8-5 勇者家系の真実

「はあ……はあ……」


 めまいがして、俺は片膝を着いた。


 俺の目前に、神の残存思念とかいうモンスター、つまり「邪神」が倒れている。ぐったりと。ボーリックの炎に焼かれ、プティンの氷槍ひょうそうに貫かれた姿で。


「や……やった……」


 邪神野郎をぶった切った剣に、べっとりと粘液が着いている。地面に飛び散る土で、俺はそれを拭った。


「見て」


 短剣で、エリンが死体を示した。


けてる」


 たしかに。この世界のモンスターはどれも、死ぬとマナに戻り虹色の煙となって消える。だがこいつはそうじゃない。どろっと粘液状になり、地面にゆっくり染み込んでいっている。


 やっぱり異世界の存在だな。そもそもこの世界のことわりには従ってないってことか……。


「いずれにしろ、これでわしらの勝ちじゃの」


 ボーリックが、ぼそりと呟く。クイニーに裏切られたショックからか、あまり嬉しそうではない。


「パパ、倒したんだよね。ジャシンっていう、悪い奴を」

「ああそうだ。偉いぞ、マカロン」

「わーいっ」


 駆け寄ってくると、俺に飛びついてくる。


「パパ、かっこよかった」


 子猫のように、胸に頬をすりつけてくる。


「おいおい、剣くらい仕舞わせろ。危ないぞ、マカロン」

「えへっ」

「それにしても……」


 勝ったというのに、ノエルは複雑な表情だ。


「クイニーに裏切られるなんて」


 あいつ、お宝持って逃げやがったからな。


「一度悪に染まると、やっぱりダメなのね。……人間って悲しいわ」

「そんなことより、お前だ」


 ガトーは、短剣を鞘に収めもしない。ゆっくりかざした剣を、ティラミスに突きつけた。


「お前、魔族だろう」

「ガトー、ティラミスは凄かったじゃない」


 エリンが眉を寄せた。


「ティラミスが敵の正体を見せてくれなかったら全員、死んでたよ。クイニーが前衛を放棄して、陣形に大穴が空いてたし」

「そうじゃぞ。助けてくれたティラミス相手に、どんな世迷い言よ。結果オーライだ」

「エリンもボーリックも騙されるな。あんな力、見たことあるか? 人間業じゃない。エルフにだってできやしない。邪悪な意志に身を捧げることで強大なパワーを得る、魔族以外には考えられない」


 ティラミスはなにも言わない。黙ったまま、無防備に剣先に体を晒している。


「ガトー。ティラミスもマカロンもブッシュも、私達の仲間じゃない。みんなで王国のために働いているのよ」


 ノエルが肩を持ってくれた。


「それはたまたまだ」


 けんもほろろだ。


「たまたま、成り行きで協力してくれているだけ。それは全員、わかってる話だろ。俺はなノエル、命を王国に捧げているスカウトだ。説明できない事象は好かん。それはリスク要因になるからな」

「ガトー、前も言ったろ。ティラミスは俺の嫁、そしてマカロンのママだ」


 落ち着かせるため、穏やかな声で話しかけながら、俺はさりげなくティラミスの前に立った。抱き着いていたマカロンをそっと下ろすと、ティラミスの脇に立たせる。


「それに、もっと深い事情も、お前は聞いただろ。ティラミスから直接」


 実はマカロンの母親ではなく、姉だという話をな。マカロンは物心ついてからずっと、ティラミスをママと思い込み、それだけを心の頼りに辛い境遇に耐えてきた。だから満座で「姉」という単語を使うのは避けた。俺の娘マカロンを傷つけたくはない。


「いや、それだけでは信じられない。ティラミスの力は、覚醒途中の魔道士がどうとかいう説明を、はるかに超える凄まじさだ。そうだろ、ボーリック。あんたは王国有数の魔道士だ。わかるはず」

「それは……まあ……」


 ボーリックは言い淀んだ。


「たしかに、魔道士というジョブには収まりそうもないわい。たとえ究極までスキルを獲得した魔道士でさえ、これほどの力は出せんであろう……」

「わかった。俺が説明する」


 俺は肚を決めた。こいつらが信じるかどうかはわからんが、明かせるところまでは、全部明かしてやる。


「だから剣を収めてくれ、ガトー。全てを聞いて、それでも思うところがあるようなら、俺とティラミス、マカロンを王国から追放しろ。どこか辺境で、ひっそり生きていくから」

「あたし、どんな場所でも平気だよ。ママとパパがいてくれるなら」


 マカロンが、また俺の腿に抱き着いてきた。


 くそっ。かわいいわ。


 なんとしても家族を守ると、改めて心に誓った。


「マカロンはな、特別な存在なんだ」

「マカロン? ティラミスの話じゃなく」


 エリンは戸惑っている。


「マカロンは将来、勇者に育つ」

「勇者って……」


 絶句する。


「そうだ。魔王を倒す宿命の。それがマカロンだ」

「ほう……」


 戦闘が終わってからずっと無言だったランスロット卿が、初めて声を出した。この野郎、邪神戦で終始最後尾で震えていたから、恥ずかしくて対話に入れなかったんだろうよ。


 このカス。速攻でたたっ斬ってやりたいが、今はそれどころじゃない。

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