8-11 対「進化ボス」戦

 立ち上がったグレーターデーモンは、俺達をゆっくりと眺め渡した。


「ふん。雑魚が中核とは、変わったパーティーよのう。バランスはまあまあだが……」


 嘲笑うように唇を歪めている。その動きからして、アジリティーは低そうだ。大きな防御力に守られつつ、強力な魔法と大ダメージの物理攻撃を繰り出してくるパターンだろう。


「ノエルっ。まずはボス戦魔法を連発しろ。敵のアジリティーを下げ、こちらを加速だ。次に防御力アップと魔力アップ、属性保護魔法を撃て」

「うん、ブッシュ」

「ボーリック。原作どおりなら、グレーターデーモンは地属性。風属性の魔法を連発しろ」

「原作?」

「俺が観たアニメだよ。いいから撃て」

「なんだかわからんが任せよっ。わしの魔法で潰してやるわい」

「ガトーにエリン、野郎は鈍亀ドンガメだ。弓矢で目を潰せ。それで物理攻撃は防げる。後は魔法攻撃だけだ」

「人使いが荒いぜ、ブッシュ」

「このエリンさんに任せな。ブッシュあんた、ほんとに頼もしくなったねえ」

「ティラミスとマカロンは、俺の後ろに立て。ポーションを使え」

「うんパパ」

「はい、ブッシュさん」

「プティン、わかってるな」

「風属性魔法でしょ。まっかせてーっ!」

「よし全員、かかれっ!」


 俺の号令で全員、動き始めた。まるで一体の生き物のように。すでに互いの意図などは口にしなくてもわかる。強大な敵を前にしても、俺達は一歩も劣ることなく戦えている。心を揃え、一体化できているからだ。俺達はパーティー。命を預け合う戦友だ。


 作戦どおり、まず目を潰すことに成功した。続いて魔法攻撃を連発したが、グレーターデーモンは魔法無効化率が高く、なかなかダメージを与えられない。その間、敵の魔法攻撃で度々厳しい局面を迎えたが、ノエルの回復魔法とティラミスの適切なポーション補助で、なんとかそれを乗り越えた。ノエル詠唱中の空白時間をうまくカバーしてくれたからな。


「今だっ」


 敵の動きが鈍った瞬間、俺は背後に駆け込んだ。右のアキレス腱を、剣でたたっ斬る。


「ぐおおおーっ!」


 倒れ込んだ野郎の喉に、短剣を突き刺した。


「ぐう……おっ……」

「やったっ!」

「さすがはブッシュね」

「ブッシュ、すぐ逃げるのじゃ。そやつの血は強酸性。血しぶきが掛かると、お主の目が潰れるぞっ」

「おうっ」


 急いでみんなの元に戻ったが、体にそれなりの血を浴びてしまった。ティラミスが毒消しポーションで中和し、ノエルが回復魔法を施してくれる。


「態勢を整えろっ」


 ガトーの声が聞こえた。


「こいつ……起きるぞ」


 まさか。今、致命傷を与えたばかりだろ。


「マジかよ……おい」


 ガトーの勘違いではなかった。倒れ込んだグレーターデーモンの体を紫の煙が包んだと思うと、体は膨満した。倍ほどにも。そのまま無言で立ち上がる。


「うそっ!?」

「どういうこと……?」


 俺達の前には、体長五メートルもの巨大悪鬼が立っていた。グレーターデーモンによく似ているが、凄まじいオーラを放っている。向き合っているだけで、膝が震えてくるほどの。


「デ、デーモンロード……」

「この野郎……、進化ボスかよ」

「もう無理じゃ。デーモンロードはドラゴンロードと並ぶ、モンスターの頂点。わずか八人では、対抗のしようもないわい」

「かつての王魔大戦では、一個師団がたった一体のデーモンロードに倒されたのよ」

「うろたえるなっ!」


 俺は叫んだ。


「グレーターデーモンもデーモンロードも、種族としての特性は大差ない。同じ戦略で挑む。ノエル、まず補助魔法だ。頼むぞ」

「ブッシュ!」


 ノエルとボーリックが詠唱に入った。ガトーとエリンも矢衾やぶすまで野郎の目を狙う。


 ……くそっ。


 だが俺はわかっていた。このままでは全滅だと。


 グレーターデーモンですら、俺達は一時間もの苦闘の末、ようやく倒した。俺の傷こそ回復してもらったが、順番待ちをしていたガトーやボーリックはまだ怪我をしたままだ。パーティー全体の能力は落ちていると、はっきりわかる。同じ戦略で、勝てるはずはなかった。


「パパ、あたしが行くよっ」


 俺と並び、マカロンがデーモンロードの正面に立った。


「いや無理だ。お前は後衛を守護しろ」

「それでも行くっ。でないとパパが死んじゃうもんっ」


 剣を握り締める。


「ここまでの戦い方だと、勝てないもん。ここでやり方を、一気に変えないと」


 俺は舌を巻いた。たかが五歳の子供だというのに、高い判断力がある。言うとおり、戦略を変えなくては全滅だ。だが俺はその先を思いつけなかった。五歳の娘を最前線に加えるのは、たしかに先程とは違う戦略ではある。だが……。


「いや、ダメだ――」

「ブッシュさん」


 ティラミスが俺の腕を取った。


「大丈夫。ブッシュさんのおかげで、マカロンは立派に育った。私だってブッシュさんのそばにいれば、守護神としての力を少しは使うことができる。それに……」


 澄んだ瞳で、俺の目をじっと見つめてくる。


「それにブッシュさん、あなたには秘密がありますね。私やマカロンにすら明かしていない秘密が。……不思議な力を感じますよ」

「それは……」


 ちらとデーモンロードを見る。スカウトふたりの矢衾に邪魔され、詠唱に手間取っているようだ。野郎のアジリティーの低さ、それだけが俺達のチャンスであることは変わらない。矢が尽きる前なら、こうして時間だけは稼げそうだった。


「たしかにそうだが」


 なんせ俺は転生者だ。これまで、誰にもそれは明かしてこなかった。


「私達三人は、この世界では異端なのです。ブッシュさんの温かい心に触れ、その三人が今では家族。……私にはわかります。私達を繋ぐ魂の絆があれば、どんな人生の壁にも立ち向かえると」

「そうか……そうだな」


 俺は、ふたりを抱き締めた。


「ふたりとも、俺の大事な家族だ。俺達には困難を打ち破る力がある。それはな……」


 それはなティラミス、愛の力って言うんだ。


 俺はそれを口には出さなかった。


 言葉なんて無用だ。俺達はそのことを、行動で世界に示す。この世には、なにを置いても守るべき、大切なものがあると。


「よし行こう、ティラミス。それにマカロン」


 ふたりの手を握った。


「ブッシュ……」


 俺の胸から、妖精プティンが見上げてくる。言問いたげに。


「さあ……」


 優しく、プティンを胸から出した。


「プティン、……それにもしかしたらタルトも見てるのかな。ともかくお前は、ボーリックの位置まで下がれ。そこで全員を保護する魔法陣を張るんだ。万一……俺達三人が倒れても、限界までみんなを守ってくれ。頼むぞ」

「わかった……」


 俺の首に、唇を着けてくる。首に熱いものが落ちた。


「泣いているのか、お前」

「ううん。ボク、ブッシュの生き様が大好き。もしかしたら……ブッシュも」


 死なないでと言い残し、プティンは飛んだ。


「よし。行くぞ、ふたりとも」

「ええ、ブッシュさん」

「パパ」


 俺達三人は、一歩前に出た。


「あ、危ないっ!」


 エリンの悲鳴が聞こえた。ノエルの声はない。おそらく詠唱で手一杯なんだろう。


「ブッシュさん……」

「パパ……」


 俺達三人を、白銀の輝きが包んだ。それぞれの体から出た光が、合わさって強さを増している。


「奇妙な奴よのう……」


 デーモンロードは、首を傾げて俺達を見下ろしている。


「魔王様、こやつは弱さだけでは判断できませんぞ」


 誰ともなく呟いている。


「ですがこの私めが、災いの元を潰しておきましょう。我が命を捨てて」


 野郎は防御を捨てた。あっという間に毒矢で片目を潰されたが、痛がりもせず、口の中で詠唱を続けている。


「ヤバいっ。魔法を撃つぞっ。ブッシュ逃げろっ!」


 悪いなガトー、俺は退くわけにはいかないんだわ。ふたりのためにも、世界のためにも。そして……俺を救ってくれた、姫様のためにも。


「マッダルト」


 野郎の宣告と同時に、凄まじい冷気が俺達三人に襲いかかってきた。


 だが……俺達はノーダメだ。


「なにっ!?」


 うろたえたような、デーモンロードの声がした。


「今ですブッシュさん。詠唱直後は防御が弱まる」

「パパ、あたし行くよっ」

「よし」


 マカロンを抱き上げた。


「ティラミス、俺を飛ばせ」

「はい、ブッシュさん」


 握っていた俺の手を顔に持っていくと、瞳を閉じて唇に当てた。


「愛しています」


 俺の体が、ふっと持ち上がる。そのまま急加速すると、一直線に天井に向かい。


「マカロン、パパがお前を投げる。首をぐんだ。チャンスは首に近づいた一瞬だけ。外すと次はないぞ」

「あたしやるよっ、パパ」


 俺の体は、地上三メートルくらいで止まった。そこが放物線の頂点だ。


「行っけーっ!」


 思いっ切り、俺はマカロンを上に射ち出した。ロケットの二段目点火のように。デーモンロードの頭に向け。体を捻るような回転を加えて。


 マカロンの体が、スピンしながらデーモンロードの頭に近づいてゆく。


「今だっ!」

「パパーっ!」


 マカロンの刃が一閃。デーモンロードの首に食い込んだ。防御力ドラゴンロードクラスの、金属並の硬い皮膚に。


「ぐ? むうおおおおおーっ」


 デーモンロードが苦悶の叫びを上げる。マカロンの回転と共に、首はすべて斬られ、大きな頭は斬り落とされた。


「見よっ!」


 ボーリックの絶叫が聞こえた。


「小娘がやったわいっ!」


 着地した俺は、落下するマカロンを抱きとめた。同時に、首が落ちてくる。ごとりという、嫌な音を立てて。


「ブ、ブッシュとやら……」


 生首が俺を睨んだ。ぎろりと。


「そ、その力はなんだ。全ての因果を超えるそのような力なぞ、見たことはない」

「ああ、これか。これはな……」


 マカロンを胸に抱え、ティラミスを抱き寄せた俺は、首を見下ろした。


「ブッシュファミリーの愛の力。三位一体さんみいったい攻撃だ。覚えておけ」

「さ、三位一体……」


 デーモンロードの瞳から、命の炎が消えていく。


「せいぜい地獄で悔しがれ、デーモンロード」

「だ……がいかに謎……の力でも、お前では魔……王様には勝て……ない。なぜなら魔王……様は……て……」


 事切れた。


「けっ。最凶悪鬼だかなんだか知らんが、捨て台詞は雑魚やチンピラと同じだな」


 仁王立ちのままの首なしデーモンロードから、虹色の煙が立ち始めてきた。マナに還るんだ。


「ブッシュっ」

「凄いよ」

「まさかじゃわいっ!」


 四人と妖精ひとりの仲間が駆け寄ってきた。歓声を上げながら。


「やったなティラミス。それにマカロン」


 ティラミスとマカロンの体を、俺は抱き寄せた。


「パパ」

「ブッシュパパ……」

「遠隔で繋がっていた魔王にも、これで大ダメージを与えられた。ティラミスの思惑どおりにな。……王国の大勝利だ」


 剣をかざすと高い天井に向かい、俺は勝鬨かちどきの叫びを上げた。




●やったなブッシュ!

よくやった


次話より、第一部エピローグ開始!

全4話の大ボリュームにて、物語大展開&伏線回収しまくります。

お楽しみにー!

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