の手を握ってきた。
「あたしのパパは今、ここにいるよ。ママだって」
ティラミスの手を取ると、俺の手に重ねさせる。
「このふたりが、あたしのパパとママ。大好きなパパとママだよ」
「マカロン……」
胸がじーんとした。
こんな……底辺転生社畜の俺を、本当の父親だと言ってくれるのか。
改めて心に誓ったよ。絶対にマカロンとティラミスを守り抜くと。
「良かったわ。マカロンちゃんも幸せそうで。……それでブッシュ様」
タルト王女は、俺の目を見た。透き通った瞳で。訴えるかのように。少しだけ不安そうな瞳で。
「ブッシュ様はこれから……どうされるのですか」
「はい姫様」
俺はもう心に決めていた。
「王宮さえ許してくれるなら、俺は冒険者を続けようと思います。ティラミスやマカロンと。俺は、マカロンを立派な冒険者に育てたいんです」
「そう仰っていましたね……」
なんせ勇者に育てないとならんしな。魔王に挑む勇者になるんだ。冒険の途中でも死なないように、俺が鍛えないと。大事なマカロンが大怪我するとか、想像するだけで胸が痛むわ。
「王女、あんたの助けになるよ。表立って王家が動けないような案件でも、冒険者の俺なら首を突っ込める。案件をこなすごとに、あんたに冒険のわくわく話をしてやろう」
「まあ……嬉しい」
少し、頬が赤くなった。
「それは……ブッシュ殿なら……たしかに役には立つか……じゃが……」
一応は歓迎しながらも、じいはなぜか渋い顔だ。
「今晩は、父上が晩餐会を開きますゆえ。ブッシュ様を称えて」
タルト王女はうきうき声だ。
「いえ姫、大げさなのは、ちょっと苦手で」
前世の底辺社畜時代から、パーティーとかは割とキツくてな。
「ご心配には及びませんわ、ブッシュ様」
微笑んだ。
「内々の会です。一刻も早くと、父上が話を聞きたがっていますからね。王宮側は、わたくしと父上だけ。あとはブッシュ様ご家族とプティン、ガトーだけですよ。ノエルやエリン様、ボーリック様、それに王宮の主要メンバーを含めての祝勝会は後日、国民に告知の上、正式に行われます」
「はあ」
まあ王国の大勝利だもんな。そりゃ段取り踏んでの手続きが必要になるだろうさ。
「正式な祝勝会の折、ブッシュ様は救国の英雄として王宮から正式に顕彰されるのです。国民の皆が知ることになるでしょう。ノエル名誉回復の触れと共に」
「正直、会は面倒だが、ノエルの件は助かるよ」
「全部ブッシュのおかげだわ」
両親の名誉を回復できて、さすがにノエルは嬉しそうだ。
「それより今晩は覚悟なさいませ、ブッシュ様」
「なんだよ姫。脅かして」
「父上の話は長いですよ。全部聞きたがりますからね。腰をお抜かしになりませんように……」
おいおい、マジかよ……。
「まあ、そのようなお顔を……」
思わずといった感じで、王女が微笑んだ。
「ご安心なさいませ。今晩は王宮に部屋を用意させます。遅くまで飲んでも大丈夫。ゆっくりお寛ぎになって下さい」
●次話「深夜、王宮、寝台にて……」、明日公開!
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