8-6 第五階層へ……

「マカロンは魔王を倒す勇者に育つと言ったな、ブッシュ。どうしてお前にそれがわかるんだ」


 ガトーが噛みついてきた。


「わかるんだよ。説明は難しいんだが、信じてくれ」


 ここがゲーム小説内の世界だとかは、さすがに口にできない。誰も信じやしない。そこまで明かせば逆に、ティラミスを守りたいあまり嘘をついているとしか思われないだろう。あるいは俺が狂ったと判断されるか。


「まあ……たしかにマカロンも、五歳とはとても思えんわいな」


 ボーリックは唸った。


「このダンジョンに入った初期でこそ素人冒険者であったが、恐ろしい速度で剣士としてのスキルを上げておる」

「調理炎とかトーチ魔法とか、初期の魔法も使えるようになってきたしね」


 ノエルが付け加えた。


「初期魔法とはいえ、五歳で使えるなんて、聞いたことがないわ。……なにか特別な運命を持つと言われれば、納得するところはあるわね」


 どちらも野をさすらう冒険者必携魔法なところも、勇者説を裏付けるし――と、エリンがノエルの言葉を補足した。


「ティラミスはマカロンの血縁だ。勇者一族の血として、特別な力を持っているんだ。なんせ、しま――親子だからな」

「たしかに勇者一族なら、そういうこともあるだろう」


 ガトーも、そこまでは認めたか。


「だが、魔族だから異様な力を持つと説明しても、成り立つ。安全だという証明にはならんぞ」

「ボクが証明するよ」


 プティンが、俺の胸から飛び出した。


「マカロンもティラミスも、魔族じゃない。ボクは姫様を守るために存在するソウルメイト。一番危険な魔族だけは、判別ができるもん。だから――」


 俺の頭の上に着地すると、あぐらを組んだ。いやそれ、だるま落としかトーテムポールみたいだから、止めてほしいんだが……。


「少なくとも魔族じゃない。魔族以外の敵かもしれないけれど、そんなんわからないからね。みんなもそうでしょ。味方に見えて敵なんて、いくらでもいる。それに今は味方でも感情のもつれで敵になるとか、人間なら普通じゃん」

「それは……たしかに」

「妖精の言葉は重いよ。姫様のソウルメイトであるボクの言葉は、信じたほうがいい。姫様の幸せを誰よりも願っているのは、ボクだからねっ」


 まあそうだろう。でも「言葉が重い」もクソも、お前やたらと口軽いし、始終アホみたいな冗談口にするじゃんよ。エロトークも大好きだし。ティラミスを擁護してくれて嬉しいが、今ひとつ信じられないけどなお前の言葉、俺には……。


「魔族ではないなら、とりあえずいいであろう。ティラミスの正体など近々、明らかになろうというもの」


 珍しく、ランスロット卿がとりなしてきた。俺を心底見下しているカス野郎が俺の家族を擁護するとか、奇跡だわ。


「ブッシュもその家族も、ただの底辺。もし王国に害を成す存在とわかれば、最後に殺せばよい。貴族が殺すなら、罪には問われん。私には大法院もついているし。……それより問題は、これからどうするかだ。進むか戻るか」


 なんだよ。やっぱりこの野郎マジ、クズだわな。


「たしかに、これからどうするかは問題じゃな」

「クイニーがマーカーストーンを奪って逃げたものね。もうダンジョンに『しおり』を挟むことはできない。ここで退却すれば、明日からまたダンジョンを第一階層からやり直しだよ」

「エリンの言うとおりだわ。加えてこれから退却するにしても、第三階層のモンスターモッシュフロアに再度突っ込むことになる。あそこの敵を全部倒し、第二階層まで戻ってタイマーの時間切れの転送待ちを、するわけよね……」


 ノエルにじっと見つめられた。


「三日前にモンスターモッシュを抜けられたのは、奇跡に近い。またあんなにうまくいくかは疑問だわ。そうしたら全滅よ」

「先に進みましょう、ブッシュさん」


 いつの間にか、ティラミスは俺の隣に立っていた。


「ここ第四階層には、もう敵はいない。簡単に第五階層まで進めます」

「そうなれば、後は第五階層で守護神を召喚すればミッションクリア。ダンジョン入り口にまで転送されるから、危険はないもんね」

「エリンの言うとおりだ。そうすればこの私、ランスロット卿の率いるパーティーが、王国の危機を救ったことになる。私の名声は天をも揺るがす。大法院はもはや私の配下も同然になるであろう」


 うっとりとした表情で、ランスロット卿が続ける。


「日陰者の徴税吏と私を見下したランスロット本家の連中に、冤罪をなすりつけてやろう。全員引き回しの上、打ち首獄門。泣いてすがってきた処女だけは私の奴隷として生かしておいてやる。くくくっ、これは楽しみだ……」


 おう。こいつはやっぱどこかで殺しといたほうがいいな。王国のため……どころか、人類道徳のためだわ。それにそもそも、このパーティーを率いてるのは俺だし。図々しい野郎だ。


 怒鳴りつけようかと思ったが、止めておいた。このカスの言葉で、なんとかティラミスに向いていたガトーの矛先をずらすことに成功した。今はこれ以上話をややこしくは、したくない。


「どうするんだ、ブッシュ」


 全員に説得され、いつものガトーに戻っている。


「お前がリーダーだ。戻るか進むか決めろ」

「そうだな……」


 全員の顔を見回した。クイニーが俺達を捨てて逃げるという裏切り胸糞事件はあったが皆、心の折れた奴はひとりもいない。ランスロット卿はクソの役にも立たないが、それこそ荷物運びの駄馬程度に見ておけばいい。つまり……。


「進もう。今日中に第五階層で守護神を召喚する。王家のため、姫様のために、もうひと働きしようじゃないか。俺達ならできる。そうだろう?」


 俺の決断に、みんなは雄叫びで応えてくれた。黙っていたのは、ランスロット卿ただひとりだった。


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